第7話 保護者マグス
保護者を探さなければならない。
そういう建前で、今日から手伝う約束になっていた教会の農作業をサボる。
嘘と建前の線引きは難しい。
嘘も建前も、実行すれば後ろめたさを打ち消せるという意味では、同じ様なものなのだろう。
後ろめたさを打ち消すために、まずはモリとクレープを食べる。
「モリ。誰か紹介出来る人いる?」
今日もモリが付き合ってくれている。
今日もクレープを奢ってもらう。
今日は、香辛料を大量にかけて炙り焼きにしたラム肉と水菜みたいな野菜のクレープと、塩とニンニクと唐辛子で味付けをして炙り焼きにした厚切り豚バラ肉と軽く炒めたほうれん草のクレープだ。
少し塩味が強い。
血圧が少しだけ心配になったが、血圧測定器が無いから心配するだけ無駄だ。
心配事が一つ減った。いい世界だ。
「その前に昨日の稼ぎをお渡ししますね!」
「ちゃんと手数料引いてくれた?」
「頂いちゃっていいんですか?」
「当然でしょ。魔獣狩りに連れてってくれて皮剥いでくれて換金までしてくれてクレープ奢ってもらってんだもん。折半でいい?」
「そんなに!そんなにはダメです!」
「いいよいいよ。もっと遡れば、この街に連れて来てくれて教会に案内してくれてエルさん紹介してくれて、騒がしい変な人まで紹介してくれて。半分でも少ないかなと思ってるけど、俺、ケチだから」
迂闊にも、オタクっぽい若者相手に少し照れてしまった。
「そういことでしたら遠慮無く頂きますね!ニグルさんのお気持ち、確かに受け取りました!」
モリが顔を赤らめた。気持ち悪い。お互い様か。
元の世界の日本なら、おっさんとオタクの若者が照れながらクレープを食べる光景なんて、地獄でしかないだろう。
「正直に言いますと、保護者を見つけるのはなかなか難しいです。街の人達は気さくに話しかけてくれますけど、簡単には心を開いてくれません・・・特に人族は」
「そりゃそうだよなぁ。意味わかんないもんね。違う世界から来たとか」
「そうなのです・・・亜人族の方なら、人族の方より可能性あるかもですけど」
「なんで?」
「この街の住人は、圧倒的に人族が多いのですよ。少数派の亜人族は、差別こそされていないものの疎外感を感じる事もあるらしく、警戒されがちな転移者に対して同情的なのですよ」
食べ終わって早々に、クレープ屋を出て歩いた。
「保護者はマグスさんに頼んでみましょう!ニグルさんのこと気に入ったみたいですし!」
「いや、いい。変な人にデカい顔されるの嫌だし」
「面倒見いい人ですけどねぇ」
「そこはそう思うけどねー・・・他に知り合いもいないし、ダメ元でエルさんにでも頼んでみるか!」
モリは酸っぱい顔をした。
「ニグルさんの保護者にもなってもらおうと思って、お願いする前の顔合わせの目的もあって、昨日マグスさんに同行してもらったんですけどね・・・」
「そうか!まずはダメ元でエルさんとこ行こうぜ!」
エルの魔道具屋を訪れた。ドアが開放されていたからそのまま入った。相変わらず客がいない。
入店した時、エルは作業台に向かって手をかざしていた。魔石に魔力を送っているのだろうか。
「あなたは小さなゴミを吸い寄せるの。小さなゴミを吸い寄せながら部屋の中をコロコロコロコロ転がるの。そうすればあなたは、持ち主の役に立つ事が出来るのよ。持ち主の役に立つ事こそ魔道具としての喜びだと思わない?思うでしょ?ふふふ」
魔石に手をかざすエルは、微笑みながら小声で呟いていた。
しかし、こちらに気付いた途端に口をつぐんで無表情になった。
何か言ってもらえないと、見てはいけないものを見た気分になってしまうではないか。
「どのような御用件でしょう」
無表情ではあるが、特に迷惑そうでもない。
実にフラットな感情の様に見える。
しかし俺の目を見ようとはしない。
「エルさん、俺の保護者になってもらえませんか?」
「突然そなこと言われても・・・流石に・・・無理と言うか、嫌です。何故、私なのですか?」
「今のところ、この世界の人ではエルさんが一番深い仲だから」
「深い仲?昨日初めて会ったばかりですよ?」
「もうゲロまで見た仲だもの。一気に心の距離が縮まったよね。恋人同士だってなかなかゲロ見る機会無いでしょ」
次の瞬間、モリが消えた。
少しパンチの効いた冗談を言ったつもりだったが、エルには伝わらなかった様だ。
「忘れていました。ニグルさんには魔法が効かないのでしたね。瞬間移動の魔法をかけて追い出そうとしたのですけど」
「そんなこと出来るのか魔法って。もう歩かなくてもいいじゃん。人類に足必要ないじゃん」
「そう都合良くはいかないです。効果があるのは私の視界の範囲内だけです」
初めて目の当たりにする魔法に驚いたが、俺を追い出す手段は無さそうなので、とりあえず粘る。
「早く金を稼げるようになりたいんです。食べたい時に食べたい物を食べたいだけ食べられる様になりたいんです。奢ってもらってると、どうしても遠慮してしまう」
「転移者の方は普通、しばらく教会でお世話になりながら、街への奉仕などをして信用を得て、それから保護者を探すのですよ。何の情報も印象も与えずに保護者を見つけようなんていう勝手な人、いませんよ。ちなみに私の中で、ニグルさんの印象はあまりいいものではないです」
いい印象を持ってもらえる要素がないことは重々承知しているが、はっきり言われると少し傷付く。
しかし、どうせダメ元と自分自身に強がり、踏みとどまる。
「これ以上嫌われたくないから粘るつもりないけど、もう一度だけ頼むね。よろしければ保護者になっていただけませんでしょーか!」
「嫌です。この答えが変わる事はありません。諦めて下さい。」
「はい!」
時間の無駄の様だ。
諦めてエルの家を出ると、モリが無表情で立っていた。
「結界張られて、近付けなかったです」
力なく言った。
「モリが嫌われて追い出されたわけじゃないよ。俺は嫌われた様だが」
「でしょうね!さ、諦めてマグスさんに頼みに行きましょう!」
二日連続で会いたい男ではないが、やむを得ずマグスの豪邸を訪ねた。
躊躇う様子も無く、マグスは二つ返事で保護者になる事を了承してくれた。
「おめでとうニグル!今日からお前は、大魔法使いである俺の被保護者だ!」
複雑な気持ちだが、これで俺は自由を得られる。
記念にツーリングにでも行こうかな。
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