第42話 和装の女性には見覚えがある。
俺と由佳は、前回と同じように駅前で待ち合わせをして出かけることにした。
今回は前回の反省を活かして、お互いに待ち合わせ時間の五分前に集合した。もっとも、集合時間が九時半と前回よりも早くなってはいるのだが。
「それで、カラオケに行くんだよな?」
「うん、そうだよ? ろーくん、もしかして他に行きたい所とかある?」
「いや、そういう訳ではないさ。ただ、確かカラオケ屋って結構いっぱいあったよな? どこに行くんだ? というか、どこがいいとかあるのか?」
「うーん……まあ、一番近いとこに行こっか。店によって違いがない訳じゃないけど、どこかが駄目とか思ったことはないし」
「そうなのか……」
情けない話ではあるが、今回の行き先は由佳に任せることにした。
俺はカラオケ屋に行ったことがない。いくつかあるのは知っているが、それもなんとなくしかわからないので、ここは由佳に頼らせてもらうことにしよう。
「……うん?」
「ろーくん? どうかしたの?」
「あ、いや、あそこにいる女性が……」
「女性?」
そこで俺は、一人の女性のことがふと気になった。
その四十代くらいに見える女性は、目立つ格好をしている。現代社会では滅多に見ない和装なのだ。
だが、俺が気になったのはその恰好ではない。その顔の方だ。
俺はその女性をどこかで見たことがあるような気がするのだ。
「すごい美人さんだね? なんだか、困っているみたい……」
「ああ、それもそうなんだが、どこかで見たことがあるような気がして……」
「……確かにそうだね。もしかして、芸能人とかかな?」
「どうだろうか……?」
「というか、大丈夫かな? すごく不安そうというか……」
「本当だな。何かあったんだろうか?」
和装の女性は、辺りを見渡しながら泣きそうな顔をしている。明らかに、困っているという感じだ。
声をかけるべきだろうか。俺がそう思っていると、由佳が一歩を踏み出した。何をしようとしているかは明白なので、俺はそれについて行く。
「……こんにちは。何かお困りですか?」
「……え?」
女性に近づいてから、由佳はゆっくりと挨拶をした。
突然声をかけられたためか、女性は困惑しているように見える。
いや、彼女の視線は由佳の髪に向いている。今回の場合は、いきなりピンク色の髪の女の子に声をかけられて困惑しているといった所だろうか。
「さっきからここで辺りを見渡していましたよね? それも、なんというかとても不安そうに。誰か探しているんですか? それとも道に迷ったとか?」
「……い、いえ」
女性の反応を特に気にすることもなく、由佳はそのように質問をした。
まだ警戒しているのか、女性の反応は少し固い。ここは、俺の出番かもしれない。恐らく、今回の場合は由佳よりも俺の方が女性も話しやすいだろう。
「お節介かもしれませんが、俺達で良ければ力になりますよ?」
「……そう、ですか」
俺の言葉に、女性は少しだけ安心したような表情をした。恐らく、俺達が怪しい者ではないとわかってくれたのだろう。
女性は、一度由佳の方を見てから、もう一度俺の方を見た。考えてみれば、俺達は不釣り合いな男女である。普通に考えたら、一緒にいるはずがないような組み合わせだ。
だから、女性も少し考えたのだろう。俺達がどういう関係性なのかを。それは、仕方ないことだ。
「……実は、そちらのお嬢さんが言った両方のことで困っているのです」
「両方? つまり、誰かを探していて道にも迷っていると?」
「はい。恥ずかしながら、この年までろくに一人で外出したこともなく、駅まで来たのはいいのですが、どうすればいいかわからず途方に暮れていたのです」
女性の言葉に、俺と由佳は顔を見合わせた。その言葉によって、彼女がとてもお嬢様であることを理解したからだ。
女性は四十代くらいに見える。その年まで一人で外出をしたことがないなんて、普通はあり得ない話だ。
しかし、女性の格好や仕草からそれがあり得るように思える。改めて見てみると、彼女は全体的に高価そうものを身に着けているのだ。
「誰かを探している過程で、道に迷ったということですよね? 明確な目的地なんかは、決まっているんですか?」
「いえ、そういう訳ではありません。実の所、いなくなった娘を探しているのです」
「いなくなった娘さん、ですか? えっと、それは警察なんかに相談した方がいいことなのでは?」
「申し訳ありません。表現が良くありませんでした。誘拐の類ではありません。娘は自分の意思で出て行きましたから」
「家出ということですか……」
女性はとても悲しそうな顔をしていた。娘が家出したのだから、それはそういう顔にもなるだろう。
とりあえず、女性の事情は理解することができた。ただ、これはなんというか俺達が解決できる範囲を超えた問題であるような気がする。
無論目的地があるなら道を教えることはできるが、俺達にできるのはそれくらいだ。問題を完全に解決できる訳ではない。
「あの子……千夜というのですが、昔から何かと家の方針に逆らって、今回もそれで言い争った結果、家を飛び出して行ってしまったのです」
「……うん?」
「……え?」
「え? どうかしましたか?」
女性が呟いた娘の名前に、俺と由佳は再び顔を合わせることになった。
彼女は今確かに千夜といった。その名前を俺達はよく知っている。
「あの、お名前を聞かせてもらっていいですか?」
「あ、はい。私は月宮
「月宮……それじゃあ、あなたは千夜の……」
「千夜のことを知っているのですか?」
「あ、えっと……髪に赤いメッシュが入った女の子ですよね?」
「え、ええ……」
同姓同名の人物は、この世に何人かはいるだろうが、赤いメッシュが入った高校二年生の月宮千夜なんてそうそういないだろう。
つまり、この女性が探している家出した娘さんというのは、俺達がよく知っている月宮千夜ということになる。
道理で、小百合さんの顔に見覚えがあった訳だ。血が繋がっている母親に、俺と由佳は月宮の面影を感じたということなのだろう。
「あの、私は
「あ、俺は藤崎九郎です。まあ、月宮とは由佳を通じて知り合った仲といった所です」
「そ、そうでしたか……千夜がいつもお世話になっています」
「あ、いえ、そんなことは……」
とりあえず、俺と由佳は彼女に自己紹介した。娘の友達と知り合いだとわかったからか、小百合さんは先程までよりも安心しているような気がする。
しかし、月宮がそんなにいい所のお嬢さんだったとは驚きである。ただ、納得できる部分がない訳ではない。
以前会った時に一緒にいた男性、それは恐らく月宮の家が雇っている使用人とかだったのではないだろうか。それなら、あの時のやり取りも納得できる。今はもうあのおじさんが、お転婆なお嬢様に困らされている可哀想なお付きの人としか思えない。
「でも、千夜が家出なんて……」
「由佳は月宮から家のこととか聞いていなかったのか?」
「う、うん。千夜ってそういうこと話さないから……」
「あの子は、家のことが嫌いでしたから、友達にもそのことは知られたくなかったのでしょう……」
月宮のお家事情は、由佳でさえ知らなかったことであるようだ。
それだけ、月宮と家族の間には確執があるということなのだろう。
考えてみれば、目の前にいる和装の小百合さんと月宮の派手なスタイルからは、正反対の印象を受ける。あれはもしかしたら、彼女なりの反発の表れということなのかもしれない。
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