第54話 カラオケに来るのは初めてだ。

 何かが響くような感覚を覚えながら、俺は周囲を見渡した。

 それなりの広さの部屋は照明で照らされているが、少し薄暗いような気がする。まだ朝といえる時間帯であるというのに、なんだか変な感じだ。


「落ち着かない場所だな……」

「まあ、それはそうだろう。ここは歌を歌う場所だ。静かな訳がない」

「……確かにそうだな」


 土曜日、特に用事もなく暇だった俺は、竜太から連絡を受けた。せっかくだから江藤と三人でどこかに出かけないかと。

 特に断る理由もなかったのでそれを受け入れた俺は、カラオケに連れて来られていた。俺が行ったことがないと伝えた結果、そうなったのだ。


「ふう……」

「……江藤?」

「む……」


 そんな訳で三人でカラオケに来たのだが、江藤は少し浮かない顔をしていた。昨日の段階では文面からでも楽しみにしていることが伝わってきたのだが、今日は打って変わってテンションが低めだ。

 当然のことながら心配である。やはりここは何があったか聞いてみるべきだろうか。


「……江藤、何かあったのか?」

「え?」

「いや、なんだか元気がないような気がするんだが……」

「元気がない……そうか。そうかもしれないね」


 俺の言葉に、江藤は驚いたような顔をしていた。どうやら自分の様子がいつもと違うことに気付いてなかったようだ。


「……穂村先輩に関係していることか?」

「え? あ、えっと……関係していないという訳ではないかな?」

「む……?」


 江藤が落ち込む理由として俺が思い当たったのは、穂村先輩のことだった。

 彼女との間に何かあったら、このように落ち込んだりするかもしれない。そう思って聞いてみたが、それに関しては微妙な所であるようだ。


「……両親からさ。少し話があったんだ」

「話?」

「ああ……まあ、端的に言ってしまえば、政略結婚の話さ」

「……何?」


 政略結婚、その言葉に俺は驚くことになった。その言葉を俺は昨日も聞いたからだ。

 無論、江藤がそういった事柄で悩んでいるというのも驚くべきことではある。しかし、やはりその馴染みのない言葉を二日連続で聞いたという事実への驚きの方が大きい気がする。


「お見合いさせられるかもしれないんだ。その……どうやら両親にも色々と都合があるみたいで」

「……江藤は結構いいとこの子だったんだな?」

「まあ、否定はしないよ」


 江藤の家族について、俺はまったく知らなかった。

 だが、結構納得できる。言い方は悪いが、江藤は少しお坊ちゃま気質というか、そんな印象を受ける時があったからだ。


「でも、僕は今までそんなにそのことを意識してはいなかったんだ。両親は、僕に何か強制したりはしてこなかった。習い事も興味があるものをさせてくれたし、サッカーだって応援してくれている。だから、今回のことは結構突然だったんだ」

「突然、ね……何かあったのか?」

「それは僕にはわからない。意識していなかった程に、両親は僕に何も言ってこないからね……」

「ふむ……」


 江藤の家は、月宮の家程厳しい訳ではなかったようだ。

 それを聞いて、俺は小百合さんの格好を思い出していた。偏見かもしれないが、あの着物という服装からは厳しい家であるような印象を受ける。

 もしかして、月宮家というのはやんごとない身分の家系なのではないだろうか。俺はふとそんなことを考えていた。


「……その話は、強制されているものなのか?」

「え?」


 概ね事情がわかった俺は、そのような質問をしていた。

 とりあえずそれは聞かなければならないと思った。重要な部分だ。そこははっきりとさせておいた方がいい。


「……どうなんだろう? その辺りは詳しく聞いた訳ではないね」

「そうか……」


 江藤からは、曖昧な回答が返ってきた。先程の両親の話からもしかしたらと思っていたが、やはりそういうことであるらしい。

 強制されているのかどうかわからないというのは、とても大事なことだ。そこに認識のすれ違いがあってはならない。


「両親とその辺りに関してはじっくりと話し合った方がいいんじゃないか? 強制している訳ではないなら、断れる訳だし……」

「それは……そうだよね」

「……ちなみに、江藤の両親は生徒会長さんのことをどう思っているんだ?」

「む……」


 そこで、竜太からそのような質問が江藤に投げかけられた。

 確かに、それも大事なことである。両親が許してくれるかどうかも、江藤の場合は重要だろう。


「美冬姉のことは、よく思っているよ。何せ、僕の父さんは美冬姉のお父さんと竹馬の友であるらしいからね」

「竹馬の友……まあ、親友といった所か?」

「ああ、だから美冬姉のことも自分の娘みたいに思っているんじゃないかな?」

「ほう……」


 話に聞いた限りでは、江藤の両親は江藤が穂村先輩と結婚したいと言っても大丈夫なような気がする。 自分の娘みたいに思っている子が息子と結婚するなら、反対はしないのではないだろうか。


「何はともあれ、話し合った方がいいだろうな……穂村先輩のことも正直に話して、お見合いはやめてもらった方がいい」

「うん、わかった。両親に話し合ってみるよ……時間もないし、今日話す」

「時間もない……お見合いの話は、そんなに差し迫ったことなのか?」

「いや、美冬姉への告白の方さ。実は、明日美冬姉と出かけることになっていて……」

「それは……」

「……大変じゃないか?」


 江藤の言葉に、俺と竜太は顔を見合わせた。

 江藤は、穂村先輩に告白するために少し考えるといっていた。それがまとまる前に、彼女と出かける可能性は低いだろう。

 そのため、俺達は理解した。江藤が、穂村先輩に告白するつもりなのだと。


「……まあ、頑張るつもりさ。二人のおかげで、昨日急にできた憂いもなくなったし、改めて腹を括れた」

「そ、それなら良かったが……」

「ああ……まあ、とにかく頑張れ」


 江藤は、いよいよ前に進もうとしている。そんなこいつに俺達ができることといえば応援だけだ。

 はっきりとしたことは言えないが、俺は多分大丈夫だろうと思っている。以前会話した時の感じからして、勝機はあるような気がする。


「……それにしても」

「うん? ろーくん、どうかしたのかい?」

「あ、いや、実は政略結婚という話を昨日も聞いてな……不思議なこともあるもんだと思って」

「そうなのかい? 確かにそれは珍しいね」


 江藤の言う通り、政略結婚というのはとても珍しい事柄であるはずだ。それを二日連続で聞くなんて、なんだか奇妙である。


「……なあ、九郎、これは本当に偶然なのだろうか?」

「……ああ、そうだよな。同学年で同じ地域に住んでいる二人が、同じ時期に政略結婚の話をされた。それが繋がっていると考えても別におかしくはないよな?」

「ああ、そうだとも」


 竜太の疑問に、俺は江藤から話された時から感じていた疑念を口にした。

 この二つの政略結婚の話を偶然で片付けていいのだろうか。無論その可能性もあるだろうが、繋がっていると考えてもいいはずだ。


「えっと、一体どういうことかな……?」

「いや、江藤、少し待ってくれ。竜太、月宮に連絡できるか?」

「ああ、連絡してみよう」


 きょとんとしている江藤に、俺は事情を話すべきだと思った。

 もしも江藤と月宮が繋がっているというなら、事態が少しいい方向に動いてくれるかもしれない。そのため、江藤には事情を話した方がいい気がする。

 ただ、そのためには月宮からの許可が必要だ。彼女が許可してくれたら、全てを包み隠さず話すとしよう。

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