第5話 幼馴染が友人達といると話しかけにくい。

 教師に見つかることなく、俺は屋上を後にした。

 由佳と話してみると決意したので、俺は彼女を探すことにした。といっても、多分教室にいるだろう。直前の状況から考えて、俺達が話を終えるのをあそこで待っているはずだ。


 教室でなかった場合は、少し厄介である。由佳がどこにいるかなんて、俺には皆目見当もつかない。

 例えば、俺なら図書室にでも足を運ぶだろう。だが、由佳のような人種は違うはずだ。図書室は、むしろ選びそうにない気がする。

 友達と話すために、別の教室に行った。この方が由佳の行動としては正しいだろうか。それだと、少し辛い。友達がいる中話しかけるなんて、できれば避けたいものである。


「もしそうなっているなら、帰るか……」


 俺の決心は、一瞬で揺らいでいた。だが、別に今すぐに由佳と話さなければならないという訳でもない。話すと決意したのだから、明日また話せばいいだけである。

 そんなことを考えながら、俺は教室まで辿り着いた。中を覗いてみると、目的の人物を発見することができた。


「……え?」


 しかし、目的の人物である由佳は一人ではなかった。派手な格好をしている二人と、仲良く話しているのである。

 どうやら、正解は友達の方が由佳を訪ねて来るだったようだ。よく考えてみれば、由佳達のグループの中心は四条である。他の者達の方が教室に来るという方が自然なのかもしれない。


「……帰るか」


 その光景を見て、俺はすぐさま帰ろうと思った。俺の決心などいうものは、臨機応変に形を変える。この状況なら、由佳と話せない。それが、俺の結論だ。

 だが、その直後に困ったことに気がついた。俺のかばんは、まだ教室の中にあるのだ。

 つまり、教室に入らなければ帰れないということである。教室に入れば、当然由佳は俺に話しかけてくるだろう。そうなれば、あの二人とも関わらなければならない。


「どうして、俺にはこうも無理難題が降りかかってくるんだ? 日頃の行いが、悪いからか?」


 俺は、思わず頭を抱えていた。こんなことになるとは、先程までは思っていなかった。由佳と話す。それで終わりだと思っていたのに。


「あれ? ろーくん? ろーくん、帰って来たんだね」

「げ……?」


 そんなことを教室の前で考えていると、由佳が俺に手を振ってきた。考えをまとめるなら、少なくともこの場を離れるべきだった。とても初歩的な失敗をしてしまう程に、俺は動揺していたようだ。

 当然のことながら、由佳と話していた二人の視線も俺の方に向いて来る。四条や由佳と同類の二人の視線は、俺の体を強張らせるのには充分なものだった。


「へえ……」

「え?」


 固まっている俺に、由佳の友人の一人が近づいてきた。その表情は、まるで悪戯っ子のようだ。

 あ、これから俺は辱めを受けるのだな。そんな感想が自然に出てくる。それ程に、彼女の表情は愉悦のようなものに満ちていたのだ。


「あんたが、由佳の言っていたろーくんなんだね?」

「あ、ああ……」

「由佳の話からは、かっこいい感じだと思っていたけど、どちらかというと可愛い感じだね?」

「か、可愛い……?」

「あ、照れてる。ちょっときもいかも」

「なっ……」


 甘ったるい声で話しかけてきた彼女は、確か月宮つきみや千夜ちよという人物だ。四条一派の一人であるため、その噂はよく聞いている。

 なんでも、結構遊んでいるらしいのだ。四条一派の中では、一番軟派。それが、彼女を称する時によく聞く言葉である。

 見た目から考えても、確かに結構遊んでいるように見えなくもない。染めた茶髪、そこに一筋入っている赤いメッシュ、四条や由佳以上に改造された制服。どれも、やり過ぎなくらいに派手な印象を与えてくる。


「でも、やっぱり可愛い系なんだ。ふーん……」

「千夜、あんまりからかったりしない方がいいよ」

「涼音は固いね?」

「別に、そういう訳ではないけど……」


 そんな月宮を止めたのは、水原みずはら涼音すずねという人物だ。四条一派に属する女子四人の中では、彼女は大人しい方である。

 それは、その性格だけではない。見た目に関しても、他の三人よりも控えめなのだ。

 ただ、一般的な生徒と比べると、やはり派手といえる。特に、月宮と同じように入っている一筋の青いメッシュは特徴的だ。髪の色は黒であるが、その一筋だけで大分派手な印象を与えてくる。


「彼は、由佳と話があるみたいなんだし、私達は席を外した方がいいんじゃないかな?」

「まあ、そうかもしれないけど……」

「ほら、行くよ」

「そんな引っ張らなくても……」


 月宮は、水原によって引っ張られていった。どうやら、ここから立ち去ってくれるつもりのようだ。

 これは、俺にとってとても助かることである。月宮の相手は、とても疲れそうだった。それに嫌気が差していた所だったので、これはすごく嬉しい。

 水原は、きっといい奴だ。この一瞬だけで、俺の彼女に対する印象はすごく良くなっていた。

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