第53話 何故その噂が流れたのかがわからない。

「……そういえば、月宮の噂について俺は少し聞いてみたいと思っていたんだ」

「噂……」


 噛み合わなかった話を変えるために俺が切り出したのは、前々から聞いてみたいと思っていたことであった。

 それを口にした瞬間、由佳は苦い顔になった。つまりこの話は彼女にとって、避けたい話題であるということなのだろう。

 ただ、今回に関しては引き下がる訳にはいかなかった。これは俺にとって、聞いておかなければならないことだからだ。ここで引き下げても結局はいつか絶対に聞く。ならば、ここで終わらせておいた方がいい。


「月宮は異性に関して少々奔放であると、俺は一年の時に耳にしたことがある」

「……うん。そういう噂はあるね」

「だが、俺は月宮がそういうことをするような奴にはどうも思えない。無論、彼氏の一人や二人くらいはいるのかもしれないが、少なくとも噂で流れているような人間ではないと思っている。そんな俺の認識に齟齬はないだろうか?」

「ろーくん……」


 俺の質問に対して、由佳は一瞬驚いたような顔になった。

 その直後、彼女は笑顔になる。とても嬉しそうに笑う由佳に、俺は思わず見惚れてしまう。


「うん! 千夜はそんな人じゃないよ! というか、私の知っている限り彼氏もいたことないし!」

「そ、そうか……」

「ろーくん?」

「いや、声が……」

「声……?」


 よくわからないが、由佳はとてもテンションが高かった。

 それは別に悪いことではないのだが、問題はそのテンションの高さ故に声も大きくなっていたということだろう。

 クラスの視線が、俺達の方に向いている。最早、俺と由佳が懇意にしているなんてことは知られているためそれはいいのだが、今の話を聞かれていたという事実はいささかまずいかもしれない。


「……ど、どうしよう、ろーくん。私、千夜に怒られるよね?」

「……まあ、月宮は謝ったら許してくれるだろう。それに、悪いことという訳でもない。結果的に、月宮の噂は払拭されるだろうし」


 周囲を見渡した由佳は、とてもまずいというような顔をしていた。

 それなりの人数が聞いていたため、月宮のあれこれについてはすぐに広まることだろう。

 そうなれば、彼女の悪い噂は覆るかもしれない。ついでに、彼氏がいなかったことについても広まる可能性はある。


「ううっ、今日の帰りに謝らないと……」

「……そもそも、月宮がそういう噂に晒されたのはどうしてなのだろうか?」

「え?」


 落ち込んでいる由佳に対して、俺はそのような質問を投げかけた。先程と同じように、話を変えるために前々から気になっていたことを聞いてみることにしたのである。

 月宮の悪い噂が流れたことには、何か理由があるはずだ。他の四条一派も色々と言われてはいるはずだが、大々的に耳にするのは月宮だけである。つまり、何か理由があるはずだ。


「……それは私もわからなかったんだけど、多分ろーくんが見たような光景を見られていたからじゃないかって、千夜は言ってたよ?」

「俺が見た光景か……まあ、確かに俺も一瞬もしかしてと思ったりはしたな……」

「千夜は家のことを隠しているでしょ? それで反論もできずに、変な噂が流れることになったっていうのが真相なんだと思う」

「なるほど、そういうことか……」


 月宮にとって家のことを知られることは、悪い噂が流れることよりも嫌なことだったのだろう。それを仲の良い者達に打ち明けるのは、かなり勇気が必要だったはずだ。

 だが、それでも月宮はそれを乗り越えた。だからきっと、母親との関係も乗り越えていけるだろう。


「まあ、月宮も大変だったということか……いや、今も大変ではあるか。家出は続いている訳だし」

「うん……小百合さんが考えを変えてくれるといいんだけど」

「考え?」

「あ、うん。千夜から聞いたんだ。家出の直接的な原因を」

「そうなのか……」


 月宮は小百合さんと喧嘩して家出した。俺が知っているのはそこまでだ。その理由まではわからない。

 少し気になるが、それを由佳から聞いてもいいのだろうか。それは少し微妙な所である。


「千夜から別にろーくんには話してもいいって言われているから言っちゃうけど、どうやらね、千夜は結婚相手のことで小百合さんと喧嘩したみたいなんだ」

「結婚相手?」


 色々と考えていた俺に、由佳は原因を話してくれた。

 月宮が話してもいいと言っているのなら特に問題はないだろう。ただ、その内容は驚くべきものである。


「結婚って、まだ高校二年生だろう? 気が早いというかなんというか……いや、お金持ちだしそういうものなのか?」

「うん。そうみたいだね……政略結婚させられるかもしれないって、千夜は言ってた」

「政略結婚……」

「そんなの絶対に嫌だよね……私でも千夜みたいに反発すると思う」

「……ああ、そうだよな」


 月宮の心情は、理解できない訳ではなかった。

 俺だって今由佳以外の相手と結婚しろと言われると微妙な気持ちになるだろう。例え由佳に想いを寄せていなかったとしても、もしかしたらそうかもしれない。


「もちろん、それだけが原因ではないみたいだけど、そのことで言い争って出てきたみたいなんだ」

「積もりに積もった不満が爆発したという訳か……」

「そんな感じだと思う」


 月宮の家出に対する理解がより深まったような気がする。やはりお金持ちの娘にはお金持ちの娘なりの苦労があるということなのだろう。


「まあ、とにかく今回のお泊りはあまり色々なことを考えずに楽しんで欲しいものだな……」

「あ、うん。それはそうだね。めいいっぱい盛り上げるつもり」

「そんなに気負い過ぎる必要はないと思うぞ? いつも通りの由佳でいいのだろうし……」

「大丈夫だよ。それももちろんわかっているから」


 俺の言葉に、由佳は笑顔を見せてくれた。

 相変わらず今日も由佳はとても可愛い。改めてその事実を認識しながら、俺は思っていた。明日はその笑顔を見ることができないのだと。

 それは少々悲しいことではあるが仕方ないことでもある。まあ、俺は俺なりに静かに休日を過ごすしかないだろう。

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