第12話 幼馴染が作ってくれた弁当は美味い。

「えっと、隣座るね」

「あ、ああ……」


 由佳はゆっくりと七海の席に腰掛ける。

 いつの間にか四条も竜太もいなくなっており、教室にはまばらに人が残っているだけだ。

 そのほとんどが、友人同士で昼食を取っている。皆話に夢中になっており、俺達のことなど気にしてはないようだ。


「あ、開けてもいいか?」

「もちろん」

「それでは、失礼して……」


 由佳に断ってから、俺は弁当の包みを解く。

 弁当は二段重ねになっている。多分、ご飯とおかずということだろう。

 そう考えながら蓋を開けてみると、予想通り片方には真っ白なご飯が入っていた。そちらはまあ一般的なご飯であると考えられるため、今回注目するべきはおかずの方だろう。


「これは……」


 最初に目に入ったおかずは、ハンバーグだった。

 俺はすぐに昨日の会話を思い出す。つまり由佳は、俺の好物を入れてくれたということなのだろう。


「ろーくん? どうかしたの?」

「あ、いや、俺の好物を入れてくれたんだな?」

「う、うん……」


 由佳は少し照れながら俺の言葉に頷いた。その表情と仕草がまた可愛くて、俺は思わず笑ってしまう。


「う、嬉しいかな?」

「え? あ、ああ、嬉しいとも……とても嬉しい」

「それなら良かった」


 笑った理由は別だったのだが、嬉しいという気持ちは本当だ。

 そもそも由佳が俺のために弁当を作ってくれたという時点で嬉しいというのに、昨日の会話を覚えてくれていて好物まで入れてくれていたなんて、感動しない訳がない。


「……いや、というか、もしかしてこのハンバーグを作ったのか?」

「あ、うん。そうだよ」

「手作りだよな……あ、朝から?」

「うん、早起きして作ったんだ」


 由佳の発言に、俺は思わず口を開けてしまった。

 お弁当に入っているものは、全て由佳が作ったと考えるべきだろう。ハンバーグに卵焼きにウインナーにブロッコリーにかぼちゃ。彩り豊かなそれらのおかずを由佳は早起きして作ってくれたのだ。


「……大変だったよな? こんなに作るなんて」

「え? いや、そんなことないよ。楽しかったもん」

「そうなのか?」

「うん、そうだよ。私、料理も結構好きだから」


 由佳は、そう言って笑顔を浮かべた。それはきっと、俺が複雑な表情を浮かべてしまったからだろう。

 だがよく考えてみれば、俺のためにわざわざ早起きして作ってくれたなんて考えは自惚れでしかなかった。

 由佳は単純に料理が好きで、偶々気が向いて俺の弁当を作ってくれただけなのだろう。いや、例えそうでなかったとしても、俺が何か気に病んだりすることは由佳に失礼だ。


「……悪かったな。えっと、とりあえず食べさせてもらうよ。いただきます」

「あ、うん。いただきます」


 気を取り直してから、俺は弁当を食べることにした。

 おかずは色々とあるので、何から食べるかは迷う所だ。だが、せっかくなのでここはハンバーグから食べるとしよう。


「美味い」

「そ、そう?」

「ああ、すごく美味い。由佳は、料理上手なんだな」


 お世辞などではなく、俺は自然と美味しいという言葉を口にしていた。

 今まで人生で食べたハンバーグで一番美味い。母さんなどには悪いとは思うが、そう思ってしまった。もしかして、由佳は滅茶苦茶料理が上手いのではないだろうか。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、私なんてまだまだだよ」

「……そうなのか?」

「うん。お母さんには、全然敵わないもん」

「ほう……」


 由佳の言葉に、俺は思わず唸っていた。

 これだけ美味いハンバーグを作れるのに、由佳がまだまだなんて信じられない。

 確か、由佳のお母さんはごく普通の専業主婦だったような気がするのだが、そんなに料理が上手なのだろうか。


「……いや」

「うん? どうしたの? ろーくん」

「多分、俺にとっては由佳の料理の方が美味いと思う」

「どういうこと?」

「……いや、なんでもないさ」


 思わず口にしてしまった言葉に、俺は首を横に振る。

 きっとこのハンバーグが美味しいのは由佳が作ってくれたからだ。彼女が作ってくれたという事実が、俺にとって料理の出来栄え以上の幸福を感じさせたのだろう。

 そう思ったが、それを由佳に説明することはできなかった。今の俺では、上手く言葉がまとめられないような気がしたのだ。


「とにかく、俺は由佳が料理上手だと思っている。もっとできる人がいたとしても、充分上手であるといえるはずだ」

「そうなのかな?」

「七海の時と一緒さ。上には上がいるとしても、それで由佳の評価が変わる訳じゃない」

「そっか……」


 誤魔化すように口にした俺の言葉に、由佳は安心したような笑顔を見せてくれた。

 その笑顔に、俺は思わず目をそらす。可愛すぎて直視できなかったのだ。

 とりあえず、俺は心を落ち着かせるために米を口に運ぶ。何の変哲もない白米であるはずなのだが、こちらも妙に美味しい。


「嬉しいな、ろーくんに褒めてもらえるなんて」

「そ、そうなのか?」

「うん、昔からそうだったよね。ろーくん、私が頑張ったらいっぱい褒めてくれた」

「……そうだったな」

「だから、私頑張れたんだよ。色々なことに挑戦してみようって思えた」

「そうか」


 由佳の言葉で、俺は昔を思い出した。

 確かに俺は事あるごとに由佳を褒めていたような気がする。

 昔の彼女は今と比べると、少々臆病だった。そんな由佳が勇気を出して頑張ったのだから、めいっぱい褒めなければならない。当時の俺は、恐らくそんなことを想っていたのだろう。


「……今は立場が逆転したような気もするな」


 今考えてみれば、幼少期の俺は結構いい奴だったかもしれない。少なくとも今の俺よりは勇気もあったし優しさもあった。それらはここ数年で、なくなってしまったものだ。

 だが、もしかしたらかつて俺の中にあったそういったものは由佳の中に残ってくれているのかもしれない。そうだとしたら、俺としても嬉しい限りだ。


「ろーくん?」

「いや、由佳は随分と成長したんだと思ってな」

「成長? それはそうだよ。だって、十年近く経ってるんだよ? 私も大きくなったし、ろーくんだって大きくなった」

「いや、体の成長という話ではないんだが……」


 俺が言ったのは、精神的な成長の話であったのだが、それは由佳には理解されなかったようだ。

 とはいえ、確かにお互いに体が大きくなったということも事実である。そう思って、俺は思わず由佳の体を見てしまう。


「……」

「んぅ? どうかしたの?」

「い、いや、なんでもない……」


 視線を由佳に気付かれて、俺は素早く正面を向いた。

 食事中に雑念を抱くのはよくない。いや、それは食事中に限った話ではない。

 そんな感情は捨てるのだ。健全な友人関係を築くために、俺は邪な感情を振り払う。

 とにかく、今は食事に集中するべきだ。由佳が頑張って作ってくれた弁当である。よく味わって食べるとしよう。

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