第11話定食屋始めますか? ねねとリリ
正直に食事にこんな感動があると言う事を忘れていた、いつの頃からだろうか、ただ腹を満たす為だけの食事をとる様になったのは、最初の頃は俺にもあれが食いたい、これが食いたいなんて欲もあった、色々な事情で妥協して、諦めて、時には簡単さを求め、時間の短縮の為、金銭的な理由でなど、いい訳を考えたらきりがない。
自分で丁寧に作った角煮とクリスピーポークは、調理に費やした手間暇以上の感動と幸福を俺に運んできた、更には俺が作った料理に喜んでくれる人達のあの満たされた顔、幸福の真ん中にいるかのような幸せそうな顔が、俺の脳裏に焼き付いて離れない。
ニーアさんやねねの、あの幸せそうな顔は素材がよかったのはもちろん理解してる、それでも自分が料理した物を満足そうに、それでいて宝物でも扱う様に丁寧に食べてくれる様子は、なんだか新鮮で俺自身が嬉しくなる感じがした。
なんとも言えない幸福感に包まれている時に、店のドアが開いた。
「やっぱり!何か美味そうなもん食ってるな!ちくしょ~出遅れたか」
「おい!俺の分も残ってるんだろうな!頼むぜ」
フィガロさんとルーカスさんが息を切らしながら現れた。
「なんとか二人前残ってますよ、二人も来るんじゃないかと思ってたんで」
二人分別に確保していたのだけど、それでも角煮もクリスピーポークも結構な量あったはずなのだが、気が付いたらみんなのお腹の中に納まってしまった、濃い脂身の旨味をあれだけ食べても胸焼けや気持ち悪くなる事がないのだから、凄い食材だ、寧ろ体の中で体が活性化されたかの様な清々しい感じがして、胃もすっきりとしている、不思議だ。
「七色豚の一部がうちに来る前に買い取られたって聞いてな、やっぱりニーアが出し抜きやがったのか!」
「うほ~!美味いなこれ!?とろっとろのほろほろじゃね~か!」
「あっこいつ俺より先に食いやがって!俺も食うぞ!うん?ほほ~こっちはザクザク皮がいい音立てやがる!肉の部分はぷるんぷるんだ!くっは~エールが飲みたい!斗真!こりゃ商売になるぜ!」
「そうですよね!斗真さんの料理には東国の醬油や味噌など使われる事も多く、ここいらの料理とは流儀がかなり違います!それだけでも珍しく、そしてとても美味なのに!七色豚の角煮は確実に名物になります!もちろんもう一つのクリスピーポークも!!特にクリスピーポークのサクサク感とふわとろとしたお肉の感覚に、何とも言えない複雑な味わいの味付け、スパイスといいましたか?これほど多くのスパイスを混ぜ合わせて使った料理は砂漠の国の料理の様でした!」
「確かに砂漠の国は別名スパイスの国だもんな、あの国の料理人以上にスパイスを使いこなせる料理人はいない」
「我が国でもスパイスは使いますが大抵はポーションの材料になるものだったりで、斗真さんのように薬の材料を料理に使うと言うのは大変珍しいです」
「あたしはなんでもいいけど、斗真に料理屋を開いてもらえるならそれが一番いい!こんなに美味いもん作れるのに、もう食べられないと考えると、流石に辛いぜ」
「料理屋ですか・・・まぁやってもいいんですけど、どこまで応えられるか分からないのが不安なんですよね。どんなメニューにするかとか」
「俺の所やフィガロの所で仕入れる材料で、作れるもんを毎日変えたらどうなんだ?毎回安定して確実にある食材なんかは限られているし、ダンジョンからの入り具合でどんな肉や魚があるか、変わってくるからなぁ、メニューも日替わりみたいに毎日変わるって事でいいんじゃないか?」
入ってくる食材で毎日変わるか、それはいいかも、面倒な日はいっそカレーを大量に作るとかもありになりそうだしな、乾麺のそばやうどん、ソーメンを大量消費とかもできるなぁ。
「今回みたいな滅茶苦茶美味い!なんて料理、毎回作れる程料理の腕がある訳でもないんですけど、それでもいいと思います?」
「そりゃ美味いにこした事は悪くないが、そんな王宮料理みたいなのを毎日望んでいる訳でもないぞ」
「そうですね、教会も質素なものですよ、毎日」
「商会で食べるのはパンだけ、なんて事も普通にありますから」
「酒類なんかも扱わないですけど、いいんですかね」
「飯屋ならあってもなくても問題ないんじゃないか?それこそ斗真の自由にしたらいい」
悩むなぁ、ここまで望まれているなら、料理屋開いてもいいかも儲かるかどうかはわからないけど、本業に支障ないレベルなら問題ないかな、う~ん優柔不断で悪いけど、やっぱり不安だよなぁ。
「ねねも手伝うよ!お野菜の皮を剥いたり、切ったりできるよ!」
「もちろん私も手伝いますよ。斗真さんがやってみたいなら、やるだけやって、やっぱりあわないならその後で辞めてもいいんじゃないですか?」
「そうだね、やってみて合わないようなら辞めてもいいなら、お試しでやってみようかなって気にはなるかな?」
「ならとりあえずお試しで開店してみる事をお勧めしますよ。お店の名前さえつけて頂ければ、ギルドでも紹介しますよ」
店名かぁ神様のお陰でここにいるし、日本の神様・・・八百万の神様かぁ。
「定食屋の八百万で、八百万と書いてやおよろずでお願いします」
こうしてお試しで、異世界定食屋 八百万は開店する事になった。
-ねねとリリー
お父さんとお母さんが死んだ。
