第4話 意外といいことを言う奴だった。

「まずは、俺の自己紹介からしようか。俺は、立浪竜太。こっちは、四条舞。お前の名前を改めて聞かせてもらっていいか?」

「……藤崎九郎」

「藤崎……いや、九郎。俺達は、由佳の友達だ。付き合いは中学の時からだ。舞と由佳が気が合って、俺はその繋がりで知り合ったんだ。舞と俺は、小学校の時からの付き合いでな」

「そうか」


 由佳と四条達は、中学で出会ったらしい。それは、ある程度予想していたことである。

 小学校なら、まだ俺が知っているはずだからだ。流石に、俺もこんな印象深い人達を忘れるはずはないだろう。

 高校で知り合ったという可能性は、入学式の時点で否定できる。その時から既に、由佳達は仲良さそうにしていたからだ。


「由佳は、中学の時からずっとろーくんなる人のことを話していた。幼馴染なんだよな?」

「ああ、そういうことになるな……」

「なるほど、それで問題なんだが……」

「あんた、なんで由佳に話しかけなかったの?」

「おい、舞……」


 順を追って説明していた立浪を遮って、四条は俺に質問してきた。どうやら、我慢の限界だったようだ。

 彼女が言っていることは、当然俺が一年の時由佳に話しかけなかったという事実だろう。その質問に答えてもいいが、きっとこの二人も理解しない。由佳と同じ輝かしい世界の住人に、俺の気持ちなんてわかるはずはないだろう。


「別に、理由なんてなんだっていいじゃないか。大体、連絡もしていなかった疎遠の幼馴染と、何を話せばいいんだよ。もう他人だと思っていた。強いて言うなら、それが理由だろうな」

「あんた、由佳のことはよく知っているでしょう? あの子は、天然だけど優しい子。あんたが話しかけて無下にしないなんて、予想できたはずよ」

「俺の知っている由佳は、少なくとももっと地味だったさ。外見が変わっているんだから、内面も変わっていると思うのは至極全うなものだと思わないか?」

「それは……」


 俺の言葉に、四条は少しだけ怯んだ。その直後、彼女は悔しそうな顔をする。俺に言い負かされて、腹が立ったのだろう。

 別に、怒らせるつもりはなかった。むしろ、やり過ごそうと思っていたくらいである。そのため、俺は少しだけ焦っていた。どうして、こうなってしまったのだろう。


 いや、その理由はわかっている。俺は熱くなっていたのだ。四条の言葉に対してイラついて、つい力強く言い返してしまったのである。

 よくわからないが、俺は四条と相性が良くないのかもしれない。こんな風に熱くなるなんて、今までなかったことである。なんだか、自分でも混乱してしまう。


「……そういえば、あんたはどうして由佳に連絡しなかったのよ?」

「なんの話だ?」

「あんたが転校してから、すぐ由佳に連絡していれば良かったじゃない。どうして、そうしなかったの?」

「それは……」


 言い負かされたからか、四条は話を変えてきた。その話題転換は、結果的に俺を怯ませていた。

 この話は、俺にとって分が悪いものだ。俺が何故、由佳に連絡できなかったのか。できることなら、その理由は言いたくない。


「一体、どんな理由なのよ?」

「いや……」

「言いなさいよ」


 四条は、俺に迫って来ていた。俺が怯んだからか、なんだか少し嬉しそうにしているのが腹立たしい。

 だが、実際、俺は窮地に立たされている。このように迫られてしまったら、理由を言わざるを得なくなってしまう。


「舞、やめろ」

「え?」

「何?」

「誰にだって、言いたくないことの一つや二つくらいあるだろう」

「そ、そんなに睨まなくたっていいでしょう?」


 そんな四条を、立浪は強く制止した。今までの奴とは、表情が違う。有無を言わせぬ、迫力がある。

 実際にその視線を向けられている四条はもちろん、庇われているはずの俺すら恐怖していた。一体、何が立浪にそんな表情をさせたのだろうか。俺も四条も、よくわからなかった。


