第9話 エコ 異世界仕様バイク

 転移者として人権を得る為に必要な保護者はマグスに決まった。

 ツーリング先で、戦闘二回目にして一人で魔獣を四頭も倒し、周りを驚かせた。

 調子に乗らざるを得ない俺は生計を立てる目処がついたと判断し、マグスの紹介で契約した西門近くの借家に引っ越す事にした。


 理性は時期尚早と訴える。安定収入を得る目処は立っていないと訴える。

 しかし、調子に乗っている時の俺に理性など通用しない。



 借家はトイレ付き1DKといった程度のものだが、庭が広い。

 広い庭の真ん中には井戸があり、井戸の左手には家屋がある。

 家屋は質素な造りだが、屋根が大きく庭側に張り出しているので、夏に涼をとるのに良さそうだし、軒下にバイクを置いておけば、嵐でも来ない限り濡れずに済みそうだ。


 家賃は月に銀貨一枚。格安にしてくれたらしい。マグスの紹介だからなのだろう。

 何しろマグスは、この町では有名な冒険者なのだ。



「他の入居者さんからは銀貨二枚頂いているのですよ」


 大家はまさかのエルだった。

 今まで、何度会っても毎度悪印象を与えている自覚があるだけに、少し気まずい。



 エルの両親は移住者だが、有力な冒険者だったために金銭的余裕と信用があり、この辺りの土地をまとめて買い上げ、中程度の地主としてのんびり半隠居生活を送っているらしい。

 エルは、両親の土地の中から西門近くの小さな一画を譲り受け、自分の家と、それに似た作りの借家を何軒か建て、移住者に安く貸し出しているらしい。


「ありがたい話なんだけど、なんで安くしてくれるの?」

「ニグルさんとは深い仲ですから」 


 エルは、保護者になってくれるよう依頼した時に俺が言った言葉を持ち出して笑った。可愛い。

 実は嫌われていないのではなかろうか。本当は好印象なのではなかろうか。


「元の世界ではね、深い仲を別の言い方で表したりもするんだよ」

「どんな?」


 エルが少し目を輝かせた。好奇心が強いのだろう。可愛い。


「臭い仲」


 ここでも俺は調子に乗ってしまった。

 少しだけ間を置いて、エルの顔が紅潮した。ゲロの匂いを思い出して恥ずかしくなったのだろう。可愛い。


 髪の毛が少し揺れた気がした。ガタッと物音がした。その後、遅れて店に入って来ようとしていたモリの悲鳴が外から聞こえた。


「瞬間移動がダメなら圧縮した風を当てて吹き飛ばしてしまおうと思ったのですけど、魔法で生んだ風ではダメみたいですね」


 エルは眉間に皺を寄せながら、精一杯の笑顔を作って言った。可愛い。

 ドアが開いたその向こうでは、モリが伸びていた。哀れ。


「あまり変なことを言うと、あの家から追い出しますからね」

「魔法が効かない俺をどうやって追い出すのかな?」


 牽制する為に余裕を見せてやった。


「家主権限の強制退去」


 いつもの無表情に戻ったエルにそう言われると、黙るしかないと思ってしまう。



「またなんか変なこと言ったんですか、ニグルさん!」


 エルの家の中に入ってきたモリが、恨めしそうな顔をしながら言った。


「変なことなんて言ってないよ。エルさんが変なことを連想しただけだ」

「さっき頂いたお家賃、お返ししましょうか?」

「ごめんなさい」


 エルは短気だ。俺のせいか。



「そんな事より、今日はバイクの相談をするつもりだったのではなかったですか!」


 モリに言われて思い出した。

 今日は、賃貸契約ついでにガソリンに代わる燃料について、エルに相談したかったのだ。そのためにバイクをエルの家の庭先に持ち込んである。

 まずは残りわずかなガソリンでエンジンをかけ、アイドリング状態を見せ、エルの家の庭で少し動かして見せた。


「これはガソリンタンクという。ここにガソリンという揮発性の高い可燃性の液体が入ってる。んでこの管からここ、キャブっていう部品にガソリンが入る。これを動かすとキャブのこっちから空気を取り込んで、空気とガソリンを混合させながらここ、シリンダーヘッドに噴霧する。するとこれ、プラグが火花を散らしてガソリンを爆発させる。その爆発力でピストンが上がって動力を生む。多分」


 どこまで伝わるか疑問だが、うろ覚えの知識をフル稼働して説明した。

 

