第41話 褒められ過ぎているような気がする。
「あ、そうだ。私ね、明日ろーくんと出かける予定なんだ」
「あ、そうなの?」
「今週も行ってくるんだね? どこに行くんだい?」
「カラオケに行こうかなって」
そこで由佳は、明日の約束を両親に話し始めた。
当然、それは両親に話さなければならないことであるだろう。自ずと皆が集まる夕食時はそれに最適な場もしれない。
ただ、出かける相手である俺としてはなんというか落ち着かなかった。先程から思っていたことだが、俺はこういう時にどういう顔をしていればいいのだろうか。
「先週は遊園地に行ったのよね? 今回は近場でということ?」
「あ、ううん。別にそういう訳じゃないんだ。でも、考えてみれば先週はそれなりの遠出だったし丁度いいのかな……?」
俺はとりあえず、きんぴらごぼうを食べる。話には入りにくいし、食事をするしかないと思ったからだ。
「……」
「……うん?」
そんな俺は、由佳がこちらに視線が向けられていることに気付いた。
由佳は、少しそわそわとしている。俺に何か言いたいことがあるということだろうか。
「……う、美味いな。このきんぴらごぼうは」
一瞬考えた結果、俺はそのような言葉を発していた。
恐らく、このきんぴらごぼうは由佳が作ったものなのだろう。それで感想が気になっているという反応ではないだろうか。
「そ、そっか……それなら良かった」
「由佳が作ったのか?」
「うん!」
やはり、俺の予想は当たっていたようだ。そのことに、俺は安心する。これで予想が外れていたら、色々と恥ずかしかった所だ。
俺の言葉に、由佳は笑顔を見せてくれる。ホットケーキで失敗したからだろうか。本当にとても嬉しそうだ。
「由佳、良かったわね?」
「あ、うん……」
「ろーくん、この子ったらとっても張り切っていたのよ? ろーくんに喜んでもらうんだって」
「そ、そうですか……」
「あ、もう、お母さん……」
「ふふっ……」
由佳のお母さんの言葉に、俺は思わず笑みを浮かべそうになった。
由佳が俺のために張り切ってくれていたという事実は、とても嬉しい。ただ、笑っていいのかわからず、俺はそれを抑え込んだのである。
やはり、こういう時にどう反応すればいいのかがわからない。この食事中、俺は何回挙動不審になっただろうか。
「いやあ、由佳も本当に料理上手になったね……ふふっ」
「お父さん? なんで笑うの?」
「ああ、ごめんごめん」
「ふふっ……」
「もう、お母さんまで……」
由佳の両親は、なんというかとても楽しそうだった。
一方で由佳はなんだか少し怒っているというか焦っているようだ。その反応から考えると、由佳がからかわれているということだろうか。
ただ、その内容までは見えてこない。由佳の名誉のために、その部分は意図的に隠されているということだろうか。
「あ、ごめんなさいね、ろーくん。置いてけぼりにしちゃったわよね?」
「おっと、そうだね。すまないね、こちらだけで盛り上がってしまって」
「あ、いえ、大丈夫です」
疎外感を覚えていた俺だったが、別にそれは仕方ないことだと思っている。
ここは、由佳の家なのだから、その家族で会話が弾むのは当たり前のことだ。家族だけしかわからないことなんて色々とあるだろうから、俺が会話に入れなくなるのは仕方ないことであるだろう。
「まあ、とにかく明日はよろしく頼むよ。というか、これからも由佳のことをよろしく頼みたいね」
「あ、はい。それはもちろんです」
由佳のお父さんの言葉に、俺は素早く頷いた。
当然、由佳に対してできることはなんでもするつもりだ。そこに迷いはない。もっとも、俺にできることなどそこまでないのかもしれないが。
「ふふ、ろーくんは頼もしいな、由佳?」
「あ、うん。頼もしいね……」
「ろーくんのそういう所は変わっていないのね?」
「あ、それはそうだよ。ろーくん、今もすごく頼りになるんだ」
由佳も由佳の両親も、俺のことは変わっていないと思ってくれているらしい。
それはもちろん嬉しいのだが、俺は昔と随分変わったことを自覚している。今の俺は、三人が知っているろーくんではない。
そこが少し気になってしまった。なんというか、自分が少し過大評価されているような気がするのだ。
「あ、そうそう、今日またろーくんのお母さんと会ったんだけど……」
「え? あ、そうなんですか?」
「うん。それでまた引っ越しに関する話を聞いたんだけど、ろーくん、本当に家の隣に来るかもしれないのよね?」
「……え? そうなんですか?」
由佳のお母さんの言葉に、俺は思わず変な声を出してしまった。
家が引っ越す予定であることは、俺ももちろん把握している。しかし、辻村さんの家に引っ越そうとしていることは初耳だ。
「あれ? もしかして、まだ聞いていなかったの?」
「はい……」
「ああ、それじゃあ今日伝える予定だったのね。ごめんなさい、先に言ってしまって」
「あ、お気になさらないでください。むしろ早く知れて良かったです」
「ろーくん、本当に家の隣に来るの?」
「そうみたいだな……」
由佳は、とても嬉しそうな顔をしていた。多分、俺も同じような顔をしているだろう。
あの家で暮らせるということは、由佳の近くで暮らせるということだ。それは、とても嬉しいことである。
もしかしたら、父さんと母さんはそこも考慮してくれたのかもしれない。いや、流石にそのように家は決めたりしないか。
だが、どのような事情があっても、これは嬉しい知らせだ。それは間違いない。
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