第52話 あの日の俺は偽りだったといえる。
いつの間にか金曜日が来ているという感覚は、前も味わった。
一年の時にはやっと来たかと思っていたこの日がこんなにも早く感じるようになったのは、俺の中で大きな変化といえるかもしれない。
「ろーくん、あのね。実は今日、お弁当作り過ぎちゃってね」
「む……」
そんな金曜日の昼休み、由佳は俺にそう切り出してきた。
それを聞くのは二回目である。先週も同じような言葉で昼食に誘われたのだ。
「良かったなら食べてくれない?」
「ああ、ありがたくいただかせてもらう」
由佳が弁当を作って来てくれた。その事実には心が躍ってしまう。
とはいえ、やはり悪いという気持ちもある。彼女がこうしてお弁当を作って来てくれるのは三回目なのだが、実に一週間に一回というペースだ。
週に一回とはいえ、由佳側にお金と労力を割いてもらうのは申し訳ない。もう少し間隔を開けてもらった方がいいのではないだろうか。先週に関しては、夕食もご馳走になった訳だし。
「それじゃあ、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「隣いい?」
「もちろん」
由佳は七海の席に座りながら、自分の弁当を開ける。やはり、俺と一緒に昼食を取るつもりのようだ。
それを嬉しく思いながら、俺は弁当を開ける。今日の弁当もとても華やかだ。
料理は見た目も大切であるとは聞いたことがあるが、由佳はそれを忠実に実行しているといえるだろう。緑、黄色、赤などの多彩な色はなんだか気分を高揚させてくれる。
「あのね、ろーくん、明日なんだけど……」
「うん? 明日?」
「うん。先週先々週と出かけたでしょ? でも今週はね、ちょっと用事があって……」
「……そうか」
由佳の言葉に、俺は短く返事をすることしかできなかった。
二週連続で由佳と出かけたため、今週もそうかもしれないと思っていた節はある。しかし、別に決まっていたことという訳でもない。だから、それを悲しむのは筋違いだ。
そう思いながらも、やはりテンションは少し下がってしまう。由佳と出かけること、それは俺の中で思っていた以上に大きいことだったようだ。
「……皆でね、舞の家に泊まることになったんだ。今日と明日と明後日と、二泊三日で」
「四条の家……」
「うん。まあ、千夜もいるからね」
月宮の家出はまだ続いている。ある程度整理はついたとはいえ、やはりまだ母親と話し合うには至っていないようだ。
恐らく、今は月宮にとっても小百合さんにとっても冷却期間なのだろう。お互いに落ち着いて話し合えるのはもう少し先なのかもしれない。
「月宮は最近どうだ? 元気なのか?」
「あ、うん。いつも通りの千夜って感じ。悩むこともあるみたいだけど、そういう時は話してくれるし、いい感じだとは思う」
「そうか。それなら良かった」
月宮が元気であるという事実は、俺にとっても嬉しいことであった。
俺はそれが意外だった。自分がそんなにも月宮のことを気にかけていたとは自覚していなかったからだ。
「ろーくん、やっぱり千夜のことを心配してくれていたんだね?」
「そ、それは、まあ……」
由佳にも指摘されて、俺は思わず変なことを口走りそうになった。
俺と月宮には、そこまで深い繋がりはない。最初に由佳と出かける前に、少し話したくらいの関係だ。
その時のことは感謝しているが、あの一時の繋がりだけで月宮を友達と呼ぶのはおかしい気がする。俺とあいつの関係は、良くて知り合いくらいだ。
「……顔見知りが落ち込んでいたら、俺も心配くらいはするさ」
「顔見知り?」
「む……」
考えた末に俺が出した言葉に、由佳は首を傾げた。
その仕草を可愛く思いながらも、俺は再び考えることになった。顔見知りという表現が適切ではなかったのかを。
俺にとって月宮は幼馴染の友達か友達の友達くらいの人物だ。故に顔見知りは割と適切な距離感の表現だと思ったのだが。
「あのね、ろーくん。私、千夜から聞いたんだ」