「多分簡単なのではないでしょうか」

「え」

「そのガソリンというのは要らないですね」

「ほう」

「ブラグの代わりに私の魔力を注入した魔石を挿します」

「プラグね」

「どっちでもいいです。魔石がシリンダーなんとかの中で爆発を起こしてピストンを動かせばいいんですよね?」

「そんな感じ。あと、各部品の間で摩擦が発生しないように極薄の皮膜が欲しい」

「それも難しくないでしょう。皮膜を作るという感覚ではないですけど、真空の層を作って部品同士を摩擦させないようにすればいいのでしょう?」

「こんなにあっさり話が済むとは思わなかった・・・あ、歯車とかはちゃんと噛み合うようにしてもらいたい。上手くいったら後ろに乗せてあげるね、エルさん」

「遠慮します」


 拒絶しながら、エルは目を閉じてバイクに手をかざした。


「真空の層を作りました。極めて薄い層ですから、歯車はちゃんと噛み合うと思います。あとはこれ。この魔石をそこに挿せば完成です。ニグルさんは絶対に触らないように」


 プラグが差さるべき場所に、エルが魔石を差し込んで異世界仕様バイクが完成した。

 早速試乗する。エンジンをかけるべく、キックペダルを踏み抜く。

 しかし、エンジンはかからない。


「何をしているのですか?」


 エルは不思議そうな顔をした。


「エンジンをかけようかと・・・」

「ん?いつでも動きますよ。魔石に命じれば」

「どうやって?」

「私が命じればそれで動きます」

「エルさんの意思次第で動くとか・・・それ、俺はどうやって自由に走らせるんだよ・・・」

「動くようにするというお話しか聞いてませんし・・・」


 キックペダルを踏み抜くと魔石が起動する。キックペダルにはそれなりの重みを。スロットルを捻ると、その捻り具合に合わせて爆発力を変化させて動力の調整を。あと、エンジン音と排気音は動かすためには不要だけど、気分的には大切。という感覚的な部分も伝え、魔法を追加してもらった。

今度こそ異世界仕様バイクが完成した。


「さて今度こそ試乗すんぜ!」


 キックペダルを踏み抜く。いい踏み応え。一発始動。単気筒特有の朴訥でリズミカルで太いアイドリング音がちゃんと聞こえてくる。完璧だ。


「じゃあちょっと走ってくるねー」


 西門を抜けて城壁外に出て、城壁の周りを走ってみた。

 しばらく走り回って気付いた問題点、全ての部品同士が摩擦を生まないから、ブレーキが効かない。



「エルさん、ここ、ブレーキってんだけど、この中のブレーキシューって部品には摩擦が必要。ここは摩擦力で車輪の回転を止める部品なんだ」


 エルの家に戻り、エルに追加の要望を伝えた。

 エルが返事をする前にモリが食いついた。


「ニグルさん!ブレーキ無しでどうやって止まったのですか!?」

「タイヤと路面の間にはちゃんと摩擦があったから、エンブレで減速して最後は足で・・・せめてキルスイッチ使えるようにしておけば良かった。キルスイッチはエンジンを止めるスイッチなんだよエルさん」

「では、そこの摩擦を戻して、あとその・・・キル・・・よくわからない部品を動かすと魔石が止まるようにすればいいのですね」

「あ、車輪の外周のこれ、タイヤっていうんだけど、これは地面との摩擦で動力を逃さず反発させて前に進む感じなんだけど、摩擦するままで摩耗させない様にして欲しい」

「摩擦が生まれれば摩耗します。それは無理です」


 タイヤとブレーキが摩耗し切った日に備えなければならないものの、今度こそ、本当に異世界仕様バイクの完成だ。



 異世界仕様バイクの完成に気を良くした俺は、お礼をするふりして勢いでエルをデートに誘う事にした。


「エルさん、お礼がしたいんだけど、今の俺には何も出来ないから、これに乗って一緒に城壁の外を走り回ろ。自由を感じられて気持ちいいんだよ」


 狙っている女をついついタンデムツーリングに誘ってしまう。独り身バイカーの空回り。


「私は、この敷地の外に出ることが出来ないのです」

「え?」

「それに何も出来ないって何ですか?お礼はお金でして頂かないと。私の魔石は商品ですよ。私が魔道具販売で生計を立てているのはご存知のはずですよね?まさかお金を払わずに済まそうと思っていたのですか?」

「いいえ」

「その魔石は受注扱いですし、銀貨十枚は頂きたいです。真空魔法は込みでいいです」


 エルは無表情で立て続けに言った。


「銀貨十枚・・・あー・・・今はちょっと厳しいかな」

「なぜ躊躇されるのですか?お金が無いのですか?一人で魔獣を四頭も倒したと聞いていますが」

「なんで知ってんだよ・・・金はあるんだけど、他に使い道を考えていたから・・・」

「ニグルさん、今回は諦めましょう・・・」


 モリが申し訳なさそうに口を挟んだ。


「ごめんね。逆に奢ってくれてもいいんだよ。奢ってくれればエルさんに金払えるんだよ」

「いや、ニグルさんが奢ってくれるって話だったじゃないですか」

「もうヤル気満々だろ?我慢出来る?俺は我慢出来ない」


 俺とモリのやりとりを聞いて何かを察したエルの表情が、剣呑になった。


「やましいお店ですか?そんな使い道のために躊躇されるのは不快なのですが」


 テーブルが飛んできて、モリ共々、店の外まで吹き飛ばされた。


「お金払って貰うまで荷車は私の家でお預かりしますから!」


 一喝すると、エルは勢いよく扉を閉めた。


「エルさんちょっと待って!違う!勘違いだよ!やましい店じゃない!お金今すぐ払うから!」

「今日はもう顔見たくないから!次来る時はしっかり身を清めてから来いバーカ!」


 扉の向こうから叫び声が聞こえた。思い込みが激しいな、あんな荒い言葉遣いになる時もあるんだな、と思った。

 あの顔で言っているのかと思うと、それもまた可愛い。



 とりつく島も無さそうなので、今日はもう諦めよう。


「即金じゃなくても良くなったし、行くかモリ」

「え!?切り替え早過ぎじゃないですか?」


 モリは生意気にも呆れ顔で言った。


「だってもうそのつもりになってるし。今日のために金以外にも色々溜めておいたんだからさ!」


 俺がそう答えると、モリは下卑た笑顔になった。


「僕もたっぷり溜めてますー」


 なんて気持ち悪い笑顔なんだろう。


「ニグルさん、やばい顔になってますよ」


 お互い様だったらしい。

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