第40話 幼馴染の両親との夕食は緊張する。

「いや、今日はよく来てくれたね」

「遠慮せずにたくさん食べてね」

「あ、はい、すみません。ありがとうございます」


 俺の目の前には、由佳のお父さんとお母さんがいる。二人は、にこにこしている。なんというか、とても楽しそうだ。

 もちろん、俺も由佳の両親はお世話になったので、こうしてゆっくりと話せることは嬉しいと思っている。だが、今の状況を完全に楽しむことはできそうにない。

 その理由は色々とあるが、最も大きな理由は二人が由佳の両親だからだろう。好きな人の両親の前では、やはり平静ではいられない。


「いやあ、それにしても本当に大きくなったね」

「そうよねぇ、随分とかっこよくなって……」

「いやいや、元々かっこよかっただろう?」

「ああ、それはそうよね」

「い、いえ、そんなことは……」


 由佳の両親は、俺のことを褒め称えてくれた。

 当然、それはお世辞であるだろう。別に俺は特別にかっこいい人間という訳ではない。これは明らかに褒め過ぎだ。


「うん。ろーくんは昔からかっこいいよ。でも、確かに昔よりもかっこよくなったかも。多分、大人になって男の人っていう顔になったからかな?」


 両親の言葉に、由佳は笑顔で同意してくれた。お世辞ではあるのだろうが、彼女にそう言ってもらえるのは嬉しい。


「まあ、男子三日会わざればなんとやらというからね。数年経てば、成長する訳だから、男の子から大人の男性になってかっこよさに磨きがかかったということかな?」

「ろーくんとは九年も会っていなかった訳だものね……ああでも、由佳も成長したでしょう?」

「え? あ、はい。そうですね……」


 由佳のお母さんからの突然の質問に、俺は頷いた。

 当然のことながら、由佳も小さな頃から色々と成長している。女の子から女性になった。その変化ははっきりとわかる。

 ただ、由佳の変化に関して俺がいつも目を向けてしまうのは、その髪の色だった。それは自然な成長で起こったものではないが、由佳の変化の象徴であるような気がするのだ。


「ああ、そういえば、由佳の髪の毛には驚いたでしょう?」

「あ、えっと……はい。正直、驚きました」

「それは当然だよね。まあ、僕だってね、最初に見た時は驚いたよ。ピンク色なんて、見たことがなかったからね……」

「そうそう、そもそも染めたいって言われた時に、私達は驚いたもんね? 私達の学生時代にはそんな文化なんてなかったから……それで、実際に行って帰って来たらピンク色だったから、本当にびっくりしたわ」


 由佳の両親も、流石に娘が髪をピンクに染めたことには驚いたようだ。

 確かに、一般的に髪の毛を染めるといったら、茶髪とか金髪とかを想像する。まさかピンク色に染めるなんて、事前に言われなければわからないだろう。


「あはは、その節はごめんね……」

「まあでも、落ち着いてから見てみたら案外似合っているし、これも悪くはないって思ったのよね」

「まあ学校もその辺りは自由みたいだし、僕らは由佳の好きなようにさせているんだよ。色々なことを試してみるのは悪いことではないからね……」

「ありがとう、お父さん、お母さん」


 由佳は、両親と笑顔で会話をしていた。相変わらず、家族全員仲が良いようだ。

 幼少期の頃も、由佳達はこんな感じの家族だった。皆、大らかで仲が良い。そんな良き家族だったのだ。


「そうそう、ろーくんにはそういった面に関して、本当に感謝しているのよね」

「ああ、そうだった。そのお礼は言っておかないとね」

「そうよね、本当にありがとうね、ろーくん」

「え?」


 由佳のお母さんからのお礼に、俺は疑問を浮かべることになった。

 これは一体、何のお礼であるのだろうか。それがわからなかったのだ。そういった面というのは、どういった面だろうか。

 流れ的に、先程の話を指していると思う。ということは、由佳が色々なことを試してみていることを指しているのだろうか。

 だが、それに俺が関係しているように思えない。そこに関しては、由佳が勇気を出しているだけである。


「由佳が、人見知りが激しかったことをろーくんは覚えているかな?」

「あ、はい。それは覚えています」

「それはね、人見知りというよりも、未知への恐怖というものだったと思うんだ。由佳は内弁慶で、自分の知らないことを恐れていた。あまり積極的な子ではなかったんだ」


 由佳のお父さんは、ゆっくりとそう語った。

 その内容は、俺もなんとなく理解できる。確かに、由佳は新しいことに挑戦しようとする子ではなかった。人間関係においても、その他においても、ある種自分の殻にこもるような性格だったのだ。


「そんな由佳のことをろーくんは、いつも導いてくれていた。新しいことに対して、やってみようと言ってくれていた」

「……そうだったかもしれませんね」

「由佳はね。そんなろーくんに感化されたんだよ。だから、新しいことにも挑戦しようと思うようになった。僕達はそう思っているんだ」

「そ、そうですか……」


 由佳のお父さんから言われたことに、俺は驚いていた。

 まさか、今の由佳の人格の形成に、自分がそんなに関わっているとは思っていなかった。しかし、納得できる部分はある。確かに、昔の俺は由佳の手を引いていくような性格だったからだ。


「まあ、それだけではないんだけどね」

「あ、お父さん」

「おっと、これは言わない方がいいかな……」


 そこで由佳のお父さんは何かを言いかけて、由佳に止められた。

 それは恐らく、俺と関係ないことを言おうとしたのだろう。話の流れ的に、それは水を差すと思って由佳が止めたのだ。

 由佳が俺の影響だけで変わったなんて思うのはおこがましかった。一瞬それで少し浮かれてしまった自分が恥ずかしい。


「とにかく、僕達はろーくんにありがとうと言いたいんだ。ろーくんのおかげで、家の娘は自分の殻を破った。それは、とても大切なことだと僕達は思っている」

「いえ、そんな……顔を上げてください」

「おっと、すまないね。楽しい食事の先に水を差すようなことをしてしまった……」

「き、気になさらないでください」


 由佳のお父さんに頭を下げられて、俺は困惑してしまった。

 こんなにも感謝されるなんて驚きである。由佳のお父さんとお母さんは、それだけ由佳の内弁慶を気にしていたということなのだろうか。


 もしも俺が由佳にいい影響を与えられたなら、それはもちろん嬉しい。彼女のために何かできたなら幸福に思う。

 とはいえ、そのいい影響を与えた男の子がこんな風に変化してしまったのは情けない限りである。俺はいつから、あの時の気持ちを忘れてしまったのだろうか。

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