第7話 幼馴染は昔からとても可愛かった。

「さて、連絡先を交換しておく必要があるんだったよな?」

「あ、うん。後で電話したいから」

「帰ってから、俺もアプリを入れるよ。そっちで連絡した方がいいだろう?」

「そうだね。できれば、その方がいいな」


 俺達は、お互いの連絡先を交換し合った。考えてみれば、女子とそんなことをするなんて初めてである。

 いや、もっとよく考えてみれば、男女含めて初めてだ。俺は高校からスマホを持つようになったが、男友達もいなかったので、身内以外ではこれが初めてということになる。


「よし、これで帰ったら連絡できるな」

「うん。電話するね」

「電話? メッセージでやり取りすればいいんじゃないのか?」

「電話の方が話しやすいから……それに、声も聞きたいし……」

「そ、そうか……」


 由佳の言葉に、俺はすごく緊張していた。そう言ってもらえるのは、とても嬉しい。とても嬉しいから、こんなに鼓動が早くなってしまうのだろう。

 俺は、少し深呼吸をする。とりあえず、心を落ち着ける必要があったからだ。

 冷静になってきて、俺はあることに気がついた。由佳と話すべきことは、これで大体終わったのだ。


「……さ、さて、それじゃあ、そろそろ帰るか?」

「あ、舞と竜太君を待たないと……」

「ああ、そうか。あの二人は、まだ帰って来ていないんだな……」


 用事も終わったので、もう帰ろうと思っていたのだが、そういえば四条と竜太がまだ教室に帰って来ていないのだ。

 仲の良い由佳は、あの二人を待ちたいのだろう。それは、よく理解できる。

 問題は、俺がどうするかだった。あの二人を俺も待つ必要があるのだろうか。先程話したとはいえ、あの二人とはほとんど繋がりがない。それなのに、待つというのもおかしい話なのではないだろうか。


「えっと、俺は……」

「うん……」


 立ち上がった俺を、由佳は上目遣いで見つめてきた。その視線からは、一緒に待って欲しいという思いが伝わってくる。

 こういう風な視線を向けてくるのも、昔とは変わっていないようだ。俺はこの視線で見つめられると、大抵の要求は受け入れてしまうのである。


「あ、えっと……由佳は、昔と比べて、かなり見た目が変わったよな?」

「え? あ、うん。そうだね」


 俺が座り直すと、由佳の顔が明るく輝いた。こういう顔を一度見てしまうと、彼女の頼みを無下にするなんて、無理になるに決まっている。


「まあ、数年も経っているから、当たり前なのかもしれないが……そういう趣味だったんだな?」

「そういう趣味?」

「派手好きとでもいうのか? なんというか……すごいな」


 俺は、由佳の髪を見ながらそう呟いた。彼女のピンク色の髪は、すごいとしか言いようがないのだ。

 そんな髪の色をした人なんて、今まで数える程しか見たことがない。しかも、それはメディアに出ているような人物をテレビやインターネット越しで見たということだ。このように、実際に見たのは由佳が初めてである。

 由佳の髪を見ていると、四条や月宮といった者達も霞む。髪の色だけなら、彼女が一番目立つといえるだろう。


「どうかな?」

「どうかな?」


 由佳の質問に、俺は思わずオウム返ししていた。それ程に、衝撃的な質問だったのだ。

 この質問に対して、どういう風に答えればいいのだろうか。今まで経験がないため、よくわからない。

 俺の知識では、こういう時は褒めればいいと思う。だが、それが正しいのかどうかを判断できる程、俺はこういう質問を受けたことがないのだ。


「似合っているんじゃないか?」

「疑問形?」


 少し照れ臭くて、疑問形で言葉を発した。しかし、それは間違いだったようである。

 こういう時は、はっきりと言う必要があるようだ。今後、こういう質問をされた時のために、覚えておこう。


「……似合っていると思う」

「あ、ありがとう……」


 俺が言い直すと、由佳は笑顔を見せてくれた。一度失敗したのに、こういう笑顔を見せてくれる彼女はとても優しいと思う。

 実際の所、彼女にはピンク色の髪が驚くべき程、似合っている。こういう髪の色が似合うというのは、かなり珍しいのではないだろうか。あまり見たことがないため、そう思うだけなのかもしれないが。


