第3話 新しい現実
決して痩せてはいない俺と太った若者が、250ccのオフロードバイクで二人乗りをしている。
そりゃあ走らないし曲がらないし止まらない。
二十分ほど不快な思いをしている内に、城壁が間近に見える位置まで来た。
城壁、4m程の高さだろうか。この城壁の中にはキゼトという都市があるらしい。この辺りの中心都市だという。
音で驚かせるかも知れない。匂いで驚かせるかも知れない。
城壁に入る人影が見える辺りからは、エンジンを止めて門に向かってバイクを押して歩いた。
舗装路じゃないから少し重い。
こちらに気付いた人達が、遠慮無くバイクを凝視している。
「変な荷車だな。変な形だし、荷物が少ししか載らない」
「臭いな。嫌な匂いだ」
「車輪がやたらと大きいぞ。しかも2つしか付いていない」
「でも綺麗な色だ。本来は荷車じゃないんじゃないか?荷車をわざわざこんな綺麗な色にしないだろう、普通は」
遠慮の無い数々の視線の出どころから、話し声が聞こえてくる。
「乗るのは荷物ではなく人だ。バイクという乗り物だ」
深く考えもせず、反射的に回答した。
無遠慮どもに遠慮なく笑われた。
「何言ってんだ。人ではなく荷物が載っているじゃないか!」
そうだな。押して歩いているから、今は転移する前からリアキャリアに積んであった荷物しか載っていない。何も言い返せない。
「この人転移者だろ。格好も変だし言うことも変だ」
「ここ数年、結構転移してくるよな」
「変なことが起こらなきゃいいけど」
「モリが面倒見るのか。それなら安心だ。良かったな、転移者さん」
無遠慮どもの中に太った若者の知り合いがいるらしく、太った若者と言葉を交わしていた。
太った若者の名前がわかった。元の世界では森だったのかな。
「君モリって名前なのか。今更だけどよろしく」
「こちらこそ!僕も最初は戸惑いましたし、不安な気持ちはわかりますから、出来る限りのフォローはするつもりです!まずは教会に行って、保護者が見つかるまでは教会のお世話になりましょう!」
教会までの道すがら、モリは色々教えてくれた。
転移者はしょせん不審者。街の誰かが保護者として後ろ盾になってくれないことには、住居を借りることも出来ないし、金を稼ぐことも出来ない。
保護者の身分や立場についての縛りは無いが、納税者であることだけは必須。
ただし転移者だけは納税者であっても保護者になれない。
この街には様々な人類が住んでいる。
人類には人族と亜人族がいる。亜人族と人族の遠い先祖は同じだという。
各地に散らばり、色々な血が混ざり、環境に合わせてそれぞれ異なる進化を遂げて、いつからかまた共存し始めて現在に至る、と言い伝えられているらしい。
亜人族にはエルフ族や獣人族、悪魔との混血と言われている魔族等がいるそうだ。それぞれかなり違う特性を持ち、寿命もまた違うらしい。
人族目線で見ると、獣人族の寿命は短く、エルフ族や魔族の寿命は長いらしい。
「ちゃんと、耳が尖っているんですよ、エルフ」
モリが目を輝かせながら言った。何がそんなに嬉しいのか。
そもそも、「ちゃんと」って、なぜ価値観を共有出来ると思ったのだろうか。
「でもー、エルフの女性ってー、人族の男のこと嫌いな人多いんですよねー。エルフって基本美形で、面食いが多いんです。あとプライドが高い!そして性欲が人族より薄い!」
「今のところそこまでエルフに興味無いよ、モリ」
モリは失望を包み隠さず、顔全体に失望感を溢れさせながら叫んだ。
「せっかくの異世界だっていうのに、その体たらく振りは何ですか!」
面倒臭いか気持ち悪いか、こいつはそのどちらかだ。
モリからこの世界のことをちらほら教えてもらっている内に、教会についた。
今の司祭は転移者だそうで、自分が転移直後に苦労した経験から、転移者の保護をしているらしい。
「最近転移者が多いのですよ。私が転移した頃は少なかったのですがね。当時、この辺りでは、私を含めて3人しかいなかった。その後も10年に一人転移してくるかどうかという程度だったのですが、ここ数年は毎年誰かしら転移してきているようです。この街にはあなたを含めて10人以上の転移者がいます。他の街にもいます」
この人はよく喋る人だ。
「空いている部屋を自由にお使い下さい。バイクですか。懐かしい。バイクも入れられる程度の広さはありますから、部屋の中に入れた方がいいですね。好奇の目を集めているようですし」
「保護者は参拝者から募りましょう。もちろん、街に出てご自身で探して頂いても結構ですよ」
「食事は粗末なものしかお出し出来ませんが、飢えるよりマシと思って頂ければ幸いです」
「食べ物は降って湧いてきません。畑仕事を手伝って下さい。午前中だけで大丈夫です」
「畑仕事の手伝いは明後日からでいいですよ。明日は頭と心を休めて下さい」
畳み掛けるように喋り続けた司祭がようやく口を閉じた。次に口を開くまでの僅かなチャンスを逃してはいけない。
「はーいありがとうございますではしばらくの間お世話になりますご好意感謝致します」
司祭に次の言葉を繋ぐ隙を与えず退室し、あてがわれた部屋にバイクを入れてベッドに横たわった。
このまま寝て夢から覚めたら、ひょっこり現実の世界に戻っているかも知れない。そう期待しながら寝た。
翌朝、教会で目が覚めた。今度こそ諦めた。今度こそもう本当に割り切ろう。
今までと違うこの世界、魔法とエルフと合法ロリのファンタジー世界らしいこの世界こそが、これからの現実なのだ。
友人らと顔を合わせる事はもう無いのだろう。
太った少し気持ち悪い若者が唯一の知り合いであるこの現実こそが、唯一無二の現実なのだ。
少しだけ、寂しいな。
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