第60話復刻メニュー番外編 ウナギ

 イール 斗真の世界ではウナギといい大変よく食べられる。 

 

 国産や外国産、天然かで値段が変わり人によって好みは様々である。 

 

 イールは異世界のこちらの世界では、貧民食いとも言われ、実際には腹の減っている貧民すら食わないと言われているほど、焼き方に失敗すると背筋が寒気で震える程の悪臭とゼラチン質のぶよぶよ感を放出する。 

 

 かといってそのぶよぶよ感が亡くなるまで焼くと、身にも下水臭さが移り、喉が拒否する程の嗚咽を感じてしまう食材である。 

 

 これを日本のウナギ程ハイクオリティに焼くには、まずウナギ、イール自体を浄化して不純物を取り除く事から始める。 

 

 その後イールは水質の変化を物凄く速く吸収するので、綺麗な日本の水に泳がせてやると、三時間ほどですぐに水質の影響を受け、浄化で綺麗になった事もあり臭さの抜けた身にあっと言う間に変化する。 

 

 身は日本の物より大振りなので、大きな骨が何本か存在する、これはピンセットか骨切りで小さくカットする事を推奨する、ピンセットで簡単にピッと抜けるので、抜いたほうがいいだろう。 

  

 ぶりんぶりんで大きな身、それでいて水の影響をすぐに受けるイールの身は炭で焼く事で落ちる脂に燻され香りと表面の皮のパリパリ感を存分に感じる。 

 

 まるで動物の豚や北京ダックの鳥の皮の様に、メインを張れるほどサックサクになり身が少しついていて皮だけでもサクサクのスナック菓子の様になり、また米ともあうが、北京ダックの様に小麦の皮かもち米の様な皮で包んで薬味とタレと一緒に食べるのも極上だろう。 

 

 身にタレを塗ると、影響の受けやすい身は驚くほどタレと脂をを吸収して、自分の中で一体化させ、旨味を倍増させ溢れ出る。 

 

 白身にしっとりしている割に弾力もあり、噛み応えがある身は米とタレと身の三重奏を奏でる、その味はまさに天下一品のウナギを超えたウナギ!日本では味わえない、スペシャルな異世界うな重、うな丼の完成なのである。 

 

 八百万で初めてイールを出したときは、住民はまたもの好きがでたもんだとおもったり、仕入れ値がただだから博打に走ったなと思った人たちが多かった。 

 

 冷やかしで食ってみると、これがまた美味い!度肝を抜く程美味い!下魚どころか貴族否王族に出しても問題ないくらいの超一級品の味!これがイール!?貧乏人が無理して食うイール!?うそだろ!?今までの俺たちは何をみていたんだ!?つい最近越して来た八百万の旦那、聞けばこの国の人間じゃないらしい、そんな人間がすぐに発見しちまった。 

 

 それなのにずっと近くにいた俺たちは何をやってたんだ!?最善を尽くしたのか!?知らないと無理だとはなっから諦めてた。 

 

 こりゃあやられた、当分は八百万はイールで大繁盛だろうなと思えば、調理法を商業ギルド経由で公開しただと!?そんなことしたら他の店が仕入れ値の安さにつられ真似するにきまってるじゃないか!! 

 

 俺も勉強の為にレシピは買ったさ、だが次に起こった事は、八百万で食ったイールよりは美味くないって客の言葉だった。 

 

 もちろん最初に比べて味は悪くないし、全然食える、むしろ美味いよ、これがイールだって初めて食う奴が聞いたら驚くだろうと、でもなぁ、八百万でイールを食った事ある人間からすると、美味さの衝撃度、あの強烈な人を引き付ける美味さがレシピを買って真似してるだけの店にはないのだとか、そんな馬鹿な、レシピ通りに作ってるのに。 

 

 そう思い思わず八百万のイールを食べに行く、調理手順を除いて見ると、確かにレシピ通りだ。 

 

 だが出て来たイールは桁違いに美味かった、衝撃の意味を初めて理解した。 

 

 焼き加減が完璧なのはもちろん、この皮の香ばしさ、皮なのに生臭さは一切なく食欲を誘う香りに皮と脂の旨味が米とあう!そしてその皮を突き破って出て来る身の堂々とした登場たるや、圧巻の一言である。 

 

 イールは頭の方は柔らかく雪溶けの様なホロホロの身をしていたかと思えば、胴体に行くたびに少しづつ食感を変え引き締まっていく身、そして腰の部分のさっぱりとして硬めの身質は、香りも豊かで風味があり、タレの甘味と掛け算で上に登っていく。 

 

 思えばもっとも人を引き付けるのは、この強烈な香りかもしれない、この香りがまず鼻にはいるの口の中に唾液がたまるのだ。 

 

 誘う誘う魅惑の香、香ばしさ、ウナギの匂い、くわわ!こいつは食わないと如何にかなる!と脳が反応してしまうほど香りがいい! 

