第8話 メッセージのやり取りは慣れていない。

 家に帰って昼食を取ってから、俺はすぐにスマホにアプリを入れた。電話番号を登録していたため、そのアプリでの由佳の連絡先もすぐに登録できた。

 無事にできて、少し安心である。初めてのことだったので、実は失敗するのではないかと少し緊張していたのだ。


「うん?」


 直後に、俺の携帯にある通知が入った。由佳の方も、無事に俺の連絡先を登録できたようだ。

 これで、お互いに連絡することができる。だが、由佳から電話をすると言っていたので、俺は待っていればいいだろう。


「おっ……」


 そう思って、スマホを置こうと思ったが、すぐに通知が来た。由佳から、メッセージが届いたようだ。


「えっと……」

≪ニ時頃に連絡するね?≫


 由佳のメッセージは、そんなものだった。今は、十二時過ぎである。結構、時間を空けてから連絡してくるようだ。

 そういえば、由佳は四条一派と一緒に帰っている。丁度昼前に帰ったはずなので、あの一派のことだから、寄り道して昼食を取っているのかもしれない。

 それなら、由佳も帰るのが少し遅くなるだろう。そう考えると、ニ時というのは、それなりに納得できる時間なのかもしれない。


「まあ、俺は気楽に……え?」


 再びスマホを置こうとした俺に、通知の音が聞こえてきた。由佳から、またメッセージが入ったようである。


「どうしたんだ? えっと……」

≪今、何をしているの?≫

「なんだ、この質問は……?」


 由佳からの突然の質問に、俺は困惑していた。その質問は、むしろこちらが聞きたいくらいである。今、彼女はどういう状況なのだろうか。

 どこかで四条一派と昼食を取っているが、俺に連絡をしている。そういうことなのだろうか。


 その状況で返信すると、周りの者達に見られたりするかもしれない。そう思って、俺は思わず返信を躊躇ってしまった。

 すると、再度スマホが振動した。またも、由佳からメッセージが届いたようである。


「うん?」

≪ちゃんと届いているよね?≫

「……いや、そんなに早く心配になるものなのか?」


 由佳の質問に対して、俺は少しだけ違和感を覚えた。なんというか、この質問が出てくるのが早い気がするのだ。

 こんな質問は、メッセージを送ってからしばらくしてからするものではないだろうか。直後にしてくるとは、どうにも思えない。


「あっ……」


 そこまで考えて、俺はとても重要なことに気がついた。そういえば、こういうアプリは既読とか未読とかが、相手にわかるのだ。

 俺は、由佳からの最初のメッセージをすぐに見た。その後のメッセージは、由佳との会話画面を開いたままで見ていた。つまり、すぐに既読がついたということだろう。

 それなのに、一向に返信しない俺に、由佳が心配した。もしかして、今はそういう状況ということなのだろうか。


≪届いている≫

「こ、これでいいのか?」


 とりあえず、俺はそのように返信をした。すると、すぐに既読になる。当然のことではあるが、あちらもスマホを見ているようだ。


「え? えっと……」

≪そっか、よかった。無事に届いていなかったら、どうしようかと思ったよ≫

「そ、そうか……」


 俺の返信の直後、すぐに返信が来た。十秒も経っていなかったと思うのだが、由佳は文字を打つのが速いようだ。


「力量差を見せつけられているような気がするな……」


 由佳の文面を見ながら、俺はそのように呟いていた。

 打つのが速いのはもちろん、彼女の文章は明るい。絵文字か何かよくわからないものなどがついているからだ。

 はっきり言って、俺にこういうことはわからない。単調な文章を返すことしか、俺にはできないだろう。


「うっ、また来たな……」


 そんなことを思っている間にも、由佳からメッセージが届いてきた。俺に休む暇を与えてくれるつもりはないようだ。

 届いてきたのは、先程と同じような質問だった。今は何をしているか。それを由佳は聞きたいようだ。

 とりあえず、俺は「家で寝ている」と返しておいた。自分でもわかるくらい、淡白な返信だ。これでは、まったく会話が盛り上がらない気がする。もう少し何か言えることはないのだろうか。


≪そっか、私は今、舞と千夜と涼音と一緒に昼ご飯だよ。ろーくんは、ご飯をもう食べたの?≫ 

「まあ、大体想定していた状況だな……」


 俺の予想通り、由佳はあの三人と一緒に昼食だった。そんな状況の中で、俺にメッセージを送ってきているのか。色々と大丈夫なのか、少し不安になってくる。

 例えば、あの三人に俺の返信が見られているとか、ないのだろうか。それは、なんだかすごく嫌である。

 そんなことを思いつつ、俺は「食べた」と返信しておいた。話を伸ばす方法はないかと考えたが、あまり返信が遅れても心配されると思ったので、思いついた端的な返信を送ることにした。


