第8話 変な荷車でツーリング

 マグスが保護者になってくれた事で、転移者として、この世界における社会人として認められた事になる。

 言わば、前の世界から数えれば、二度目の新成人になった様なものだ。


 四十歳にして迎えた成人記念に、ニグルはツーリングに行くことにした。


 一昨日の感じだと、この辺りの魔獣なら一人でも何とかなりそうだし、何とかするまでもなく、逃げるという選択もバイクなら可能だろう。

 ガソリンの残量からして、あと100kmくらいは走れる。


 城壁外まで移動してからエンジンをかけようとバイクを押して運んでいる間に、好奇心の群れがついてきた。

 

「これが例の変な荷車か!なかなかいい造形だが、荷車としては無駄だらけだな!」


 好奇心の群れの中から保護者マグスが現れた。


「本当の使い方を見たかったら城壁外においで」


 マグスに言ったつもりだったが、好奇心が群ごとついてきた。大勢を相手に説明するのは面倒だから、群れの中から聞こえてくる質問は全て無視して、城壁外に出てすぐの場所でエンジンをかけた。


 チョークを引いてキックペダルを踏み抜く。調子良くエンジンがかかる。チョークを戻しつつ軽くスロットルを捻る。エンジンが止まらないように吹かす。旧車乗りの心得だ。好奇心たちは聞いたことのない大きな音に驚いている。


「おおー!・・・おおー!・・・お、おおー!」


 エンジンを吹かすたびに好奇心の群れから歓声が上がる。

 一方、マグスはエンジン音には興味が無いらしく、ヘルメットを手に取り観察している。


「見たことない兜だな。この世のものとは思えないほど綺麗な曲線だ。しかし軽すぎて心許ない」

「これは兜ではない。衝突から頭を守るためのものだ。剣や斧や槍から頭を守るものではない」


 マグスの手からヘルメットを奪い返し、被る。道交法があるわけではないが、習慣だからとりあえず、被る。


「帰ったら顔出すよ。じゃーねー」



 キゼトから街道を南に下ると、港町があるらしい。

 その港町までの中間地点くらいの街道沿いに、海を眺められる大きな崖があるという。

 その崖から見える景色が美しいと聞いたので、そこまで行ってみることにした。


 港町まで続く街道は馬車の往来が盛んらしく、所々轍があるものの、よく地均しされていて走りやすい。


 街道沿いはしばらく森が続いた後で草原に切り替わる。草原に切り替わってすぐ、キゼトを出て一時間ほど走ったところに、目的地である崖がある。

 

 聞いていた通り、その崖から見る景色はとても美しい。

 明るく鮮やかなしっかりとした青色の海、海より少し青白んだ空、濃淡の差はあれど、どちらも紺碧そのものの青。その紺碧が地平線まで広々と続いている。

 元の世界と変わらない景色のようで、元の世界より鮮やかな色彩に感じられた。この世界はきっと、元の世界と比べると、人類に汚されていないのだろうと思った。



 美しい景色を眺め悦に入っていたら、背後に嫌な気配を感じた。

 振り向くと爛れた犬のような魔獣が三頭、こちらの様子を伺っていた。エンジンが一発でかかる保証も無いし、戦うしかないのだろう。


 もう手が汚れるのは嫌だったので、昨日、護身用の武器を購入した。ただし、予算的に棍棒しか買えなかった。

 棍棒と言えば聞こえはいいが、握りやすい太さで程よい重さの、ただの骨である。何のどこの骨かは知らないが、相当硬い。


 棍棒を両手で握り、モリもマグスもいない状況でいざ魔獣と相対すると、想像していたよりも遥かに、思考と動きを恐怖に制限された。

 モリを連れてくることも考えたが、モリとタンデムなんて嫌すぎるし、ツーリングはソロこそ至高と思っているから連れてこなかった。その結果が今だ。後悔している。とても恐い。


「グルルルルルルル」


 三頭の魔獣が唸りながら近付いてくる。ジリジリと間を詰めてくる。怖い。同時に飛びかかれたらたまったものではない。

 かといってこちらから打ち掛かっても、素人の動きでは簡単にいなされて捕捉されるだろう。

 しかし、実を言うと俺は剣道三級である。自分を信じよう。


 まずは左端の奴に両手で握った棍棒を振り下ろす。魔獣が後ろに飛び下がる。まんまと避けられる。

 その隙に右の二頭が飛び掛かかてきた。まずい。やられる。

 必死の思いと共に、返す刀で、いや、返す骨で、右の二頭を凪払おうとしたその瞬間、眉間がチリチリした。これはあれだ。


「よいしょー!」


 真ん中の魔獣の首元に棍棒が触れるや否や、首が飛んだ。右端の魔獣は胸の辺りに棍棒が触れ、分裂した。どうやら俺の気は骨を伝って対象物まで届くらしい。


 二頭の魔獣を殺したその瞬間、左の一頭が飛びかかって来て左腕を噛まれた。

 左腕には棍棒のおまけで貰った厚手の革で出来た手甲を装備している。おまけの割にちゃんとしているのか、牙が貫通した感覚は無い。


「舐めんなよオラァ!」


 また眉間がチリチリした。

 左腕は噛まれているのであって舐められてはいないのだが、つい腹が立ってしまい、棍棒を手放し、罵りながら右手で首元を掴んだ。掴んだ瞬間に、魔獣の首を握り潰していた。手が汚れた。ヌルヌルする。生臭い。不快だ。