狐人族の冒険者の中でもとびきり強いお父さんとお母さん、獣人は人族に嫌われる事も多いけど、お父さんとお母さんは、そんな人族の偉い人達にも認められて、数少ない英雄の一人と言われるくらい凄い人達だった。
大好きだったけど、家にいない事が多くて、死んだと聞いた時はなにがどうなったか全然わかってなかった、ただもう会えない、触れあう事も、喋る事も、笑いかけてくれる事もないと理解したら、悲しくなって泣いた。
ここら辺の土地はお父さんとお母さんが残してくれた土地なんだって、お姉ちゃんと隅っこの家に一緒に引っ越した。
お父さん達はお金を沢山貯金していたので、私達の生活はこれからも普通に生活できるっていってたけど、お姉ちゃんは出来るだけ無駄なくお金を使わず生きようと私に言った、私達の様な弱い獣人がお金遣いが荒い生活をしていたら、悪い人が近寄ってきてお金を持っていこうとする人が出て来るかもしれないから。
お姉ちゃんはお父さん達がいなくなってから、どんどん笑顔が減っていった、少し痩せたような気もする。
冒険者ギルドのマスター、ニーアお姉ちゃんと商業ギルドのマスターのギムレッドお兄ちゃんがたまに様子を見に来る。
ギムレッドお兄ちゃんが、お父さんとお母さんは冒険者を引退したら広いこの土地を利用して、宿屋をやりたかったんだって、綺麗な花や木の庭を楽しめる庭園にお客様の馬車を止める場所、美味しい料理に大きなお風呂を用意して、昔お父さん達がお世話になった宿屋を理想として、土地を買ったんだって、でも大きな宿を建てるにはお金が足りない。
お父さん達の夢は、お姉ちゃんの夢でもあった。
立派な宿屋を建てたいのに、日々親の貯金を切り崩して生活していかなきゃいけない事に、お姉ちゃんの心は壊れそうになっていった。
人間が絶望する時とはどんな時だろう?誰しもがもっている将来の夢、大人になったらこうなっているだろうなと思われる、理想の自分、誰しもがその理想に向けて現実で努力する。
そうやって歳を重ねて、ある日自分を振り返った時、理想の自分と今の自分が大きく乖離して、目標の理想だった自分が遠ければ遠い程、今の自分を不幸に思い、今までの自分は何だったのかと後悔をして、心削れていく、そしてその臨界点にたどり着いた時、ああ夢に見ていた理想の自分になる事がもう不可能なんだと気づいた時、今の現実を受け止め、修正して新しい未来に向かえる人間はきっと心が壊れないで前に進めるだろう。
だが多くの人間は、理想とかけ離れた今の自分を責め、涙を流し、後悔して心が壊れてしまう人が多い、理想の自分へと努力して努力して、頑張って真っすぐ進もうとしているのに、曲がっていく道に歯がみしながらも進んで、進んで、その先に待っていたのは理想とはかけ離れた、惨めな自分、努力が無駄になった自分、意味のない時を過ごした自分、けしてそんな事はないのだが、理想に届かなかった、その一点で心に襲い掛かってくるネガティブな想像は簡単には心から消す事が出来ず、結果心を壊していく人たちが多い。
ねねの姉であるリリは、両親と言う大きく偉大で、他種族からも尊敬される、そんな両親を一度に失い呆然としていた、だがリリには妹がいる、この子を守らなきゃいけない、その点で泣き崩れ、わめきちらしたいのをこらえ、自分達で生活する基盤を整えた。
そして両親の夢の宿屋はリリの夢の宿屋へと変わっていく、亡き両親が残した遺産を上手く使い姉妹で宿屋を開き、そして生活していく事が、自分の理想で、両親の夢を叶える事にもなると強く思った。
あとは建物さえどうにか建築できれば、それ以外は両親が整えてくれた、でもそのちょっとの壁が厚い、両親達のように稼ぎのいい冒険者だったら確かにあと少しだろう、だが冒険者になれる年齢でもなく、特別に訓練を受けた訳でもないリリには重い金額だった。
じゃあこんなに大きな土地じゃなく小さな土地にすれば?と思うが、そうなってくると整えた庭園や植えた木などは返ってこない、死んでしまう前に両親が整えてくれた庭園、これを壊すわけにはいかない、他の土地は?と言われても、もともと切り売り出来る土地じゃないので、スケールダウンさせるには、一旦全部の土地を売って、金額に合わせた小さな土地を再度購入しなきゃいけなくなる、そうなってくるとやはり両親が残した、庭園も手放さなきゃいけなくなるので難しい、庭園を移動させる事も難しいと断られた。
日々ちょっとずつ両親の貯金を消費していく生活に、焦っていたリリにねねは言った。
「お隣からいい匂いがする」
なにを馬鹿な事、隣は確かに広めの家を建てるだけの広さと余裕があるけど、ここは中心街とは離れた所だ、それだから誰も住みたがらない、大きな土地が安かったのも端だからなのだ。
ねねはその日優しいお兄さんからご飯を食べさせてもらったと言う、目を輝かせて、最近は二人とも暗かったのが嘘の様に明るい笑顔で美味しかった!と断言するのだ。
私は最近食欲がない、ねねの話もハイハイといった感じで聞き流してた。
次の日、ねねに引っ張られて隣を見に行くと、確かに家があり、とてもいい匂いがして、お腹がきゅ~きゅ~と鳴いた、そして人族の男の人、斗真さんと出会ったのだ。
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