≪何を食べたの? ちなみに、私達はハンバーガーだよ。≫

「ああ、そういう風に話を引き延ばせばいいのか……」


 俺は、由佳の返信を見て、これが会話をするということなのかと思った。話を引き延ばす方法というものを、俺は今知った気がする。

 いや、由佳は別にそんなことを意識している訳ではないのだろう。彼女にとっては当たり前のことというか、当たり前も何もないようなことなのではないだろうか。


 こういうのは、天性のものだと俺は思っている。いくら学んでも、俺にはできないのではないだろうか。そう思うくらいに、由佳と俺との間に壁のようなものを感じる。


「昼……ラーメンだな。いや、だが、それだけでいいのか?」


 俺の昼食は、ラーメンだった。袋麺だ。

 それをそのまま返信するのは簡単である。だが、俺も何か引き延ばした方がいいのではないかと思った。

 しかし、袋麺からどういう風に話を引き延ばせばいいのだろうか。袋麺の詳細でも記載しようか。いや、それを伝えられても、由佳は困るだけのような気がする。


≪ラーメンだ。とんこつ味だった。≫

「これくらいで、どうだ?」


 結局、俺にできる返信はそれだけだった。

 その直後、当然のことであるかのように由佳から返信が返ってくる。返信が早すぎるのではないだろうか。できることなら、もう少し落ち着く時間が欲しい。


≪袋麺、美味しいよね。私も、好きだよ。ちなみに、ろーくんは好きな食べ物とかあるのかな?≫ 

「好きな食べ物か……」


 由佳からは、また質問が返って来ている。由佳は、なんだか質問ばかりしているような気がする。いや、俺が話を広げないから、広げようとしてくれているのだろうか。


「好きな食べ物……難しい質問だな。急に言われると、少し迷うというか、なんというか……」


 由佳の質問に、俺は悩んでいた。好きな食べ物と言われても、何を言えばいいかわからなかったのだ。

 色々と好きな食べ物はあるはずなのだが、こう質問されると何を答えるべきか悩んでしまう。だが、早く返信しなければ、由佳が心配する可能性もある。あまり、熟考ができる訳ではない。早く、何か答えを導き出さなければならないだろう。


「ラーメンでいいか? 袋麺好きだし……いや、待てよ。さっきラーメンって言ったんだから、同じ話をするのは駄目か」


 ラーメンという答えを返そうかと思ったが、それでは味気ない気がしてきた。ここは、もう少し話を広げらるようなものの方がいいだろう。

 だが、そう考えると益々わからなくなってくる。俺は一体、何が好きなのだろうか。


「うっ……」


 そう考えている内に、由佳からメッセージが届いてきた。やはり、俺の返信が遅いとあちからから連絡してくるようだ。


≪子供の頃は、ハンバーグが好きだったよね? もしかして、今も変わっていないの?≫

「ハンバーグ……そうか」


 由佳からのメッセージに、俺は自分が子供の頃に好きだと言っていたものを思い出した。

 ハンバーグは、今も嫌いという訳ではない。むしろ、好きなくらいだ。

 それなら、その旨を伝えればいいかもしれない。子供の頃の話なら、俺でもある程度広げることができるはずだ。


≪ハンバーグは、今も変わらず好きだ……由佳は、確かオムライスが好きと言っていたな。≫

よし、それならそのことも付け加えておこう」


 俺は、由佳に対して質問をした。彼女が、オムライスを今も好きかどうかを問いかけてみたのだ。これで、俺からも少し話を広げられただろうか。

 そう思った直後、俺のスマホにメッセージが届いてきた。やはり、返信が早い。


≪今も好きだよ。≫

「今も好きなのか……」


 由佳の好みは、今もそこまで変わっていないようだ。いや、これは単に話を合わせてくれただけかもしれない。

 というか、よく考えてみれば、この質問で嫌いとは答えないだろう。好きだった食べ物を嫌いになるなんてことは、中々ないことである。もしかしたら、聞くまでもない質問だったのかもしれない。


 いや、そういう訳ではないのだろうか。これは会話なのだから、意味がないとかそういうことは関係のだろうか。

 なんだか、わからなくなってきた。俺は少々、複雑に考えすぎているのかもしれない。

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