「聞いた? 何を?」
「先々週の土曜日、遊園地に行った日にろーくんと千夜が会ってたってこと」
「……何?」
由佳から突然知らされた事実に、俺は固まった。
あの時のことを月宮は由佳に話したようだ。それはなんというか、少しまずいような気もする。
あの日の俺の振る舞いの多くは、月宮の指導によってもたらされたものだ。それが由佳に知られたら、色々と失望されるような気がする。
いや、そもそもあれは偽りの俺なのだから、それは仕方ないことかもしれない。ぼろが出る前に由佳が事実を知ったのなら、むしろ良かったのではないだろうか。
「ろーくん、千夜のことを助けたんだってね?」
「え? 助けた?」
「あれ? 千夜はそう言ってたよ?」
「いや、まあ、助けたというか……あれは月宮が偶然居合わせた俺を利用しただけというか」
月宮から由佳に伝えられたことには、少し誤りがあった。
あの時俺は確かに月宮を助けようとしていたが、実際は何もできなかった。ただその場にいたことによって、結果的に月宮があの状況から抜け出せたというだけだ。
「そうなの? まあ、でも千夜は助けてもらったって思っているみたいだよ?」
「別に感謝されるようなことはしていないさ」
「謙虚だね?」
「いや、それが事実さ……それより、月宮から他に何か聞いていないのか?」
「あ、えっとね。それから少し話したって聞いたよ。楽しかったって千夜は言ってた」
「楽しかった、か……俺からすれば、楽しまれたという気はするが」
間接的に月宮の感想を聞いた俺は、なんともいえない気持ちになる。
あの時の月宮は、確かに楽しそうだった。俺を弄び喜ぶ彼女の顔は、今でも覚えている。
「……その時の話の内容は聞いていないのか?」
「あ、うん。ちょっとからかったって千夜は言ってたけど……」
「まあ、それは事実ではあるが、もっと他に聞いていないか? その……色々と俺に教えたこととか?」
「え? ろーくん、千夜から何か教えてもらったの?」
俺の質問に、由佳はきょとんとした表情を見せた。それはつまり、俺の質問の意図がまったくわかっていないということなのだろう。
ということは、月宮はあの事実を由佳に言っていなかったということになる。
「律儀な奴だな……」
「え?」
「いや……由佳、少し聞いて欲しいことがある」
「う、うん。何?」
月宮は、やはりいい奴だ。要するにあいつは、俺の株が上がるように由佳にあの時のことを説明してくれたのだろう。
それはとてもありがたいが、やはり俺は月宮から色々と教わったことを言うことにした。
ここまで言って、その内容を説明しないというのも変だ。それに、あの時の偽りの振る舞いを黙っているのはなんというか少しずるい気がする。
「あの日俺は、月宮から色々と教わったんだ。その……なんというか、男女で出かける時の心掛けというか、なんというか……」
「そうだったの?」
「ああ、だからあの日の俺は、いつのも俺ではなかった。色々とできたのは、月宮からの指導のおかげだ」
「そうなんだ」
俺が意を決して話したことに対して、由佳はとても淡白な反応を返してきた。
反応がとても薄くて、俺は少し面食らってしまう。少なくとも失望はされていないような気はするが、この反応はどういうことなのだろう。
「あ、えっと……もう少し何かないか?」
「何かないかって?」
「その……月宮から指導があったことについて」
「えっと……千夜って、やっぱり気遣い上手だよね?」
思わず質問してみたが、由佳の回答は少しずれているような気がする。
会話が噛み合っていないということは、由佳にとって月宮からの指導は特に気にするものではなかったということだろうか。
よくわからないが、これ以上それを掘り下げても無駄なような気がする。というか、掘り下げたら色々とぼろが出そうなので、やめておいた方がいいだろう。
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