第86話邪神

 世界が生まれた時、淀んだ黒い物が下に溜まり、悲しみ、怒り、傲慢、怠惰、嫉妬、憎しみなどを吸収して魔物や邪神と言う存在が生まれた。 

 

 逆に上に集まった白き存在達が、神の眷属たる神獣であり、そして海が生まれ、大地が生まれ、空が生まれ、光からは様々な生物たちが生まれた。 

 

 邪神は自分達の次に生まれた、光の眷属たちを羨ましいと思った。 

 

 輝き、愛され、望まれながら生まれて来る光の子供達、一方自分は黒く黒く、何処までも黒く深淵たる闇、光すら飲み込み埋め尽くす闇の塊、汚泥、いらないと切り捨てられたもの、忌み嫌われている存在。

 

 最初は光に照らされて自分もその光にあてられれば、それだけでよかった。 

 

 でも私はそんな光を簡単に飲み込んでしまう。 

 

 闇であり、死であり、混沌であり、無であるのだ。 

 

 私の元に集まってくるものは、光を失った者達、微かな今にも消えてしまいそうな灯たち、そして完全に光を失い、最後は私という無に還ってくる。 

 

 私は常に痛みに耐えなければいけない存在、悲しみに耐えなければいけない存在、怒りを耐えなければいけない存在、憎しみを制御し、苦しみに耐え、孤独に耐え、羨みを抑え込み、私は我慢しなければいけない、光り輝く者達の為に。 

 

 私と言う神は、本来なら生まれるはずもなかった神なのだから、溜まった闇が神格を得て、偶然に生まれた存在、誰からも望まれる事のない闇を受け止めるだけの存在、そして全てが交じり合い凝り固まった私と言う存在は、誰に望まれるわけでもなく自我を得て、生まれてしまった。 

 

 そう生まれてしまったのだ。 

 

 存在してはいけないもの、闇を束ねる者、混沌たる存在、感情もなく、なにも感じず、機械的にそこにいればよかった装置が、何かの偶然により、心をもってしまった。 

 

 そして私は光を求めて、この世界に降誕して、善悪も関係なく、全てを飲み込もうとした、一つになろうとした。 

 

 光り輝く者達、望まれて生まれたきた神の子達、闇である私もこの子達と一緒になれば、いつか私の中に光が灯るかもしれない。 

 

 そうして、私と言う存在にも気が付いてほしかった。 

 

 私の怒り、私の悲しみ、私の苦しみ、私の憎しみ、どうして?どうして私は愛されてないの?望まれてないの?羨ましい、光ある者達が羨ましい、憎い憎い憎い憎い、私はこんなに苦しいのに、私はこんなにも痛いのに、誰も私を認めてくれないのに、私を褒める事もなければ敬う事もない、なのになんで私は闇の中にいなければならないの?誰の為?誰のせい?私は永久にこのままなの?光ある者達みたいに、輝きを失えばその存在が終わる様に、私が私である事が終わるのはいつなの?いつまで私は私でいなければいけないの?終わる事すら許されない、装置の一つ。 

 

 呪われろ、呪われろ、呪われろ、私を犠牲にして輝く者達なんて呪われればいい、苦しめ苦しめ、絶望を味わえ、誰よりも辛く痛み、慟哭して悲しみに埋もれればいい、破滅しろ、争え、戦争に飢餓、疫病に死、悉くをもって絶望を味わえ、殺しあえ殺しあえ、呪いあえ、呪いあえ、憎しみに溺れ、怒りで満たし、悲しみに埋もれ、何もかも失い、痛み、苦しめ。 

 

 清廉な者も邪悪な者も、道に背いた者も従順な者も、純真な者も、人を騙した者も、等しく呪われればいい。 

 

 神を信じて、神に絶望して、自ら悪に染まり、悪逆の末に死んだ者達も、もっとだ!もっと苦しめ、その魂までも痛めつけ、無に還るまで苦しみ呪われ、助けを請え!罪ありしものはもっと苦しめばいい、絶望しろ、死してからの時は永く、永遠に等しい、私と同じ苦しみを味わえ。 

 

 血の涙を流し、全身から血の噴き出る私は、血の霧と踊る。 

 

 すこしだけ軽くなった心に喜びと言う感情を初めて感じながら、狂気に笑い転げる、そうこれだ、これこそが私なのだ。 

 

