第55話 友達の基準が俺にはわからない。

 竜太と江藤とのカラオケは、普通に楽しかった。最初は歌える歌なんてないと思っていたのだが、懐かしのアニソンなどは二人もわかってくれたため、特に困ることもなく過ごせたと思っている。

 もっとも、二人は俺のアニソン三昧に辟易としていたのかもしれないので、完全に大丈夫だとは言い切れないのだが。

 とはいえ、カラオケが楽しかったというのは事実である。歌を思いっきり歌うというのは、なんとも楽しいものだった。由佳達がよく行く理由が、少しわかったような気がする。


「うん?」


 そんな風に自室で思いを馳せていた俺は、スマホが鳴ったことに気付いた。

 最近の俺のスマホは、その独特な通知音をよく鳴らすようになった。そんなことになるなんて、一か月前くらいまでは思ってもいなかったことである。

 そんなことを考えながら、俺は送られてきたメッセージに目を通す。どうやら、メッセージを送ってきたのは由佳であるようだ。


《千夜にろーくんの連絡先を教えてもいい?》

「月宮に? まあ、別に構わないが……」


 由佳は竜太の時と同じように、俺の連絡先を教えていいかどうかを確認したいようである。

 それは別に構わなかった。別に月宮に連絡先を知られて困ることはない。

 しかし、月宮が俺の連絡先を知ってもそんなに意味はないような気がする。今はともかく、これから彼女とやり取りすることなんて思い浮かばないのだが。


≪別に構わない≫

≪それじゃあ、教えるね≫

≪ああ≫

≪教えたよ≫


 俺の返信に対して、由佳はすぐにさらなる返信を返してくる。水原や竜太もそうだが、皆返信が速い。きっと月宮も速いのだろう。


「……うおっ!」


 そんなことを考えていた俺は、突然スマホが大きな音を出して少し驚いた。

 どうやら、月宮から電話がかかってきているようだ。連絡の方法として、通話を選んだらしい。


「もしもし」

『あ、ろーくん。こんばんは』

「こんばんは……」

『ごめんね、急に電話して。でも、少し話したいことがあるんだよね』

「そうか」


 スマホから聞こえてくる月宮の声に、俺は気を引き締める。その声が真剣だったからだ。

 今日電話をかけてきたということは、やはり用件は昼間のことだろうか。江藤と月宮が政略結婚の相手同士かもしれない。それは既に月宮にも伝えてあることだ。


『あのさ、ろーくんにとって私って何?』

「……え?」


 身構えていた俺は、予想外の質問に思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 この質問の意図は、一体なんなのだろうか。訳がわからない。


「何と言われても……まあ、知り合いとかなんじゃないか?」

『ふーん……なんだかちょっとがっかり。ろーくんって、私のことをそんな風に思ってるんだ?』

「えっと、月宮が求めているものがわからないんだが……」

『わからないの? 鈍いなあ……』


 月宮は先程まで打って変わって楽しそうな声色だった。つまり、俺は今回もからかわれているということなのだろう。

 しかしながら、月宮が何を求めているかわからない。そもそもどうしてこんなことを聞かれているのかも謎であるし、わからないことだらけだ。


『あの日あんなに色々と教えてあげたのに、私は悲しいなあ』

「……つまり、生徒と先生のような関係とでも言いたいのか?」

『……ろーくんって、ずれてるよね?』

「何?」


 スマホから月宮のため息が聞こえてきたので、俺は少し驚いてしまう。

 楽しそうにしていたはずの彼女は、今は呆れたといったような声色だ。つまり、俺は今回も失敗をしてしまったということなのだろうか。


『私はさ、もうろーくんのことを友達だって思っているよ?』

「……友達?」

『由佳に私のこと顔見知りって言ったんでしょ?』

「それは……そうだが」


 月宮がどうして電話をかけてきたのか、俺はそこでやっと理解した。

 つまり、由佳が彼女に昨日の会話を話したということなのだろう。思い返しみると、あの時由佳は首を傾げていた。あれは、どうして友達と言わないのかわからないという顔だったということだろうか。


「俺と月宮は、友達なのか?」

『友達じゃないの?』

「……それがわからないから、聞いているんだ。一体、人はいつから友達になるんだ?」


 月宮の素朴な疑問に対して、俺はなんとか返答を絞り出した。

 竜太の時もそうだったが、俺は人がいつから友達になるのかがわからない。その基準というものが少し知りたかった。


『……さあ?』

「……さあ?」

『別にそんなの深く考えることじゃないんじゃない? 友達だって思ったら友達でいいと思うけど』

「……相手はそう思っていないかもしれないのに?」

『うーん……まあ、確かにろーくんに友達だって思われていないのは悲しかったけど』

「それは……」


 月宮の言葉によって、俺は自分自身の一番の失敗に気付いた。

 俺は今まで、こちらが友達と思っていても相手が友達だと思っていなかったら悲しいと思っていた。しかし、それは相手も同じなのだ。

 俺は今、俺自身が恐れていたことで月宮を悲しませた。それでは絶対に駄目だ。俺自身のために他人を傷つけるなんて、俺は嫌だ。


「……すまなかった」

『別に気にしてないよ? ろーくんが面倒くさい人だって、私は知っているし』

「……友達に対して、随分な言いようだな?」

『友達だからだよ?』

「友達だからか、そうだよな……月宮は俺の友達だ」


 相手が自分のことを友達と思っていないかもしれないなんて、考えるべきではないのだろう。

 もちろん、その気持ちが裏切られた時は悲しい。友達だと思われていなかったなら、ショックを受けるだろう。

 しかし、そんなことよりも自分を友達だと思ってくれている人を裏切る方が俺は嫌だ。そういう人達を裏切らないために、俺は皆を友達だと考えようと思う。


『真剣な感じで言われると、ちょっと気持ち悪いかも』

「……これまたひどい言いようだな?」

『友達だからね?』

「それで全部許されると思うなよ?」

『あはは、ごめんごめん』


 俺の言葉を受けて、月宮は楽しそうに笑っていた。

 口では色々と言っているが、きっと彼女は俺が友達だと言ったことを嬉しく思ってくれているのだろう。

 俺はそれが嬉しかった。だからきっと、俺のこの判断は間違っていないのだろう。

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