 わかっているのは、俺が助かったということだ。これで四条は、これ以上追求しようとは思わないだろう。いくらなんでも、それはないはずだ。

 正直、安心していた。あまり人に話したくはなかったからだ。特に、由佳に伝わる可能性があるこいつらに話すというのは、俺にとってできれば避けたいことだった。


「……悪かったな、九郎」

「……いや」

「話を戻さないといけないよな」


 次の瞬間、立浪は何かに気づいたような表情をしながら、笑顔になった。先程までと変わらない笑顔だ。だが、俺はもうその笑顔を真っ直ぐに受け止めることはできそうにない。

 作り笑いに見えてしまった。無理をして仮面を被ったような印象を受けてしまったのだ。もしかしたら、四条もそう思ったのかもしれない。立浪が笑顔を見せても、彼女の顔は晴れず、むしろさらに曇った。何も思っていないということは、恐らくないだろう。


 しかし、立浪が何を抱えているとしても、俺には関係がないことだ。助けてもらった感謝の気持ちはあるが、それ以上は何もない。だから、気にしない方がいいだろう。

 もっとも、立浪にとっては気にされないことの方が感謝になるのかもしれない。触れられたくない面というものは誰にでもあると、本人も言っていた。だから、そちらの方が立浪にとっては望ましいことなのかもしれない。


「俺達は、由佳のことを心配している。お前にも色々と事情はあるのかもしれないが、できれば由佳と仲良くしてくれないか?」

「それは……」


 立浪は、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。その言葉に、偽りなんてない。それを示すかのように、真っ直ぐな視線だ。

 眩しくて仕方ない。違う世界の住人の言葉というのは、俺にとって中々に厳しいものだった。


 これに対して、どう答えるのが正解なのだろうか。この場をやり過ごすためには、頷けばいいのかもしれない。だが、それではまたいつか同じことを言われるだけなのではないだろうか。

 それなら、最初からはっきりと自分の気持ちを口に出した方がいいのかもしれない。結論は出ている。俺は、由佳と仲良くしようだなんて思わない。


「……由佳は、ずっとお前のことを話していたよ。本当に、ずっと……話していたんだ。お前の小さい頃の思い出は、俺達でも結構知っていると思うくらいに」

「……」

「美化されているのかもしれないが、由佳の思い出の中に出てくるお前は、とてもいい奴だと思った。今まで話していて、俺の印象は変わっていない。お前はいい奴だ」

「……何を言っているんだ?」

「もし、お前が違う世界の住人だというなら、それを由佳に示せばいい。それで、由佳が失望して離れていくというなら、それでいいんじゃないか?」

「……!」


 立浪の言葉は、俺の胸に刺さってきた。確かに、その通りだと思ってしまったのだ。

 俺は、変わった。昔とは違う。それを理由に、由佳から離れようとしていた。


 だけど、由佳はそんなことは知らない。昔のままだとそう思って、俺と接しようとしている。

 それを由佳に知らせるには、実際に話してみるしかない。そうしなければ、由佳だって納得するはずはないだろう。

 それを頑なに避けたのは、俺の中で由佳に失望されたくないという気持ちがあったからだ。俺は自分可愛さから、由佳と関わることを避けようとしていた。本心では、由佳に嫌われたくないと思っていたのだ。


 由佳のためになんて、どの口が言えたのだろうか。自分の矮小さというものに嫌気が差してくる。

 しかし、同時によく理解できた。こんな俺を見れば、由佳だってすぐにわかってくれるだろう。あの頃の俺は、もういないのだと。


「そうだな……立浪、あんたの言う通りだよ」

「竜太でいいさ」

「そうか……わかった」

「由佳と仲良くしてくれるか?」

「ああ、由佳が俺のことを嫌いになるまでは」

「そうか……」


 俺の言葉に、立浪……いや、竜太は苦笑いを浮かべた。俺の考えというものはあまりいいものではない。そういう表情になるのも無理はないだろう。


「さて、それじゃあ、早速、由佳と話してみますかね」

「ああ、俺達はしばらく席を外す。ゆっくりと二人で話し合うといいさ」

「わかった」

「それと、階段の下には注意した方がいい。先生に見つかったら、流石に何か言われるだろうからな」

「了解」


 それだけ言って、俺はその場から去ることにした。四条が少し不満そうな顔をしているが、それは気にしないことにする。

 とにかく、俺は今の俺として由佳と話してみることにしよう。そうすれば、由佳だってわかってくれるはずだ。


「……由佳がお前のことを嫌いになるなんて、俺はないんじゃないかと思っているぞ?」


 最後に立浪が、そんなことを呟いていた。

 それを聞かなかったことにして、俺は屋上から去るのだった。

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