第34話 疲れているが今日は一日頑張れそうだ。
「ろーくん、すっかり美姫ちゃんと仲良くなったんだね?」
「え?」
俺と七海の顔を交互に見てから、由佳はそのようなことを言ってきた。
確かに、先程まで俺は七海と話をしていた。それは一般的に、仲良くなったといっても差し支えないのかもしれない。
しかし、由佳の言葉に頷くのは憚られた。七海が俺をどう思っているか、それが俺にはわからないからだ。
「まあ、お隣ですからね。話す機会も多かったですし、私は藤崎君のことをろーくんとして一方的に知っていましたから、自ずと仲良くなれました」
「美姫ちゃんにも、ろーくんの話をいっぱいしたもんね……」
「ええ、何度も聞きましたね。とても楽しい話でしたよ?」
「そう? それなら良かったけど……」
由佳は、四条達や七海に俺の話をしていた。それは今まで、何度も聞いてきたことである。
雰囲気からして、多分悪いようには言われていないだろう。だが、その内容が完全にわかるという訳ではない。
俺は、少しそれが知りたかった。由佳が俺をどう思っていたのか、それが今は前より気になって仕方ないのだ。
「七海は、一体俺のことを由佳にどういう風に聞いていたんだ?」
「え?」
「いや、少し気になったんだ。由佳から俺のことを聞いているらしいが、その詳しい内容までは教えてもらっていない。まあ、悪くは言われていなかったようだが……」
「ろ、ろーくん、あのね……」
「うん?」
七海に声をかけたのに、応えが返ってきたのは由佳の方からだった。
彼女は、恐る恐るといった感じで手を挙げている。何か言いたいことがあるということなのだろう。
「由佳、どうかしたのか?」
「その辺りのことは、聞かないでもらえると嬉しいかな……私、恥ずかしいこととかいっぱい言った覚えがあるから」
「……そ、そうか」
由佳の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
恥ずかしいこと、それが一体どのようなことを指しているかはわからない。だが、由佳が聞かれたくないなら追及するべきではないだろう。
正直な所、俺も気になる反面怖かったので、その提案はすんなりと受け入れられた。無論、由佳が嫌がることなんてしたくないという気持ちも大きかったが
「まあ、一つだけ私から言えることがあるとすれば、御察しの通り悪くは言われていなかったということですかね」
「あ、うん。悪いようには言ってないから、そこは安心して」
「そうか……まあ、それなら良かった」
とりあえずいいように言ってもらえているならよかった。これでもしも悪いように言われていたら、色々と立ち直れなかった所である。
「あ、そういえばろーくん、昨日はよく休めた?」
「え? あーあ……えっと、落ち着かなくてさ。少し出かけてしまったんだ」
「あ、そうなの?」
そこで由佳は、少し強引に話を変えてきた。これ以上、自分が話していたことを掘り返されたくなかったのだろう。
話に乗らない理由はなかったので、俺は由佳の質問に答える。当然、一番疲れた水原とのやり取りは伏せて。
「ああ、丁度漫画の新刊も出てて……まあ、だから今日も少し疲れているんだ」
「そうなんだ。それは、大変だね……」
「いや、自業自得さ」
由佳は、俺を心配そうな顔で見てくれたが、出かけたことに関しては俺の自己責任でしかない。疲れているのだから、家でじっとしているべきだったのだ。
いや、出かけるまではいいとしよう。問題は、その後である。目的の本が一店目になかった時点で諦めるべきだったのだ。
「由佳の方はどうだ? ちゃんと休めたのか?」
「うん、休めたよ。舞や千夜と電話したりしたけど」
「四条達とか……」
「でもちょっと大変だったんだ。千夜がね、涼音が全然反応してくれないってちょっと不機嫌で……」
「み、水原が……」
由佳の言葉に、俺は少しだけ焦った。
水原が月宮からの連絡に反応しなかった理由には心当たりがある。恐らく、俺と電話していたりしていたからだろう。
あの時の水原は、とても興奮していた様子だった。冷静ではなかったし、周りのことなんて見えていなかったかもしれない。
「えっと……それは問題なく収まったのか?」
「あ、うん……収まったと思う」
「……曖昧だな?」
「二人からね。解決したっていうメッセージは来たんだけど……」
「なるほど、本当の所は本人達だけが知っているという訳か」
水原と月宮は小学校からの付き合いだと聞いている。それだけ長い間一緒にいるのだから、きっとお互いに馬が合っているのだろう。
そのため、多少の諍いも無事に解決したと思いたい。自分にも関係あることだからだろうか、俺はそんなふうに考えてしまっていた。
というか、少しの間反応がなかっただけで、そんなに大きな喧嘩になるのだろうか。その辺りにも少々疑問がある。
「あ、そろそろ時間ですよ?」
「む、そうか……」
「あれ? 舞や竜太君は……」
「もう席に座っているみたいですね」
七海の指摘によって、俺達は既にホームルームの時間が間近であることに気付いた。
いつもは四条や竜太がやって来て、そのことに気付くのだが、二人は既に自分達の席に着席していた。どうやら、教室の後ろから入ったようだ。
それがどういう意図であるかはわからない。ただ、もしかしたら竜太が気を遣ってくれたのかもしれない。俺の想いを知ったから。
「……ろーくん、手を出してくれる」
「手? ああ、いいが……」
「んっ」
「あっ……」
由佳は、俺が差し出した手を力強く握ってきた。初めは俺も驚いたが、なんとなく意図が理解できたので力強く握り返しておく。
「……うん。今日も一日頑張れそう」
「……ああ、俺もだよ」
「それじゃあね、ろーくん、美姫ちゃん」
最後に小さく手を振って、由佳は自分の席へと向かった。
由佳の温もりを味わったことで、なんだか元気が湧いてきた。昨日や一昨日の疲れも吹き飛んだ気がする。由佳の言っていた通り、今日も一日頑張れそうだ。
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