 きっと私はこうあれとして生まれてきたのだ、こう望まれて生まれて来たのだ。 

 

 そうして私は光を食いつくす為に、人間を殺し続ける、死は終わりではない事を思い知らせながら、死が苦しみの始まりだと告げ、光り輝く者達と戦い、敗北し、暗闇の底に縛り付けられた。 

 

 はずだったのだ。 

 

 見知らぬ風景に戸惑う、ここは私がいた闇の底ではない。 

 

 ここは地上、光り輝く者達が存在する世界、私は敗れ、暗闇の底に叩きつけられたはずなのにどうして私はこんな所に? 

 

 ぼろ布を着て、薄汚れていて、動くのも自由に動かない貧弱な体、すぐに傷つく脆い体、病に倒れる弱い体。 

 

 腹が急に音が鳴った。 

 

 なんだ?なんの音だ?腹が妙に痛いと言うか?奇妙な感覚、これは?飢餓感という奴なのか?人間は何か食べると言う事は知っている。 

 

 空気中に漂う、香り、抗えない香りに誘われ、匂いがする方向に足を引きずりながらも進む。 

 

 建物?ドアがついている、建物の裏手らしき所、もちろん邪神は建物だとか扉がとか、裏手だとかそんなものはわからない、ただ匂いを辿り、本能のまま進むのみ、そこには思考的行動などは一切なく、ただただ本能のままに進む。 

 

 すると目の前に、いい匂いのする物が並んでいた。 

 

 初めて見る食べ物、そこにはミックスフライ定食が並ぶ、エビフライにメンチカツ、アジフライに小さな俵型のクリームコロッケが二個、キャベツの千切りに漬物、米に味噌汁、ヒジキの煮つけにサトイモの煮っころがしと並んでいた。 

 

 エビを手でつかむと、まずは匂いを嗅ぐ、香ばしい、いい香り。 

 

 口に入れてみると、ザクザクとして硬かったり、それでいて中はむちむちっとしていて、何といえばいいのか?これは実に実に美味い!これが!これが美味いと言う事か!?言葉としては知ってる、美味、美味い、おいしい!。 

 

 初めての食感、味、匂い、旨味、物を食すとはこんな事なのかと、感じた事のない感情が心から溢れ出る。 

  

 じゅわじゅわの肉!柔らかく!濃厚な肉の旨味と脂身!米!微かに甘く、もちもちとしている!煮っころがし!いもがほくほくとしてねっとりとしている!んごご!喉に詰まった!?水!水を飲む、これがまた美味い!ごっくごっくごっく!ぷはぁ!美味い!。 

 

 箸の使い方なんてわからない邪神は、米だろうが、煮つけだろうが、フライだろうが全部を手掴みで貪る様に食べる。 

 

 なんでかわからないけど、涙が溢れる。 

 

 わからないわからないわからない、けど美味いんだ。 

 

 涙が自然と流れる、ボロボロに涙を流しながら、鼻水をすすりながら、それでも食べる事を辞めない。 

 

 アジフライ、魚のクセがちょっと気になるけど、これも美味い、シャクシャクの野菜!なにかよくわからないとろ~りとしたクリームコロッケ!美味い!美味い!美味い! 

 

 水とは違い、茶色くしょっぱい水!米!黒いヒジキ、謎の食べ物!全部が全部!味が違う!初めての味覚に脳が追いつかない!全部!全部ひっくるめて美味い! 

 

 皿の上の物を食いつくし、満腹感もあるのにどこか寂しそうに皿を持ち、ぺろぺろと皿を舐める。 

 

 生まれて初めての食事、命、そう生命を頂くと言う事、これらは他の命達で出来上がっていると言う事、沢山の命を魂を吸収してきたのに、こんなにも美味しく、感動的で、そして他の命を体に取り入れる事に、ここまで感動した事が初めてだった。 

 

 邪神の心には初めて、感動と感謝の気持ちが芽生える。 

 

 ガタンと言う音に気が付き、振り返ると、男がいた。 

 

 自分より超常の創生神や女神に似た、濃いそれでいて強大な光を放つ者、その男が私の後ろにいた。 

 

 「えぇっと?どこの子かな?孤児院の子かな?」 

 

 私は後方に飛びのいて、距離を保った。

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