第9話 寝ぼけ眼でやり取りをしてはいけない。

「ふう……」


 そこで、俺は少しため息をついた。なんだかよくわからないが、無性に疲れと眠気を感じるのだ。

 よく考えてみれば、今日は朝から色々と大変だった。由佳と再会して、立浪や四条と話して、普段の俺ではあり得ない程忙しい日だったと思う。

 そんな一日に、俺は結構疲れているのかもしれない。なんだか無性に眠いし、ここは一度睡眠をとりたい所である。


「ああ、でも、鳴っているな……」


 瞼を閉じようとしたが、またもスマホが通知を告げてきた。また、由佳から何かメッセージが届いたのだろう。

 なんというか、会話が途切れそうにない。この話は、一体いつ終わるのだろうか。

 別に、由佳との会話が嫌という訳ではない。だが、今はとにかく眠りたいのだ。この話が終わってくれないと、少し困ってしまう。


「いや、別にスマホに付きっ切りになる必要はないのか?」


 そこで、俺は考えを改めた。別に、スマホに付きっ切りになる必要などないのではないだろうか。

 こういうアプリは、別にすぐに返信しなければならないという訳ではないはずだ。もしかしたら、そういう雰囲気や風潮があるのかもしれないが、少なくとも俺はそんなことは知らない。


 俺がしばらく返信しなければ、あちらも何か用事ができたとか思ってくれるだろう。別に、それでいいのではないだろうか。

 眠気が限界になっていたためか、俺はそんなことを考えていた。ゆっくりと目を瞑って、俺は夢の世界へと旅立っていく。


「うわあっ!」


 しかし、俺は突如スマホから鳴り響いた音に意識を覚醒させることになった。

 この音は、電話だ。この状況で電話がかかってくる。それが誰かなのかは、ある程度予想がついた。


 だが、どうして電話をかけてくるのだろうか。色々とよくわからない。

 考えても仕方ないので、俺は電話を取ることにした。画面を見てみると、やはりかけてきたのは予想通り由佳である。


「……もしもし」

『あ、ろーくん?』

「ああ、そうだが……どうかしたのか? 急に電話なんて?」

『あ、うん……返信がないから、どうしたのかなって……』

「返信がないから? でも、そんな間があった訳ではないと思うんだが……」

『そ、そうなんだけど……』


 声色から、由佳が俺のことを心配していることはすぐにわかった。それが返信がなかったことに対する心配だということも、なんとなく理解できた。このタイミングで心配することなんて、それくらいしかないからだ。

 しかし、俺は一瞬しか間を開けていない。それなのに電話をかける程心配するのは、なんだか大袈裟ではないだろうか。


『私、おかしいよね……久し振りに会って舞い上がって、混乱しているのかも……』

「いや、由佳の気持ちは嬉しいよ。俺が急に倒れた可能性もない訳ではないし、っそういう風に心配してもらえるのは、ありがたい。ありがとう、由佳」

『お、お礼を言われるのは、なんだか大袈裟かも……』

「そうか……でも、これが今の俺の素直な気持ちだ」

『そ、そっか……それなら、良かったかな?』


 最初は大袈裟だと思ったが、俺は由佳に感謝の気持ちを抱いていた。俺のことを、こんなにも心配してくれる人なんて、他にいない。そう思い至って、むしろ少し感激したくらいである。


「ああ、そうだ。由佳に謝らないといけないな」

『え? 謝る?』

「実は、俺が返信できなかったのは、眠気が襲ってきて、少し眠ろうと思ってしまったからなんだ。話の途中だったのに、すまなかったな」

『あ、そうなんだ。別に全然いいよ。こっちが気にし過ぎただけだし。あ、ということは、ろーくんは今家のベッドの上にいるということなの?』

「うん? ああ、そうだな。寝転がりながら、ゆっくりとしている」

『そうなんだ。それは、確かに眠くなりそうな環境だね』


 そもそも、今回は俺が変な所で寝落ちしそうになったことが原因だ。それなのに、由佳の判断を大袈裟なんていえるはずはない。感謝どころか、まずは謝罪をしなければならない立場だったのだ。

