第58話 各々の気遣いが少しむず痒い。
「さて……皆さんには随分と迷惑をかけてしまいましたね」
「あ、それは確かにそうだよね……」
一しきり話が終わって、小百合さんと月宮は並んでこちらを向いてきた。二人は、見てわかる程に申し訳なさそうにしている。
「ご迷惑をおかしてしまい、申し訳ありませんでした」
「皆、色々とごめんね……」
小百合さんはゆっくりと頭を下げて、月宮は苦笑いをしながら、各々謝罪をしてきた。
それに対して、俺達は各々顔を見合わせる。恐らく答えは皆同じだろう。
ただ問題は、誰がそれを口にするかだ。この場の代表とは誰なのだろうか。それが俺にはわからない。少なくとも俺ではないと思うのだが。
「……まあ、俺達は特に何も気にしていませんよ」
「ありがとうございます……」
「皆、優しいよね……」
俺の考えとは裏腹に、周囲の視線は俺に言葉を促していた。
だがよく考えてみれば、俺と由佳以外は小百合さんと初対面である。月宮だけならともかく、小百合さんも関係しているとなると俺が適任なのかもしれない。
「舞、泊めてくれて本当にありがとうね」
「あ、そうでした。四条さん、ですよね? 本当にありがとうございます。あなたのおかげで、私は安心することができました。なんとお礼を言っていいか……」
「いえいえ、別に友達とお泊りするなんて普通なんで」
「でも、一週間も……」
「まあ、家は大丈夫なんで気にしないでください。お礼とかもいりませんからね」
「あ、はい……」
月宮と小百合さんは、今度は四条に視線を向けた。
一週間も泊めていたというのは、中々すごいことである。小百合さんとしては、何かお礼がしたかった所だろう。
ただ、四条は先回りしてそれを断った。きっと彼女にとっては、それはお礼をされるようなことではないということなのだろう。
「えっと……あなたは、水原さんですよね?」
「あ、はい。そうです」
「千夜から話は聞いています。この子とずっと仲良くしてくださっているのですよね? 本当にありがとうございます」
「あ、いえ……」
「ちょっと、お母さん恥ずかしいから、やめてよ」
言葉とは裏腹に、月宮はとても嬉しそうだった。母親に一番の親友を認めてもらえたことが、嬉しいのだろうか。
「……うん?」
そこで、月宮の視線がこちらに向いた。彼女は、怪訝そうな顔をしている。どうして、そんな視線を向けられているのだろうか。
そう思って、俺は気付いた。ずっと由佳と手を繋ぎっぱなしであるということに。
「二人とも、随分と大胆だね……」
「あら?」
「え?」
「あっ……」
「おおっ……」
月宮の発言によって、その場にいる全員の視線がこちらを向いた。
どうやら、皆会話に夢中になっていて今まで気付いてなかったようだ。それぞれ驚いたり感心したりしている。
「あ、あのね。皆、これは……」
「まあ、いいんじゃない? 教室でも同じようなことしているし」
「え? 教室でもこんな感じなの?」
「ああ、涼音は知らないよな……」
なんとか誤魔化そうとした由佳に対して、四条達は各々そのような反応を示した。
温かい視線が、なんだかむず痒い。どうしてこんなに恥ずかしいのだろうか。
「……千夜?」
「うん? お母さん? どうかしたの?」
「あの、二人はお付き合いを……?」
「あ、いや、そういう訳じゃないんだけど……」
周囲の反応をおかしく思ったのか、小百合さんは月宮に質問をしていた。
そこで俺は理解した。彼女は勘違いをしていたのだと。
考えてみれば、俺と由佳が小百合さんに会ったのは二人で出かけていた時である。あの状況で彼女が俺達のことをどういう関係だと考えたか、それはなんとなく想像することができた。
「ああ、なるほど、ごめんなさい。私、勘違いをしていたみたいで……」
「まあ、それは仕方ない……じゃなくて、あのさ、皆、とりあえず私一回家に帰ろうって思うんだ」
少し慌てた感じで、月宮はそのように言ってきた。
多分、俺達に気を遣ってくれたのだろう。それは嬉しいのだが、やはり恥ずかしい。
「色々とありがとうね? まあ、また明日学校で?」
「え、あ、えっと……皆さん、本当にありがとうございました。どうか、千夜をこれからもよろしくお願いします」
挨拶をしてから月宮は早々に車に乗った。それによって、場の空気は一気に別れの空気へと変化する。
小百合さんも挨拶をして車に乗り、最後に運転手らしき人が一礼して運転席に乗り込んで、車はすぐに動き始めた。
車の中から嬉しそうに手を振る月宮に、俺達は手を振り返す。何はともあれ、長い家出は終わりを迎えたようである。
「さてと……こっちもそろそろ解散しないとね。まあ、千夜が帰るだろうからって、帰る準備はしていた訳だけど」
「由佳、これ由佳の荷物だよ?」
「え? あ、ありがとう」
俺と由佳が車の方から振り返ると、水原が大きな鞄を由佳に渡した。
どうやら、お泊り会もこれでお開きのようだ。まあ月宮が帰ったのだから、それは自然な流れかもしれない。
ただこのようにすぐ帰る体制ができあがるというのは、流石に唐突だ。なんというか、何かしらの意思を感じる。
「それじゃあ、由佳また学校でね?」
「藤崎、由佳をよろしくね」
「二人とも気をつけて帰るんだぞ?」
「え、あ、うん……」
「……わかった」
三人にそれぞれ声をかけられて、俺は意図を理解した。
つまり、このまま由佳を送って帰れということなのだろう。それは望む所ではあるしありがたいとも思うのだが、やはり少しむず痒い。
「……それじゃあ、帰るか?」
「……うん!」
しかし俺の色々な気恥ずかしさは、由佳の笑顔で一気に消え去った。
色々な問題は解決した訳だし、とにかく俺は由佳を送り届けるとしよう。そう思いながら、俺は彼女とともに歩き始めるのだった。
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