第11話 昼食の誘いは断らなければならない。

 授業開始一日目ということで、今日の授業はそれ程難解という訳ではなかった。中には、これから何をするかということを説明するだけで終わった授業もある。

 それは俺達学生にとっては嬉しいことだ。流石に一日目から難しい方程式なんかと対面したくはない。


「ろーくん、お昼食べようよ」


 そんな授業が四時限目まで終わって昼休み、俺の席までやって来た由佳はそのような提案をしてきた。

 女子どころか男子とも一緒に昼食を取ったことがない俺にとって、その提案は非常に眩しいものだ。

 もちろん、それは俺としても受け入れたい提案である。だが、俺は思い出した。由佳にはたくさんの友人がいるということを。


「……悪いが遠慮させてもらう」

「……え?」

「……今日は、食堂で昼食を取る予定だったんだ。由佳は弁当なのだろう? それなら、俺と一緒という訳にもいかない。という訳で、俺は失礼させてもらう」


 別に食堂で弁当を食べてはいけないなんてルールはない。しかし、悲しそうな顔をしている由佳を前にして、俺は何かしらの理由をつけなければこの場を去れなかったのである。

 とはいえ、これは仕方ないことだ。流石に、四条や月宮といった面々と一緒に食事をしたいなんて思わない。怖くて食事が喉を通らなさそうだ。


「どこ行くのよ?」

「……へ?」


 そう思って教室から出て行こうと思った俺の進路は、件の四条によって塞がれてしまった。

 彼女は、なんだかとても怒っている。昨日から、俺は四条とどうも相性が悪いらしい。


「しょ、食堂に行こうと思っているんだが……」

「別に、食堂で弁当を食べちゃいけない理由なんてないでしょうが」

「うぐっ……」


 先程の会話は聞いていたらしく、四条は見事な正論をかましてきた。

 由佳は優しいため俺の間違いを指摘しなかったのだろうが、この女王様にはそんな容赦や情けなんてものはないらしい。


「なんで逃げるのよ。昨日、あんなに親しく話してたじゃない」

「いや、それはだな……」

「理由があるならはっきり言いなさいよ」


 四条は俺との距離を詰めながらそう言ってきた。

 女子に迫られているというのに、全然嬉しくない。四条の鬼の形相が怖すぎる。なんでこんなに迫力があるのだろうか。


「舞、落ち着け。九郎が怖がっているだろう?」

「む……」


 そんな四条を止めてくれたのは、やはり竜太だった。

 この男の存在は、本当にありがたい。彼がいなければ、俺は四条によってボコボコにされていたかもしれない。


「……九郎、要するにお前は俺達のことを気にしているんだろう?」

「……いや、それは」

「気を遣う必要はないさ。誰だって既に出来上がったグループに入っていくというのは気が引ける」

「竜太……」


 竜太は、俺がどうして由佳の誘いを断ったかを見抜いていた。

 昨日から、どうもこいつとは相性がいい。いや、単に竜太が誰にでも優しいというだけだろうか。


「……よくわかんないんだけど」

「いや、それは舞はそうかもしれないが……」

「何? 私が変だって言いたい訳?」

「違う違う。そういう訳じゃない。舞がすごいって言いたかったんだ」

「ふうん……」


 竜太の言う通り、舞や由佳はそういう輪に入るということに、特に躊躇いはないだろう。コミュニケーション能力が高いのだ。

 それは褒められるべき事柄である。だが、四条自身はそれをあまりわかっていないようだ。それもまた、コミュ力が高い証左であるような気もする。


「はあ……つまり、あんたは私達さえいなければ由佳と一緒にお昼を取ってもいいということなの?」

「ま、まあ、それならいいけど……」

「それじゃあ、そうしなさい」

「えっと……」


 四条の言葉に、俺は由佳の方を見た。

 彼女は、期待しているような上目遣いで俺を見てくる。その表情に、俺はとても弱い。いや、そもそも今の状況的に別に断る理由はないのでいいのだが。


「それじゃあ……由佳、よ、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ……って、そんなに改まることじゃないよ」

「そうか。まあ、そうだな」


 由佳と一緒にお昼を食べる。その事実に、俺は少し緊張していた。

 話し合えてから由佳と長い時間を過ごすのはこれが初めてだ。昨日もやり取りはしたが、直接会った訳ではない。対面しながら俺は一体どういう風に由佳と接すればいいのだろうか。


「さて、とりあえず食堂に向かうか。由佳は弁当なんだよな? ちゃんと待っているから取りに行ってくれ」

「その必要はないわ」

「え?」


 俺の言葉に答えたのは、由佳ではなく四条だった。

 だが意味がわからない。俺は弁当を持ってきていないというのに、どうして食堂に行く必要がないというのだろうか。


「あ、あのね。ろーくん」

「む?」

「私、お弁当作って来たんだ」

「な、何?」


 俺の疑問は、由佳によってすぐに解消された。

 彼女の手には、弁当が二つあり、その内一つが俺に差し出されている。それはつまり、由佳が俺のために作ってくれた弁当を作って来てくれたということなのだろう。

 その事実に、俺の頭の中は真っ白になった。嬉しすぎて言葉すら出てこない。このまま蕩けてしまいそうだ。


「あ、ありがとう……」

「ううん、私が勝手にしたことだから」

「いや、嬉しいよ」


 なんとか思考が追いついた俺は、とりあえず弁当を受け取って由佳にお礼を言った。

 女子がお弁当を作って来てくれるなんていうイベントが、俺の身に起こるなんて思っていなかった。由佳と昼食というだけでいっぱいいっぱいだった俺にそれはキャパシティオーバーだ。

 しかし、せっかく作って来てくれた由佳を悲しませる訳にはいかない。神様とか色々な存在に感謝しながら、この昼休みを乗り切るとしよう。

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