第6話 二人法師の人生①

 八月一日は魔法少女の死んだ日である。


 今、その日は『少女感謝の日』と言う名の祝日になっている。命を懸けてこの国を守った多大なる功績への感謝と追悼の念を込めて作られたものだ。ただ、一方で私のような加害者家族としては、その日ほど苦しむ日は無い。九年が経った今でも、家の外では謝罪と賠償を叫ぶ怒号が聞こえてくるのだ。


「責任から逃げるな!」

「今すぐにでも謝罪と賠償を行うべきだ」


 と。ふざけるなと口にしたくなる。まず負ける裁判だ。地裁で十億七千万の損害賠償が出てる裁判の承継など誰がするか。そう思えるうちはまだいい。けれど、外の声を聞く度にズキズキと胸が痛くなる。ほんのわずかだけ……馬鹿な事が頭の片隅によぎる。


 だから――さっさと寝て、正解だった。


 目を開くとポツポツと雨音しか聞こえなかった。八月二日の朝にもなれば、昨日まであれだけ燃え上がった人達もどこかへ去っていき、それなりな平穏がやってくる。いつもの事だが、それを感じ取ると大きな溜息が零れた。考えていた自分は何だったのかと、そんな風に思わされる。


「本当に馬鹿馬鹿しい」


 そう呟くとパソコンを開いた。彼らみたいな暇人の相手をしていたら時間の無駄だ。こうしている間にも時間は過ぎていくのだから。


 メール、仕事の依頼を確認して記事を執筆していく。生きるための唯一の糧。顔がこれだけ知られている以上、サービス業のバイトは厳しいが、記事の執筆なら関係ない。


 若者オススメグルメ記事、インスタ映えスポット、夏休み観光スポット……一つの記事で五、六千円くらいのはしたものだが、それでも確かな金だ。積み重ねれば大きな金額になる。


「いつかは……」


 ぼそりと本音が口に出た。


 普通の幸せ。恋人ができて、家族になって、子供を産んで……馬鹿馬鹿しいかもしれないが、それさえ叶えば――。


「こらっコガネ。真っ暗な部屋でパソコンのモニターを見ない! 目が悪くなるよ!」


 パチッと急に部屋の明かりが付いた。


 目をくらませながら後ろを振り返ると、コンビニの袋を持ちながら、一人の少女が立っていた。どこまでも白い肌と髪。アクセントのように輝いた椿色の瞳は所謂、アルビノの特徴らしい。私の幼馴染、七節このえだ。


「どうしたの? こんな朝早く……六時だよ?」


「昨日が昨日だから心配で見に来たんだけど……元気そうで安心かな。あとこれ朝ご飯。一緒に食べようと思って」


 このえが机の上に袋を置くとドサッと重たい音がした。覗き込んでみると、袋の中には大量の弁当やおにぎりが乱雑に詰め込まれている。三食全部これでも二人で三日は食べられそうだ。


「買いすぎじゃない?」


「買ってないよ、貰いもの。今日の相手がコンビニの店長だったからさ。廃棄になるものをついでに貰ってきたんだよ。消費期限が近いから気を付けてね。あと、これ。今週の戦利品」


 そう言うと、封筒を机の上に投げ捨てた。金二十万と書かれた封筒は二十万に見えない程膨れ上がっている。


「……いくら入ってるんだ?」


「百万円。JKってのは萌えるらしいよ」


「私らは別に高校行ってないだろ?」


「年齢は十六歳だからいーの」


 そう言うと、袋からおにぎりを取り出して食べ始めた。軽々しい口調。だが――聞いてて辛い。


「なぁ、やっぱり普通に働かない? 別にこんな大金がいる訳じゃないんだし。毎日生活できるだけの金があれば――」


 このえが私の唇を軽く抑える。ジッと私の目を見つめて一言。


「足りないよ」


 と口にした。


「生活費だけじゃない。おばさんの入院費と裁判の弁護士費用。到底、普通のバイトじゃ稼げないよ。私の事は気にしなくて良い。私の幸せはコガネの幸せ。もう何度も言ってるでしょ?」


「だけど……」


「罪悪感抱えるくらいなら私と結婚すればいいよ。する? 私は大歓迎だよ」


 サラッと胸ポケットから婚姻届を取り出すと、ポンと机の上に置いた。こいつこんなもの常備してんのか。


「いいや、ええと。それは……ほら、私達女同士だし」


「何言ってるのよ。今は多様性の時代よ? 女同士だって結婚できるし、子供だって出来るのよ」


「子供は出来ないから。多様性の時代でも、そこだけは揺らいじゃいけない所から」


「外国行けば結婚は出来るよ。アメリカとかイイじゃん。自由の国でさ?」


「自由、ね」


 ビニール袋の底にあったプリンを手に取ると、それを口にした。


 自由――甘美な響きだ。だが、人を殺せる国しかり、それが許されてるかというとまた別の話である。許されていないと明記されている国ですら上手くいかなかった私が、そんな国で上手くいくだろうか。


「ま、本当に落ちたらそうするか。でも今はダメ。母さんもいるし」


「りょーかい!」


 ご機嫌にこのえは言うと、そのまま流れるようにテレビの電源を付けた。


 ……上手く、話を誤魔化されたな。


 そう思いながら画面を見ると、速報と共に崩壊したダムの映像が流れていた。

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