第6話 やっと面と向かって話せた気がする。

「ろーくん、話は終わったの?」

「あ、ああ……」


 そこで、由佳が俺に笑顔で話しかけてきた。輝かしい笑顔は、とても可愛らしく、彼女が昔と変わっていないことが伝わってくる。

 その笑顔を見ているだけで、なんだかとても緊張してくる。覚悟は決めたはずだ。それなのに、俺は何を迷っているのだろうか。


「四条も竜太も、いい奴だな」

「え? うん、そうだよ。二人とも、すごく優しいんだ」

「……四条に関しては、優しいとはあまり思えなかったな」

「そう? まあ、少し口調がきつい時があるから、かな?」


 とりあえず、俺は由佳に二人の印象を伝えておいた。話の内容を伝えずとも、こういえば特に問題がなかったことを理解してもらえると思ったからだ。

 きっと、友人二人が俺を呼び出したことに、由佳は不安を感じていたはずである。それは、表情に少し出ていたので、まずは安心してもらうことにしたのだ。

 その目論見は、恐らく成功しただろう。由佳の表情に、明らかに安堵が見えた。


「どんな話をしたの?」

「まあ、俺のことや由佳のことさ。おかげで、俺も色々と整理できた」

「そうだったんだ……後で、二人にお礼を言っておかないと駄目だね」


 由佳に話したことは、本当のことである。あの二人のおかげで、俺は色々と整理ができた。竜太の言葉だけではなく、四条の言葉でさえ、俺にとっては良かったものだったと今は思っている。


「……由佳、俺はさ」

「え?」

「うん?」


 俺が話を切り出そうと呼びかけると、由佳は目を丸くして驚いていた。何か、変なことを言っただろうか。

 そう思った直後、俺は自分が由佳の名前を口にしていたことに気づいた。今朝は恥ずかしくて言えなかったはずの名前を、とても自然に言うことができたのだ。

 それを自覚して、とても恥ずかしくなってきた。なんというか、それはとても情けないことのような気がしたからだ。


「ろーくん、私のこと、由佳っていうんだね?」

「え? あっ……」


 しかし、由佳が驚いたのは俺とは違うことだったようである。よく考えてみれば、俺は由佳のことを昔は違う呼び方をしていたのだ。


「いや、流石に……なんというか」

「恥ずかしいの?」

「まあ……」

「でも、私はろーくんなのに……」

「ちゃん付けは、なんというか違うとは思わないか?」

「そうかな?」

「いや……」


 俺は、由佳のことを昔は「ゆーちゃん」と呼んでいた。だが、今その呼び方をするのは、何故か無性に憚られた。なんだか、とても恥ずかしいのだ。


「まあ、でも、由佳って呼ばれるのも、なんだか嬉しいし、ろーくんがそう呼びたいなら、それでいいかな……」

「そ、そうか……」


 とりあえず、由佳と呼ぶことは許してもらえた。少しだけ、安心である。

 だが、ここで完全に安心することではできなかった。なぜなら、俺はこれから色々と言わなければならないからだ。


「それで、由佳……俺が一年の時に話しかけなかったのはすまなかった」

「え? あ、それは大丈夫……そもそも、私が気づかなかったのも悪いと思うし……」

「まあ、それは俺の影が薄いだけだ」

「でも……」

「そんなに気にしないでくれ」


 まず、俺は由佳に謝ることにした。俺は、自分の身可愛さに由佳に話しかけなかった。それは俺の落ち度であるといえるだろう。

 由佳が俺に気づかなかったことは、仕方ないことだ。影が薄い俺の存在なんて、普通に考えてわかるはずはない。


「理由については、噛み砕いて伝えよう。なんというのか……そうだな、由佳が俺の知らない友達と仲良くしていたものだから、もう俺との関係性はないものだと思った、という所だろうか」

「えっと……連絡も取っていなかったから、もう他人同然だと思ったということかな?」

「ああ……といっても、別に俺は由佳のことを嫌いになったという訳ではないんだ。昔と変わっているから、話しかけにくかった。俺のことを嫌いになっているかもしれないし、話しかけても迷惑かもしれない。色々と考えた結果、そうしてしまったんだ」


 俺は、由佳に対して自分の思いを噛み砕いて説明していった。こういえば、由佳にもなんとなくわかるのではないだろうか。


「なんとなくわかるかな……よく考えてみれば、私、昔とは見た目も変わっているし、ろーくんに私が昔とは全然違う人になっていて、ろーくんのことを忘れていると思われることは、おかしくないと思う」

「ああ、まあ、そんな感じだ。本当に、すまなかった」

「ううん、もう気にしないで……私も、ごめんね。色々と……」


 由佳は、俺の言葉にある程度納得してくれたようだ。これで、俺達の間にあった疑問は、解消されたといってもいいだろう。

 少し誤魔化すような形になってしまったのは、少し申し訳ない。だが、言った言葉に嘘偽りはない。俺は由佳が、大きく変わってしまったと思っていたのだ。


「でも、これからは友達……元通りの幼馴染ということで、いいんだよね?」

「あ、ああ……そうだな」

「良かった……一年も無駄にしてしまったのは残念だけど、ろーくんと再会できた。私、すごく嬉しいよ」

「そうか……俺も、由佳と再会できて嬉しいよ」


 俺と由佳は、笑い合った。不思議なことに、俺は自然に笑みを浮かべていたのだ。

 もしかしたら、俺は心の中では、由佳と再会したがっていたのかもしれない。いや、もしかしたらなどではない。間違いなく、再会したがっていたのだ。


 由佳は、俺にとって大切な幼馴染である。それは、今も昔も変わっていない。そんな幼馴染と再会したくなかったなんて、思っていたはずがなかったのだ。

 俺達のお互いを思い合う気持ちは、恐らく昔と変わっていない。変わってしまったのは、俺という人間だ。

 由佳と離れている間に、俺は変わった。もう昔の俺ではないのだ。


 由佳がそれを理解すれば、何かが変わるだろう。その何かが変わるまでは、由佳は昔と変わらない態度で俺に接してくるはずだ。

 その一瞬を、俺はしばらくの間謳歌すればいいのだろう。もちろん、ある程度の線引きは必要だと思うが。

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