第10話 幼馴染の交友関係は広い。
俺は、由佳と再会してから一日目の登校を迎えていた。
結局、彼女は昨日あれから本当に連絡してこなかった。おかげで、体調は万全である。
予想以上に疲れていたらしく、昨日の夜は昼寝をしたにも関わらずすぐに眠れた。
もしも由佳があの提案をしてくれなかったら今日はくたくただったかもしれない。本当に、あそこで気遣ってくれた彼女には感謝の気持ちでいっぱいである。
「ふぅ……」
俺は自分の席に着いてから、ゆっくりと深呼吸をした。それは、これから起こることに対する緊張を和らげるためのものだ。
また学校で由佳に会うというのは、結構緊張することだった。由佳だけではなく、竜太や四条とも同じクラスである以上確実に会うことになるので、とても心穏やかではいられない。
由佳達は、まだ来ていないようである。俺が早く来たこともあるが、多分彼女達のような人種は登校時間ぎりぎりくらいに来るのではないだろうか。
「藤崎君、なんだか緊張しているみたいですね?」
「え?」
そんなことを考えていると、隣から声が聞こえてきた。そちらの方向を見ると、その声の主が目に入る。
黒髪に眼鏡、整った制服。由佳達と接していたからか、その人物からはとても真面目な印象を受ける。いや、これがこの学校の標準であるはずなのだが。
確か、彼女は
彼女と俺に、接点はない。どうして、彼女は俺に話しかけてきたのだろうか。
いや、隣の席の生徒というだけで、話しかける理由はあるのかもしれない。彼女も俺とは違う世界の人種なので、そういう可能性はある。
「ふふ、どうして話しかけたきたのかわからないという表情をしていますね?」
「え? いや、別にそんなことは……」
「いえ、わかっていますよ。私、少し馴れ馴れしいという自覚があるんです」
「……どういうことだ?」
七海の言葉に、俺は困惑した。一体、彼女は何を言っているのだろうか。よくわからない。
「私、一年生の時も由佳ちゃんと同じクラスだったんです。結構、仲が良かったんですよ? まあ、四条さん達の次くらいですけど」
「仲が……良かった?」
「ええ、だから聞いていたんです。彼女の幼馴染のろーくんのことを」
「なるほど、そういうことか……」
七海の説明で、俺は色々と理解した。つまり、彼女は俺のことを一方的に知っていたということだ。
馴れ馴れしかったのは、だからなのだろう。知っている人物というのは、なんだか身近に感じるものだ。例えそれが、一方的だったとしても。
「でも、驚きましたよ。件のろーくんが、まさかこの学校にいたなんて」
「ああ、まあ、それは、色々と事情があってな……話すと長くなるんだが……」
「なんとなくわかりますよ。まあ、深く聞こうとは思いません。それは、当人達が解決すればいいことだと思っていますし」
「そ、そうか……」
七海は、俺に事情の説明を求めてこなかった。色々と振り切ったので話すことは問題なかったのだが、必要ないようである。
まあ、必要ないならそれでいいのだろう。あまり聞かせたいような話でもないし、手間も省けて丁度いい。
なんというか、七海は四条や竜太に比べると一歩引いているように思える。いや、あの二人が引いてなさ過ぎるだけだろうか。
「ああ、そうだ。せっかくですから、私と由佳ちゃんがどうして仲良くなったのかを話しましょうか」
「……それに、何かあるのか?」
「私はね。本が好きなんです。本だったらなんでも読みます。歴史小説も恋愛小説もミステリーも、ライトノベルだって読みます」
「うん? ああ……」
「それで教室でも本を読んでいたんですが、その時隣の席の由佳ちゃんが聞いてきたんです。何の本を読んでいるのかと……」
「そ、そうか……」
由佳なら、隣の席にいる人にそういうことをいかにも聞きそうである。
もし俺であるならば、できればそういう質問はされたくないと思う。まあ、それは俺の呼んでいる本が人に気軽に紹介できるものではないからなのかもしれないが。
「その時、私は恋愛小説を読んでいたんです。その小説の内容は、幼馴染の男女が再会して、恋に落ちて、それで結ばれる物語でした。山も谷もそこまでない小説ですけど、まあまあ面白い小説です」
「お、おう……」
「その内容を由佳ちゃんに話したら、今度貸してくれないかと言われたんです。そこから、恋愛小説なんかを貸すようになって、仲良くなったんです」
「そ、そうか……」
七海の話に、俺はとても複雑な心境だった。幼馴染が再会して恋に落ちる。なんというかあまり他人事だとは思えないような内容だ。
「由佳ちゃん、小説が好きになってくれたみたいです。時々、おすすめの本を貸しているんですよ?」
「由佳が本を……か。なんだが、少しイメージにそぐわないような気もするが……」
「まあ、本人も小説はあまり好きではなかったと言っていましたからね。でも、私が最初に貸した小説が余程良かったんでしょう。そこから、嵌りに嵌ったそうですから。あ、ちなみにその本は自分でも購入したそうですよ。というか、気に入った小説は自分でも買っていると聞いています」
「そ、そうなのか……」
由佳のイメージ的に、本は似合わないと思ってしまった。だが、どうやら結構な読書家になったようである。
それだけ、最初の小説が素晴らしかったということなのだろうか。