「えへへ、嬉しいな……」

「うっ……」

「ろーくん? どうかしたの?」

「いや、なんでもない……」


 俺の言葉を噛みしめるようにして喜ぶ彼女は、とても可愛かった。その可愛さに、思わず声をあげながら目をそらしてしまった程に。

 昔から由佳は可愛かった。成長しても、それは変わっていない。それどころか、可愛さが増していると思うくらいだ。

 しかも、可愛さだけではない。少し大人っぽくもなっている。成長した彼女を改めて見つめて、俺は心臓の鼓動を早くしていた。


「……何を考えているんだ。俺は……」

「うん? 何か言った?」

「いや、なんでもないんだ。本当に、なんでもない……」


 色々と考えて、俺はさらに恥ずかしくなっていた。なんてことを考えているのだろうか。こんなことは、考えるべきことではない。

 とりあえず、俺は思考を切り替える。四条や竜太はまだなのだろうか。そう思いながら、俺は教室の外を見てみる。


「うん? あれは……」

「どうかしたの?」

「いや……」

「あっ……」


 教室の外を見て、俺は人影があることに気づいた。その二人組には見覚えがある。

 というか、明らかに四条と竜太だ。恐らく、俺達のことを隠れてみていたのだろう。


「いや、違うのよ。別に盗み見していた訳じゃないの」

「ああ、そうなんだ。なんというか、非常に入りずらい雰囲気だったから……」


 俺達の視線に気づいたのか、二人はこちらに歩いてきた。やはり、二人は俺達の様子をいつからか見ていたようだ。

 なんというか、とても恥ずかしい。あれを見られていたというのは、背中がむず痒くなるようなことだった。

 由佳も照れているようで、顔を赤くしている。そんな表情も可愛いと思ってしまって、俺はすぐに他のことを考えてその思考を切り替えた。


「まあ、教室だからね。別に、二人が来ることは何もおかしくないことだし……」

「ああ、まあ、そうだな……」


 二人を責める気持ちはない。教室に帰って来て、あんな会話をしている中に入っていくというのは、無理な話だろう。

 それで、しばらく様子を窺うと思うことは、当然のことである。それに対して、俺達が責める理由はない。


「あ、そういえば、さっきここに千夜と涼音が来たんだ」

「ああ、そうなの」

「うん、私も舞もまだ学校で用事があるって……まあ、ろーくんのことを伝えたんだけど、そしたら二人も終わるまで待っているっていていたんだ。多分、あっちの教室にいるんじゃないかな?」

「そう。それなら、迎えに行かないといけないわね」


 そこで、由佳と四条が、月宮と水原に関する会話を始めた。二人を迎えに行く。それは、俺にとってはあまり気が進まないことだ。

 そもそも、四条や竜太と一緒というのも、そこまで気が進むようなことではない。さっきのこともあるので、竜太に関しては少しくらいはいいと思うが、四条はまだまだ苦手なのである。


「由佳、俺は少し用事がある。先に帰らせてもらうぞ」

「え? あ、そうなの? それは……引き止めて、ごめん」

「いや、別に問題はないさ。今から帰れば、充分に間に合う」


 俺は、適当に嘘をついて帰ることにした。二人も来たので、これ以上付き合う必要はないだろう。

 四条一派の女子が揃った中にいるというのは、居心地が悪そうだ。四条一派には竜太以外にも男子もいる。そいつらも加わったら、俺の居心地はもっと悪くなるだろう。

 という訳で、逃げるのだ。情けないかもしれないが、今の俺にとってはこれが最良の選択だ。


「じゃあな」

「うん……後で、電話するからね?」

「ああ、わかっている」


 由佳の言葉に短く答えて、俺は教室を後にする。

 別れ際の彼女の声色が、少し寂しそうに聞こえたのだが、それは俺の気のせいだと思うことにした。

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