第35話 一週間が経つのがとても早く感じた。
一週間というのは、こんなにも早いものだっただろうか。金曜日の放課後、俺はそのようなことを思っていた。
この一週間の間で、特別なことがあったという訳ではない。だが、由佳と学校で会って他愛のない話をする毎日というのはとても楽しく、俺の毎日は充実していたといえる。
ただ、この一週間の間、特に何も起こっていないというのは由々しき事態といえるかもしれない。過ぎ去ってしまえば、由佳との仲を進展させるために何かしらの努力の一つでもするべきだったのではないかと思ってしまう。
「ろーくん、どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもないさ」
そう思っていた俺に対して、由佳はとある提案をしてきた。それは、また家に遊びに来て欲しいという提案である。
当然、由佳の家には行きたいとしか思わないので俺はその提案を受け入れた。その結果、俺はまた由佳の部屋にいるのだ。
「……というか、今日も由佳のお父さんやお母さんはいないんだな?」
「あ、うん。そうなんだ」
「お父さんは今日は仕事か?」
「そうだよ」
「お母さんは? 家と同じく専業主婦であったと記憶しているが……」
「あ、今日はね。お友達とお茶会なんだって」
「そうなのか……」
幸か不幸か、今日も由佳の両親は不在だった。
二人きり、その状況に俺は非常に緊張している。何かが起こるかもしれない。そんな期待をしてしまう。
だが、邪な気持ちは胸にしまっておかなければならない。幼馴染として遊びに誘ってくれた由佳の気持ちを裏切るなんて、許されることではないだろう。
「あ、あのね、ろーくん。早速で悪いんだけど、一つ頼みがあるの」
「頼み? なんだ?」
「ぎゅってしてくれない?」
「ぎゅっ……」
固く決意したはずの俺の心は、一瞬で打ち砕かれそうになった。
由佳を抱きしめる。その行為に邪な気持ちを持たないなんて、無理な話だ。
以前までは、まだ親愛の気持ちで心を固めて彼女のことを抱きしめられたように思う。だが、好きを完全に認めた俺は最早、その行為に対して邪な感情しか持てない。
「……い、いいのか?」
「……うん。いいから、頼んでるんだよ?」
「まあ、それはそうだよな……」
純粋なる由佳を俺の邪な気持ちによって裏切りたくはない。そう思いながらも、俺は由佳に手を伸ばしていた。
俺は既に彼女の温もりを知ってしまっている。由佳がいいと言ってくれたら、最早止まることなどできそうにない。
「んっ……」
「……こうするのは久し振りだな」
「うん、そうだね……」
彼女の体に手を回してゆっくりと引き寄せると幸福な気持ちが胸に広がってきた。由佳の体温も感触も匂いも、全てが俺の心に安心感を与えてくる。
それと同時に、自分の心が昂るのも俺は感じていた。しかし、そちらは抑えなければならない。少々辛いが、思っていたよりも邪な気持ちばかりにはならなかったので、なんとかなりそうだ。
「……ずっとこうしたかったんだ」
「……ああ、俺もだよ」
最近、俺は由佳と毎日学校で手を握っている。その行為はなんというか、抱きしめることの代替え行為のようなものだった。
お互いを感じていたい。そういう気持ちは、由佳の中にもあるようだ。それが、なんとも嬉しかった。
「学校でもこうできればいいのにね……」
「いや、それは流石に……」
「うん。わかってる。私も人前では恥ずかしいって思うし……」
学校では、このように抱きしめ合うことなんてできない。そんなことは、カップルでも滅多にやっていないだろう。
だが、ここには人の目はない。だから、存分にお互いを感じることができるのだ。
「ろーくん、少しだけ体重かけてもいい?」
「別に構わないが……」
「重かったら言ってね?」
「あ、ああ……」
そこで由佳は、俺に少しだけ体を預けてきた。
由佳は別に重くはないため、受け止めること自体は問題はない。流石の俺も、このくらいで倒れる程やわではない。
しかし、少しだけ問題があった。俺の胸の辺りに当たっている柔らかいもののが押し付けられてきて、先程よりもその感触に意識がいってしまうのだ。
「えへへ、ろーくん力持ちだね?」
「いや、別にそういう訳ではないと思うが」
「でも、私をしっかりと受け止めてくれてる」
「まあ、これでも一応男の端くれだからな。女の子一人くらい受け止められるさ」
俺は大いに混乱していた。そのせいか、由佳への受け答えでも変なことを言ってしまっているような気がする。
だが、それはもう仕方ない。だって、そんな感触を意識してしまえば、誰だって平静でいることなんてできない。むしろ、色々と我慢している俺は褒められてもいいくらいなのではないだろうか。
とはいえ、このままの体制ではいつか限界が来てしまいそうだ。その前に、なんとか由佳に離れてもらった方がいいだろう。
「……ありがとう、ろーくん」
「……うん?」
「とりあえずろーくんの成分は補充できたから、一旦離れよう? ジュースとかお菓子とかまだ持ってきていないし」
「あ、ああ、そうか。なんだか、悪いな」
「ううん。ろーくんはお客様なんだから」
俺が策を考えている間に、由佳の方が離れることを提案してきた。本当にそろそろ限界が来そうだったので、俺はその言葉に従って由佳に離れてもらった。
だが、いざ彼女が離れると寂しいと思ってしまう。我ながら、俺の心はなんだか複雑である。
「あ、でも……ろーくん、一緒に台所に来てくれない?」
「台所? 別に構わないがどうかしたのか?」
「せっかくだから、ろーくんには私の作ったもの食べて欲しいかなって……まあ、ホットケーキを焼くくらいしかできないけど」
「いや、それは嬉しい……それなら、一緒に下りよう」
「……うん」
由佳の提案を聞きながら、俺は少し笑っていた。
由佳が手料理を作ってくれるという事実に、こんなに幸せを感じて先程までの寂しさが薄れる。そんな自分がとても単純だと思ったからだ。
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