 自分で解体するのは嫌なので、魔獣の死骸をそのまま持ち帰ってモリに頼むことにする。

 

 魔獣の死骸をバイクのリアキャリアに積み、荷締め用のタイベルトで固定していると、いつの間にかまた別の魔獣が近付いて来ていた。

 今度は大きな猿のような魔獣だ。


 「うらぁ!」


 手が汚れてイライラしていたので、眉間をチリチリさせながら、咆哮をあげながら、何も考えずに棍棒で頭部を殴りつけた。

 脂で少し手が滑りかけたが、それでもあっさり魔獣の頭を潰してしまった。


 大猿魔獣を野犬魔獣の上に積み、ヌルヌルの右手を砂で揉んである程度の脂を落とし、帰路についた。

 荷物が重くて、スピードが出ない。



 キゼトの城門前でバイクを降り、押して歩いた。流石に重い。

 教会に魔獣の死骸を持ち込むのは憚られるし、とりあえずマグスの家に向かった。マグスの家は門から近い。門をくぐった瞬間に見えるほど近い。

 

 マグス邸の前に立つと、庭で寛ぐマグスを見かけたので、声を掛けた。


「保護者様ー。喜べー。被保護者が無事に戻ったぞー」

「うるさい!厚かましい!ぬお!魔獣を狩ってきたのか!モリが来ているから皮を剥がせよう!」


 モリは魔獣を見て、目を見開いた。


「どうしたんですかこれ!一人で行ったはずですよね!」

「一人だよ。いやぁ手がヌルヌルになっちまって、たまったもんじゃないよ」


 野犬レベルが相手とは言えど、初心者が一人で魔獣を狩ったのだから、そりゃ驚くだろう。少しだけ自分が誇らしく、口角が上がった。


「こっちの魔獣、噛まれると呪いがかかるやつですよ!」

「噛まれたけどダメージは負ってないな。おまけで貰った革の手甲に救われたのか魔法無効に救われたのか」

「それだけじゃないですよ!そもそもこの辺りの野犬レベルの魔獣とは比較にならないほど強い魔獣のはずですよ!」

「え・・・知らぬが仏だな。それ知ってたら逃げてたかも」

「さらにこの大きな猿みたいな魔獣です!これ強いやつです!この辺りでソロで勝てる人なんて、マグスさん以外に何人もいないのではないでしょうか・・・」

「え・・・無抵抗だったから一撃で倒したよ・・・」


 神妙な面持ちで、黙ってモリと俺のやりとりを聞いていたマグスが、目玉を大きく剥き出しながら口を開いた。


「もちろん俺なら魔法一撃で倒せるし、その上、手も汚れないんだけどな!」


 だそうだ。



「ニグルのスキルはやはり強力だ。棍棒、その棍棒は俺が武器屋に持ち込んだ遠征先で拾った強大な竜の骨だが、棍棒でこの切り口、これは気の集中の破壊力の大きさを示している。ちなみに委託販売で俺の懐に七割入る。毎度あり!」


 確か銅貨七枚で買った棍棒だ。その七割。

 端数をどうするのかはともかく、余裕があるはずの名の知れた冒険者が執着する額ではなさそうな気がする。


 モリはマグスの話を聞くこともなく黙々と解体作業に打ち込んでいた。

 実はマグスのこと嫌いなんだろうか。



 モリが解体してくれた魔獣のパーツを持って、買取業者の店を訪れた。


「ニグルさんが変な荷車に魔獣の死骸を積んで帰ってきたという噂は聞いてましたけど、まさか、ねぇ。転移したばかりの初心者がソロで狩れる魔獣じゃないでしょう・・・」


 買取業者は呆れ顔で言った。なんで呆れられなければならないのか。


「いやはや。とりえず今日の買取額はこちらです。一人で一日で銀貨二十枚。初心者冒険者じゃ有り得ない稼ぎですよ」

「こないだの稼ぎが銅貨十枚だっけ?銀貨二十枚って銅貨だと何枚?」

「二百枚だよ」

「はー!すごー!」


 マグスの懐に入る棍棒代の七割の、四十倍の額を稼いだ。

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