第9.5話 親友からの連絡(舞視点)
親友である由佳の幼馴染ろーくんについては、彼女から何度も聞いていた。
幼い頃に結婚の約束をした幼馴染の男の子。そんな誰もが忘れてしまうような存在を、一途に思い続けている由佳はすごいと何度も思ったものだ。
『舞、本当にありがとね。舞と竜太君のおかげで、私ろーくんとしっかり話せた』
「別に私は何もしてないわ。ほとんど竜太のおかげ」
『そっか……でも、ありがとう』
思い出というものは美化されるものである。だから、実際のろーくんは由佳が言っているような人ではないということは、なんとなくわかっていたことだ。
藤崎九郎、廊下で最初に彼のことを見た時に私はその考えが間違っていなかったということに気付いた。
ただ、別に私もそれだけであいつを責めようとは思わなかっただろう。問題は、彼が同じ学校にいたという事実だ。
「まさか、同じ学校にいたなんてね」
『うん。それは本当に驚いた。私って、鈍感だよね』
「別に由佳のせいじゃないでしょ。あいつの方は気付いていたんだから」
『でも、それは……』
「理由があっても話しかけるべきだったって、私は思う。多分、それはあいつだってわかっているはず」
竜太との話で、あいつにも色々と事情があることはわかった。
だが、その理由は結局はっきりとしていないし、いまいち釈然としない。あいつが由佳に話しかけていれば、事態はこんなにややこしくならなかったのに。
「まあでも、あいつを今更責めても仕方ないっていうのもわからなくはないのよ。でも、それで由佳が自分を責めるっていうのが私は嫌」
『舞……』
「だから、お相子ってことにして欲しいわね。せめて」
『……わかった。そうする』
由佳は優しい子だ。近くにいながらろーくんを見つけられなかった。それをずっと引きずってしまうかもしれない。
私は、そんなことにはなって欲しくなかった。できれば由佳には笑っていて欲しい。彼女には笑顔が一番似合っているから。
「それでさ、一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
『聞きたいこと? 何?』
「由佳は、藤崎九郎と久し振りに再会した訳よね? 実際に会ってみてどう思ったの?」
『ど、どう思ったって?』
「気持ち的な部分は特に変わっていないの?」
『うん?』
電話だというのに、由佳のきょとんという表情が伝わって来た。どうやら私の質問の意図が理解できていないようである。
それは私にとっては既に答えのようなものだった。その質問が理解できない程に、由佳の気持ちは変わってないということなのだろう。
『舞、どういうこと?』
「さっきの質問は忘れて。由佳の想いがまったく変わっていないというのは、理解できたから」
『想い……も、もしかしてそういう意味だったの?』
「変わっていないんでしょう?」
『それは……変わっていないけど』
あんな男のどこがいいのか、そう言おうと思って私は口を閉じた。
そういったことを言ったら、多分由佳はあいつの良さを熱弁してくると思ったからである。
同時に、あいつを批判するようなことを言ったら由佳は悲しむとも思った。今は冗談でもそういうことを言うべき場ではないような気がする。
『ろ、ろーくんはどう思っているのかな? 約束、覚えてくれているかな?』
「それは聞いていないのね?」
『う、うん……だって、まだ怖いし』
「……まあ、それに関しては私もわからないわ。それを知ってるのはあいつだけでしょうね」
『まあ、そうだよね……』
由佳は、子供の頃に交わした結婚の約束を今でも果たそうとしている。それを信じて、今までずっと頑張ってきた。それは私も知っている。
ただ、これは由佳の気持ちだけで果たせることではない。あいつがどう思っているかが重要なのだ。
「でも、大丈夫なんじゃない? 仮に覚えてなかったとしても、由佳に迫られて断る男なんていないと思うけど」
『ろーくん……』
由佳は優しく明るく可愛い。そんな彼女に迫られて、嫌だと思う男なんてこの世に存在しないと思う。
だが、それでも由佳は心配なようだ。それはきっと、あいつが一年間話しかけなかったという実績があるからだろうか。
「まあ、とにかく頑張ればいいのよ。好きで諦める気もないなら、覚えていようが覚えていまいがあいつを落とすつもりで行きなさい」
『お、落とすつもりって?』
「由佳の魅力を伝えていけばいいのよ。そのための努力は、ずっとしてきたでしょう?」
『それは……うん』
由佳の力強い声が聞こえてきた。
今まで由佳がろーくんのために色々とやってきたことは、私が一番よく知っている。その努力は、きっと彼女を支えてくれるだろう。
ただ、少しだけ心配である。あの男は中々に難儀な男だ。なんというか、普通に恋愛するような男には思えない。
由佳のことを大切に思っていることだけは確かな男だが、それ以外の部分が私にはまだわかっていない。あの男は一体何を考えているのだろうか。
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