第6話 はじめてのせんとう

エルの店から追い出され、モリと二人、宛ても無く歩き始めた。


 もっと長くエルの店に居座り、少しでも印象を回復させる努力をしたかったのだが、追い出されたのでは仕方がない。

 しかしまだ昼前だ。一日はまだまだ続く。何かしなければと焦燥感が募る。


「モリ、ちょと魔獣狩り連れてってよ」


 宛ても無く歩き続けるのは苦痛だ。

 目的を作りたくて、何となくモリに頼んだ。


「そんな気軽に言いますか・・・そりゃちょっと強がってこの辺の魔獣が野犬レベルって言ったのは僕ですけど・・・そもそもニグルさん、まだ装備も何も無いじゃないですか!」

「金が無いんだから当たり前じゃないか・・・強がってたのか」

「魔獣を狩るにはまず装備を揃える!装備を揃えるにはまずお金を稼ぐ!お金を稼ぐにはまず保護者を見つける!順番が間違っています!」


 口喧しい。


「モリ、口喧しい」

「ごく当たり前の、最低限の常識を教えてあげているのですよ!」

「お前俺を何歳だと思ってんの?もう四十だぞ。その程度の常識は察してるよ」

「じゃあまずは保護者探しを・・・」

「そもそもだ、保護者を見付けて金稼ぐったって、装備がないから魔獣狩り出来ないってんなら、どうやって金稼ぐんだよ」

「察してない!・・・・・・はっ!」


 モリは急に、何か閃いた様な顔をした。


「・・・わかりました!魔獣狩り行きましょう!ただし、僕の保護者さんに御同行頂きます!」

「はあ」

「この国では有名な冒険者なのですよ!たまに遠征して大物狩りをしてまとまった収入を得て、余裕のある生活を送っています!今はキゼトに滞在中なので、暇を持て余しているはずです!」


 話しながら歩くうちに、モリの保護者の家に着いた。エルの家と同じ街区にあり、それほど遠くはなかった。

 モリの保護者の家はなかなかの豪邸だ。

 どうやら、この世界の冒険者には夢があるようだ。



 モリの保護者は、痩せた中年男だ。

 髪の毛をきっちり整えて眼鏡をかけたら、神経質なサラリーマンにしか見えなさそうな地味な顔だ。

 ただし、耳が長い。


 姿勢が良く態度は尊大。声が大きい。

 ステレオタイプな、いかにも魔法使いという感じの黒いローブを着ている。


「暇だから付き合ってもいい。しかし遠くまで行くのは面倒だから、近場だな。それでいいなら付き合おう」

「近場がいいです!ニグルさんは転移したばかりで、当然、魔獣狩り初体験ですし!」

「お前が新しい転移者か。変な荷車の転移者だな。変な荷車のニグル、覚えやすくていいな。俺は大魔法使いマグスだ!」


 大魔法使いだそうだ。


 見た目年齢は同世代くらいか。と言うことは、エルフ族のようだから、実年齢はかなり上か。



 城壁を出て、一番近い森に入った。5分と経たず、一頭の魔獣が現れた。汚くて禍々しい犬、みたいな感じだ。

 魔獣を見て、マグスとモリのテンションが急激に上がった。


「ニグルのスキルは気の集中とか言ってたな!なんか試してみろ!危なくなったら助ける!怪我したら回復魔法かけてやる!」

「ニグルさんは魔法無効のスキルも持ってます!」

「なにー!?魔法の無い世界から来た奴にはたまにそのスキル持ってる奴いるらしいな!噂では聞いたことがあるぞ!ところで俺はポーション持って来てないぞ!大魔法使いの俺では回復させられないぞ!」

「ポーションは僕が持ってます!僕が怪我したらお願いしますね!僕はニグルさんを回復させてマグスさんは僕を回復させて下さい!」


 騒がしい。


「あんたらが煩くて集中出来ないよ」

「そんな事ではダメだ!恵まれた環境で戦う事なんて滅多に無いんだからな!」

「それはそうですけどニグルさんは初心者ですよ!」

「最初が肝心だ!最初が肝心なのだぞ!」


 マグスとモリのハイテンションが止まらない。


「うるせー!少し黙ってろ!そもそもスキルってどうやって使うんだ!」


 混乱しながらマグスとモリに怒鳴った瞬間、眉間のあたりがチリチリした。

 何かが眉間の辺りから飛んでいって魔獣を倒すのかと少し期待したが、そんな甘い展開では無かった。

 右掌が熱くなっただけだった。



 騒がしい連中の勢いに押されて魔獣の前に立ったものの、誰もスキルの使い方を教えてくれないし、眉間から何も飛んでいかなかったし、装備持ってないし、俺には殴るか蹴るかしか選択肢が無い。