 今は、もう意識がはっきりとしている。突然の電話によって、意識が覚醒したのだ。


「というか、由佳は大丈夫なのか? 四条達と一緒だったはずだよな?」

『あ、うん。それは、大丈夫。皆も、ろーくんとやり取りしていたことはわかっていたから、少し電話してくるって言って来ているんだ』

「そ、そうか……」


 四条達は、俺と由佳がやり取りをしていたことを知っていたらしい。考えてみれば、密かにやり取りをするという方がおかしいのだから、それは当然のことである。


 あの三人に、由佳とやり取りしていたことを知られているというのは、なんだか無性に恥ずかしかった。なんとなく、どういう表情をしているか予想ができるのだが、その表情が嫌なのだ。

 しかし、そこで俺はあることに気づいた。そういう表情をしそうなのは、四条と月宮だけだ。水原は違うと思う。


『それで、ろーくんは眠たいんだよね?』

「うん? ああ……まあ、そうだな」

『それなら、ゆっくりと休んで。私も、今日はこれでもう連絡しないから』

「え?」


 由佳の言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。彼女の言っていることが、学校の時と変わっているからだ。

 心なしか、由佳の声は少し暗い気がする。本当は電話したいのに、電話しないと言っているように思えるのだ。


「家に帰ってから、電話するんじゃなかったのか?」

『そうしたいけど……ろーくん、疲れているみたいだから……』

「別に、俺は構わないぞ。一眠りすれば、俺も回復するだろうし」

『ううん、本当に大丈夫。だって、連絡は明日でもできるんだもん。私、ろーくんと久し振りに会えてはしゃいじゃっているから、少し落ち着いた方がいいんだと思うんだよね……』

「由佳……」


 由佳の声色から、俺はその言葉に自虐的な意味が含まれていることに気がついた。

 恐らく、由佳は反省している。俺と久し振りに会って、はしゃぎすぎてしまったことを。

 だが、それは別におかしいことではないだろう。俺だって、由佳と久し振りに話せてはしゃいでいない訳ではない。きっと、それは人として当然のことなのだ。


「別にいいさ。そうやってはしゃいでもらえるのは、俺からすれば嬉しいことだ」

『でも、それで疲れさせてしまいそうで……』

「疲れたって構わない。明日は、学校だけど、別に疲れていても学校に行けない訳ではない」

『そんなのは駄目だよ。疲れはしっかりとって欲しい』

「そ、そうか……」


 スマホから聞こえてきた慈悲深い声色に、俺はとても困惑していた。どうやら、由佳は結構俺のことを心配しているようだ。

 確かに、俺は今日とても疲れている。朝から色々とあって、その疲労はかなりのものだろう。


 正直言って、由佳とのやり取りは体力を使う。思わず色々と考えてしまい、無駄に疲れてしまうのだ。

 それにすぐに慣れることはできない。つまり、今の俺は由佳とやり取りをすれば疲れるということになる。


「……それなら、由佳の言う通り、休ませてもらうか」

『うん。それがいいよ……』

「……ああ、そうするよ」


 俺は、由佳の言葉に従うことにした。多分、俺は休んだ方がいいのだ。

 俺の体は疲れている。それは紛れもない事実だ。休んだ方が、絶対にいいだろう。

 そもそも、このまま話していても、由佳を心配させてしまうだけだ。そうすることがいいことだとは思えない。


『えっと……また明日、学校でね?』

「ああ、学校で」

『うん……それじゃあ、切るね?』

「ああ……ありがとう、由佳」


 俺の言葉から数秒後、ゆっくりと電話は切れた。由佳が、名残惜しそうなのはその声色からも間の置き方からもわかる。


 失われた時間を取り戻したい。彼女は、そう言っていた。本来なら、まだまだ話したりなかっただろう。

 それでも、俺を気遣ってくれた彼女には、感謝の気持ちしかない。本当に、由佳は優しい人である。


「さて……寝るか」


 そう呟いてから、俺は目を瞑った。この後は、ゆっくりと体を休めるとしよう。

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