第3話 金髪カップルにカツアゲされそう。
ホームルームというものは、とても退屈なものである。連絡事項だけ済ませればいいというのに、どうして教師というものはこうも話したがり屋なのだろうか。
いつもならそんなことを思う俺だが、今日だけは話を引き延ばしてくれている教師に感謝していた。なぜなら、この後のことを考えるために少しでも時間が欲しかったからである。
朝に別れてから、俺は由佳とは話していない。ホームルーム、始業式、ホームルームという日程であったため、話す隙などなかったのである。
間に休み時間もあったが、その間、俺はトイレに行っていた。そもそも、由佳も四条と立浪に事情を話していたため、そこに隙はなかったようだ。
だが、担任の教師が満足すれば、このホームルームは終わってしまう。今日は他に授業もないため、そのまま放課後に突入する。
そうなると、どうなるか。当然、由佳は俺に話しかけてくるだろう。
朝の様子からして、それはほぼ間違いない。しかし、正直それはなんとかして避けたいものだ。特に、人々の目がある中で、由佳に話しかけられるなんて、色々とまずいに決まっている。
ホームルームが終わったら、一気に駆け出そうか。それなら、由佳にも捕まらないで済む。
しかし、追いかけて来られたらそれはまずい。あまり脚力にも体力にも自信がないため、すぐに追いつかれる気がする。
そもそも、学内で追いかけっこになった時点で、かなり目立ってしまう。それは、できれば避けたいものである。
ここでの最適解は、由佳と場所と日時を変えて話したいということかもしれない。放課後、どこどこで待ち合わせとかにして、予定が変わって行けなくなったということにすれば、いいのではないだろうか。
いや、でも、それは結局先延ばしな気もする。明日からどうするのかという問題もあるので、それで解決ということにはならないだろう。
「さて、それじゃあ、今日のホームルームは終わりよ。皆、気を付けて帰りなさい」
そんなことを考えている内に、教師のホームルームを終わらせる声が聞こえてきた。いよいよ、放課後が来てしまったのだ。
俺は、とりあえず深呼吸して落ち着くことにした。何が起ころうとも、動揺するべきではない。あくまでも、冷静に対処するのだ。
「ちょっといい?」
「……へ?」
そんな俺の耳に聞こえてきたのは、女性の声だった。ただし、それは由佳の声ではない。
その声は、馴染みがあるという訳ではないが、聞いたことがある声だった。一番直近でいえば、今朝ホームルームが始まる前に聞いた声だ。
「あんたに、話があるんだけど」
「え? 俺に……?」
「あんたしかいないでしょうが」
「えっと……あ、はい」
俺に話しかけてきたのは、四条舞だった。由佳ではなく、何故彼女が。そんな疑問で頭がいっぱいになって、俺は思わず固まってしまう。
「よう、悪いけど、少しだけ頼むよ。多分、そんなに長い時間はかからないと思うからさ」
「え? あ、そう……」
四条の後ろには、立浪もいた。この金髪カップルが、どうして俺に話しかけてくるのか。そんな疑問が、頭の中でぐるぐるしている。
もしかして、これはカツアゲなのだろうか。この二人は、髪も染めているし、ほぼ不良みたいなものだ。俺から金をたかろうとする可能性は、あるのではないだろうか。
しかし、流石の俺も、カツアゲはまだ経験したことがない。今のこの世の中でそんなことをする奴がいるなんて、あり得るのだろうか。
「それじゃあ、行くわよ」
「……行く? それは、どこへ?」
「人の目がある場所だと話しにくいわ。いい所を知っているから、ついて来なさい」
どうやら、俺はこれから人目のない場所に連れて行かれるようだ。これは、もしかしたら本当にカツアゲなのではないだろうか。
今日の財布の中身は、残念なことに潤っている。それを持っていかれるのは、正直結構痛手だ。
でも、抵抗しようなんて思わない。お金を渡してその場を逃れられるなら、それに越したことはないからだ。その場はやり過ごして、後で先生辺りに言う。それが、最も賢いやり方である。
もっとも、教師が動いてくれなかったらどうしようもないというのが、この作戦の欠点だ。この学校の教師は、一年間接してきて非常に一般的な教師だとわかっている。そういうことに熱心になってくれるかどうかは、五分五分といった所だろうか。
「こっちよ」
「こっち? でも、こっちは立ち入り禁止なんじゃ……」
「立ち入り禁止ということは、誰にも見られなくて済む場所ということよ」
「いや、それは……」
「悪いな、藤崎。今回だけだから、どうか見逃してくれないか?」
「……まあ、仕方ないのか」
四条と立浪の目的地は、屋上だった。この学校の屋上は、基本的には立ち入り禁止だ。確か、部活動か何かなら先生の同伴と許可を得て仕えると聞いたことがある。
当然のことながら、俺達には教師の同伴もなければ、許可もない。完璧な校則違反ということになるだろう。
まあ、不良のやることなのだから、それは仕方ない。俺は無理やり連れて来られたということにすればいいので、今は気にしないでおこう。
「……それで、俺に一体何の用なんだ?」
「由佳から話は聞かせてもらったわ」
「うん? ああ、それがどうかしたのか?」
「どうかしたのか? あんた、ふざけてるの?」
俺の言葉に、四条は目に見えて怒っていた。正直言って、とても怖い。四条の眼力だけで、俺は思わず固まってしまう。
「あんた、なんで由佳に話しかけなかったのよ?」
「うわっ……!」
四条は、俺を壁に押し付けながらそんなことを聞いてきた。
これが、所謂壁ドンというやつなのだろうか。まったくときめかないし、むしろとても怖いのだが。
女子に近づかれて緊張するということ自体は、よくあることである。だが、恐怖によって心臓の鼓動が早くなるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
それくらい、四条には迫力があった。俺が勝手に思っているだけだが、やはり女王と呼ぶに相応しい威厳である。
「舞、少し落ち着くんだ」
「竜太、あんたは黙っていなさい」
「うっ……」
彼氏であるはずの立浪も、四条をまったく止められなかった。やはり、力関係ははっきりしている。
「……いや、舞。今のままだと、藤崎は怖がって話せない。少しだけ落ち着くべきだ」
しかし、意外なことに、立浪は引き下がらなかった。俺は、一つ勘違いしていたようだ。立浪は、やる時はやる男なのだ。
俺は心の中で願っていた。立浪、頑張れ。この女王様を止めてくれと。
「怖い? 私が?」
「舞は今、怒っているだろう?」
「まあ、怒ってはいるけど」
「怒っている相手は怖いものだ。つまり、藤崎も今の舞は怖いはずだ。だから落ち着いた方がいい。舞が、藤崎を怖がらせたくないと思っているなら」
「……はあ、仕方ないわね」
立浪の説得は、なんとか成功した。だが、これで一安心という訳ではない。これから俺は、恐らく質問攻めに合う。俺の受難は、まだまだ続きそうである。
立浪は、俺に向き直った。その表情は優しさに満ちている。少なくとも、四条よりは気が楽だ。男の顔の方がいいなんて思う日が、来るとは思っていなかった。
だが、それはどうでもいい。今重要なのは、立浪の言葉である。
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