 本気で逃げる犬を捕まえることすら出来ない普通の人間が、道具を利用せずにどうやって魔獣と戦えばいいのだろう。



 戸惑う俺に魔獣が飛びかかってきた。


 汚くて禍々しい犬みたいな魔獣は、例えて言うなら、ドーベルマンより見た目が怖い。


 ドーベルマンより怖い見た目の汚い犬っぽい奴が殺意をみなぎらせながら飛びかかってくる。

 それはとても恐ろしい光景だ。


 俺は恐れ慄いて、咄嗟に右手で魔獣を払い除けようとした。すると、魔獣の顔が飛んできた。

 魔獣の顔が飛んできて、噛みつかれることもなく俺の顔にぶつかって、ドスンと足元に落ちた。


「うおおおおお!」

「うおおおおおお!」


 騒がしい二人が叫んだ。モリの方が少し息が長い。


「ニグルさんのスキル強くないですか?」

「強いな!コントロール出来れば相当使えるスキルになるぞ!」


 騒がしい二人は盛り上がっているが、俺は完全に取り残されている。

 動悸が激しい、なかなか事態を受け入れられない、明らかに気が動転している。


 目の前には首が無くなった魔獣の胴体が転がっている。足元には魔獣の頭部が転がっている。

 払い除けようとした手が接触しただけで、その接触した箇所を破壊したようだ。


「俺がやった?全然実感無いけど。どうやったのかも把握出来てないけど」

「そうだ。ニグル、お前がやったんだ。ニグルの防衛本能が気を集中させて、ニグルの闘争本能が魔獣の首を狙った。そんなところだろう。凄かったぞ。お前のスキルはなかなかの破壊力を持っている」

「手がすげー汚れてる。血と脂でヌルヌルして気持ち悪い。そして生臭い。不快感が半端無い」


 自分の手を眺めた。


「転移者であるお前はきっと、冒険者として生きて行くことになるだろう。覚えておけ、冒険者は生あるものから命を奪って生きて行かざるを得ないのだ。お前が今感じているその不快感は、命を奪ったことに対する、ほんの些細な代償でしかない。魔獣と言えど生き物なのだ」


いつまで経っても手から視線を外せない俺に、優しく力強い口調でマグスが諭した。


「俺は魔法が使えるからそんな代償を支払わなくても済むんだけどな!」


 がっかりだ。



「ニグルさん!魔獣の皮を剥ぎましょう!ニグルさんにはまだ保護者がいないので換金出来ないですけど、僕が代わりに換金してあげますよ!」


 モリが手慣れた様子で皮を剥いでくれている。

 ちょっとキモいけど、本当に親切な奴だ。


「ドロップアイテムとかじゃないんだね。こういうとこファンタジー感無いね」

「そうなんですよー。そこがちょっと残念です。皮剥ぐの、慣れるまでは結構難しいですし」

「俺のスキルで肉こそぎ落としたら早いかな。手が汚れるけど」

「そうかも!試してみましょう!」

「俺は魔法が使えるから火魔法で余分な部分燃やしちまうけどな!一瞬で出来るし手も汚れないんだぞ!」


 マグスを無視して、なんとなく、気を集中させてみた気になりながら、魔獣の皮と肉の境目に触れた。

 しっかり肉の感触を得た。それだけだった。


「まだ気のコントロールが出来てないから便利使いは無理だろう」


 マグスが俺の手元を覗き込みながら言った。


「じゃあマグスが魔法で燃やしてくれ」

「初対面のくせに厚かましいな!」

「俺のためじゃなくてモリのためと思えば解決だ」

「モリのため!何の解決にもならんな!」

「剥ぎ終わりましたよ!」


 マグスと俺の会話を全く気にかけることなく作業していたモリが顔を上げた。


 モリは見かけによらず手際がいい。

 この世界に転移してどれくらいなのかは知らないが、転移してから今まで、色々と苦労して努力して、生きる術を身に付けたのだろう。


 モリが収穫物をリュックに詰め込んだ。

 今日はこれで切り上げてもらった。


 薄暗い森から街道に出ると、西日の強い日差しで視界が遮られた。

 もう夕方近い。太陽の在り方は、前の世界もこの世界も、何ら変わりがない様だ。

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