 

 そして運ばれてくるのは、タレと脂に存分に燻されて、身に香りを一身にまとったウナギだ。 

 

 サクサクパリパリの皮から飛び出て来る身!皮とはまた違い独特の美味さと脂を放つ身!これが分厚く口の中を思いっきり満杯に蹂躙していく、口の中はプリサクの身と皮で一杯だ。 

 

 もぐもぐと口の中で、一杯の身と皮を堪能して飲み込む!美味い!まず口いっぱいに思いっきり頬張っても、まだまだ分厚い身は残っている。 

 

 余韻もほどほどにタレのかかった米を楽しむ、タレの甘味を感じ、それでいて米の甘味もしっかりと感じ、炊きあげられたホクホク感を楽しみ口に残ったウナギの風味や脂を吸収して喉に消えていく!美味い!口の中に残った旨味を米が根こそぎさらっていくので、更に口の中の爽やか感もある。 

 

 だが本番はここからだ! 

 

 今度はこの身と米を同時にいただく、思いっきり口をあけバクりといく!体が震える!!美味さで震える!!喜んでいる!あまりの美味さに喜んでいるのだ! 

 

 ザクザクの皮、ホクホクの身、つぶつぶの米、脂、タレ!口の中でそれはそれは複雑に、ランダムに絡み合っていくのに喉をとおる前に感じる、この口の中の美味さ! 

 

 人間の味覚のなんと鋭い事か!こんなにも複雑に口の中を駆け巡っているのに、そこにしっかりとした不動の美味さを感じ取ることができるのだから、甘さにもしょっぱさにもからさにも種類がある。 

 

 脂身の濃厚な動物性の甘味と米独特の甘さ、そしてタレからくるしょっぱさと甘さ、甘さだけで三種類も口の中に存在しているのに、そのどれもをちゃんと別な甘さと認識できる口、舌、塩の塩味と醬油ダレの塩味の風味と味わいの違い、そんな細かな味の違いを味覚が特に優れているわけでもない私でも、わかりやすいほど口の中で味わい、感じ分ける事が出来る、そう口、舌とは意識しないでいるが実は物凄い感覚器官なのだ! 

 

 そして鼻!鼻をつまむと、玉ねぎとリンゴの区別もつかなくなると言われるほど、また嗅覚も味覚の一つである事は忘れてはならない。 

 

 別々の気管でありながら、味覚に密接に関係している、口鼻舌、これらの気管が動いているからこそ感じ取れる風味、香り、味わいを細かく感じ分ける事が出来るのである。 

 

 ぐわわ!飲み込まれる!イールの波に!こいつは違う!八百万のイール、うな重はうな重と言う料理としてちゃんと完成している、それでいてまだその上を目指すかの様なポテンシャルも感じる、それに比べて俺が作ったのは、焼いたイールを米の上に乗せただけって感じのものだ。 

 

 うな重という名前がつくほど、料理として完成されているのが八百万で、俺の料理はいい所焼き魚を米の上に乗せただけ、もう料理名でもなんでもない、ギリギリ八百万の調理法真似する事で、最低限の料理として成り立っているかのように見えるが、ハリボテ、砂漠の蜃気楼である。 

 

 調理の差、イールにかける、ウナギにかける本気の度合いが違う。 

 

 イールを美味いと信じ、そしてまたその味をみんなにしっかりと広めたいと思う、美味いウナギをみんなに食ってほしい!知ってほしい!すごいんだぜ!美味いんだぜ!幸せになるんだ!最高なんだ!その事を伝えたい、その為にはしっかりと調理している俺が自ら客を押しのけ食いたくなる程の料理を!八百万のウナギはそんな希望にあふれた、可能性を示してくれる味。 

 

 だが俺の方は、そもそもイールを信じ切っていない、本当に美味いのか?そんな自分でも信用していないような疑心暗鬼のぼやけた味。 

 

 そりゃあ客が八百万を選ぶのも納得する、それに八百万の旦那はこの調理法を信じて何度も積み重ねた、そんな重さも料理には乗っている。 

 

 なるほど、確かにこんなんじゃ、他のお客さんが違うと言うのも頷ける。 

 

 だから八百万と比べられるからもうやらないって店もあるけど、俺は違うぞ、盗んで見せる。 

 

 俺だけのうな丼やうな重の道!俺だからできる料理、おやっさんの料理もあの店には負けてないなと言わせて見せる、もちろん最終的にはおやじさんの料理は天下一品だな!って笑って言われるようになるまで、何度も何度も手順、技を洗練させ、自分なりに昇華して進化させてやる。 

 

 ウェールズの美味い店は八百万だけじゃないんだ!他にも沢山店はあるんだ!と八百万にレシピを譲ってもらっといて図々しいが、それぐらいの気概でいかないと、この先訪れる料理達の波にのまれて、閉店の憂き目にあう事になるだろう。 

 

 駄目な店、やる気のない店から潰れていくんだ。 

 

 時代に、新しい波に乗り遅れて進化を怠ってもそうなるだろう。 

 

 負けない為、潰れない為には悔しくても敵をみならい、自分自身に昇華し進化する必要がある。 

 

 俺は負けない!八百万の旦那だって、若いんだ、俺より年下の若旦那だ!負けてられない! 

 

 自分の中で何故か超一流の料理人に認められるより、八百万の店主斗真に認められたい、そんな思いが爆発する。 

 

 ウェールズ料理店フランチェスカのアステリオス・フランチェスカだったのであった。

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