「彼女は、恋愛小説を好んでいます。でも、三角関係とかそういうものはあまり好きではないみたいです。さっき言ったような山も谷もない方がいいみたいですね」
「ほのぼの系が好きということか……」
「ええ、そうみたいですね。試しに男性向けのほのぼの系も勧めてみましたが、それも案外楽しんでいました。ちょっとエッチなのも恥ずかしがりながらも読んでいました。まあ、基本的にはドロドロしたものは苦手で、皆が仲良しみたいなのが好きなのでしょう」
「そうなのか……まあ、シリアスなのが嫌いなら、そういう好みにもなるのかもしれないな……」
由佳の気持ちは、なんとなくわかる。俺もあまりシリアスなものは好きではないし、女性向けの作品でも読むことがない訳ではない。
「まあ、恋愛小説を好むのは女子としては一般的なのではないでしょうか? まあ、私はどんな小説でも読むので、普通の女子の感性というものはわからないんですけどね……」
「そ、そうか……」
由佳に貸したということは、七海もそういった小説は一通りを読んでいるということになる。
小説ならなんでも読む。それは、相当な雑食であるといえるだろう。実は七海は、普通とは結構違う女子なのかもしれない。
「おや、噂をすれば……」
「え?」
七海の言葉に、俺は廊下に視線を向ける。すると、そこには見知った姿があった。噂をしていた由佳が、登校してきたのである。
「あ、ろーくん、おはよう!」
「あ、ああ、おはよう……」
由佳は満面の笑みを浮かべながら朝の挨拶をしてきた。その輝かしい笑顔に、俺は思わず困惑してしまう。
由佳は可愛い。そんな彼女の笑顔を真正面から受けて正常でいられる程、俺の精神力は強くないのだ。
「美姫ちゃんもおはよう!」
「ええ、おはようございます。由佳ちゃん、朝から元気ですね?」
「え? あ、うん。そうかな……?」
七海の言う通り、由佳は朝からとても元気である。
その元気さは、一体どこから来るのだろうか。朝というのは、眠たくてやる気も出ないというのに、不思議である。
いや、よく考えてみれば、俺は朝ではなくても眠たいしやる気が出ない。ということは、人間性ということなのだろうか。
「ああ、そうだ。今、藤崎君と話していたんですよ」
「ろーくんと?」
「ええ、由佳ちゃんが私の勧めた本を読んでくれたという話をしていたんです」
「そ、そうなんだ……」
七海の言葉に、由佳は横目で俺の方を見てきた。
彼女は、少し恥ずかしそうな顔をしている。確かに、人に聞かれると恥ずかしいような内容だったかもしれない。
とはいえ、聞いてしまったことを聞いていないという訳にもいかないだろう。ここは、正直に話すしかない。
「ああ、七海から由佳が読書家になったと聞いた」
「読書家?」
「色々な本を読んでいるのだろう? 読書家じゃないか」
「そうなのかな? でも、私美姫ちゃん程読んでないよ?」
「いや、それは、七海が特殊というか、なんというか……」
俺の言葉に、由佳はきょとんとしていた。恐らく、由佳の中での読書家とは、七海のような人のことをいうのだろう。
だが、七海レベルの読書家なんて中々いない。先程の話から考えると、由佳も結構本を読んでいるみたいだし、充分に読書家であるといえるのではないだろうか。
「由佳ちゃんは充分読書家であると思いますよ」
「そうなの?」
「ええ、読書家の中の読書家である私がそういうのですから、間違いありません」
「そっか……私、読書家だったんだ……ふふん」
七海からのお墨付きがもらえたからか、由佳は少し得意気な顔になった。
読書家というのは、なんとなくすごい気がする。だから、そのような表情になったのではないだろうか。
「あ、ろーくん。そういえば、昨日はあれから休めた?」
「うん? ああ、お陰様で休めたよ。ありがとう」
「お礼を言われるようなことではないよ」
由佳が話を切り出してくれたおかげで、昨日のお礼はスムーズに言うことができた。
彼女はこう言っているが、これはお礼を言っておくべきことだと思っていた。俺にとって由佳の気遣いは、とても嬉しいものだったからだ。
「あれ? 由佳?」
「あ、舞、竜太君、おはよう」
「ああ、おはよう。九郎もおはよう」
「……ああ、おはよう」
四条と竜太の二人が来たため、俺は自分の陰を限りなく薄めようと思った。
しかし、そのようにしても無駄だったようだ。竜太は、俺の目を見てはっきりと挨拶をしてきたし、四条も俺に妙な視線を向けている。
竜太はともかく、四条の視線はやけに怖い。仕方ないことなのかもしれないが、彼女は昨日から当たりが強い。
「七海さんもおはよう」
「……おはようございます」
ちなみに、影を薄めていたのは俺だけではなかった。七海も、流石にこの二人は苦手らしい。由佳とはタイプが違うからだろうか。
「おっと、もうこんな時間か。早く席に着かないとな」
「あ、そうだね。ろーくん、また後でね」
「あ、ああ……」
時間を見ながら呟いた竜太の言葉に、由佳と四条は席に向かい始めた。
本当にホームルームまで時間がないことは確かではあるのだろうが、助け船を出してくれたのかもしれない。
四条は、俺に何か言いたげだった。竜太は恐らく、それを止めてくれたのではないだろうか。
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