第5話 プロローグ④

「……まぁ、受け止めてしまえばなんてことないですが」


 ピンと人差し指を立てると、その刃を受け止めた。指先に光るのは防御シールド。物自体は先程、ナギサが展開したものと同じもの。しかし、その技術はけた違いだ。


「——まだ!」


 受け止めてから少し時間が空いて、ナギサが声を漏らす。彼女の髪の毛が逆立ち、ナイフが薄紫色に輝き始める。咄嗟に魔力を注ぎ込んでいるようだった。だが、思うようにはいかない。


 指先で凝縮された防御シールドは先程彼女が展開していたものとは、桁違いの強度を誇っている。幾ら押し込んでも、魔力を注ぎ込んでも正面からでは突破できない。


「凄い武器ですね、実力は伴っていないようですが」


「馬鹿にしてんのか?」


「えぇ」


 そう言うと、ナイフを軽い力で押し返す。軽く五メートル。しかし、それでも終わりではない。上手く着地すると、背中に付けたホルスターから二丁の拳銃を取り出した。


 目にはうっすらと汗が零れているようにも見えた。渾身の一撃を決められなかった焦りからか、先程までの余裕も見当たらない。可愛そうにも見えた。だが、容赦はしない。何発も放たれる正確な弾丸を躱し、受け止める。まるで踊りを踏むように躱していくと、面白いほどナギサの顔が赤くなっていった。


「なんで? なんで、なんで、なんで! なんで一発も当たらないのよ!」


 もはやパニック状態。最初こそ、正確な射撃だったものの今はその面影はない。やはり、その程度だ。


「なんでって? 決まってる。要は覚悟が足りないのよ」


 焦燥に駆られている彼女とは対照的に、私は慈愛の瞳で彼女を見ることにした。


 でも少し思うと仕方ないのかもしれない。だってここにはロクな奴がいないのだから。そして、そんな人間が背負える程、ここは甘い世界ではないのだ。

 

 魔法少女が現れなくなってから、この国は変わってしまった。彼女達がいなくなっても、魔獣がいなくなる訳じゃない。寧ろ、止める人がいなくなった魔獣は増加の一都を辿った。街は破壊され、毎日誰か、必ず善良な市民が魔獣に殺される。そんな中、ある科学者が魔法少女の力の素を見つけたと発表した。


 それが魔力だ。


 人々は皆、喚起した。これで助かるのだと。


 ただ、問題はむしろここからだった。魔力で身体を強化するには、それを人間の身体に注入しないといけない。未知の物質を自分の身体に入れるだけではない。失明、幻聴、下手をすれば死んでしまうという研究結果も漏洩。そのリスクを超えられたものは殆どいなかった。


「誰か……戦ってくれ」

 政治家が言う。

「誰か……」

 医者が言う。

「誰か……」

 街が言う。


「「「じゃあ最も誰が相応しいか決めようか」」」


 そうして最後に残ったのが、私達だ。人の命を奪った――許されない犯罪者だ。私達は懲役の代わりにここに立っている。その自覚と覚悟だ。それがあれば脱走などしないはずなのだ。


「覚悟? あんたに何が分かんのよ! 英雄だってもてはやされているあんたが、何も無い――命さえ消える私の何が!」


 悲鳴のような叫びが森の中を反響し、彼女は血反吐を吐き捨てて銃を握る。瞳の色はとても見覚えのある青色。


 そんな彼女の姿を直視できなくて、目を伏せた。


 分かるさ、分かる。


 私も英雄という肩書がなければ彼女と同じなのだ。殺人鬼という事実は変わらない。


 殺したくなるよな。私達のような人間は皆そう思うに違いない。地位も名誉も愛する人も何もない人間は妬むことでしか呼吸できないんだ。


 知っている。あまりに不毛だ。


 どんな言葉をかけてやろうか、少し考える。でも、そんなに時間はかからない。


 五秒くらいで軍服の裾を正すと、静かに口を開いた。


「だったらやってみればいい。どんな手を使ってでも、例え殺してでも――」


 視線は真っ直ぐ、口調は怒りでも悲しみでもなく淡々と徹頭徹尾冷徹に。


「奪ってみなさい、私から」


 それが私達にぴったりな言葉だった。


 砂がゆっくりと指から零れ、銃の形を作り出す。ここで私は初めて彼女に向けて引き金を引いた。ずっと守り一辺倒で立ち回ってきたのが、いきなりの攻撃。おかげでナギサの防御は手薄、がら空きだ。


 思う。本当に逃げ出すつもりなら、小手先などではなくもっと強くなってから逃げ出すべきだった。隊長クラスになってから脱走すれば成功の可能性はもっと高くなっただろう。でも、あなたはそんな努力をすることはない。


 要は逃げてるだけなのだ。何に対しても、自分の人生さえも。


 私達は確かにナギサの言う通り犯罪者だ。私もあなたも同類だ。だからこそ、あなたの考え方を私はよく知っている。賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ。私達みたいな人間は一度痛い目を見ないと、分からないんだ。 


 なす術のない彼女に私はトリガーを引く。超至近距離、ショットガンとしては最適距離だ。ナギサも慌ててシールドを展開する。だが、この距離。完全には防ぎきれない。


「――安心して。殺しはしません。凄く痛いだけですから」


 ガチャンという音度同時に、彼女のシールドは木っ端微塵に粉砕される。散らばるように放たれた弾丸は四肢と胴体を繋ぐ関節を割り、発生した爆風は彼女の軽い身体を少し離れた小さな川まで吹き飛ばした。


「生きてますよね、魔力で強化されてますから」


 そうボロボロな彼女に話しかけるが返事はない。暗闇と静寂が私達を覆いつくしている。


 話す余裕などある訳ないか。息をするだけで激痛が走っているはずだ。可哀想だが、それでも少しは薬になっただろう。


 カチャリと胸に付けられた通信機能をオンにすると、隊長の声が聞こえてきた。


『待ったぞ、結構時間かかったな。大丈夫だったか?』


「えぇ、大丈夫です。無事……というと語弊があるかもしれないですが、脱走者を確保しました」


『生きてるんだよな?』


「大丈夫だと思います。少なく見積もっても向こう半年は病院生活ですが」


『……確かに重傷者に鞭を打つわけにもいかんが。もうちょっと平和には出来んかったのか?』


「平和ですか……それはちょっと無理でしたね』


 そう言って首をかしげると同時にパァンと発砲音が後ろで鳴った。銃声。弾は先程まで私の頭があった場所を通り過ぎていく。


「……正気ですか?」


 振り向いて彼女の姿を捉える。確かに四肢の付け根は流血している。激痛が走っているはず。はずなのに、彼女は二本足で立ち、銃をこちらに向けていた。


「それはそうよ。私は自分が生きるためになんだってしてきたのよ。今更、腕や足の二、三本。大した犠牲じゃない」


 そう言ってナギサはまたこちらに銃を向ける。まだ勝機を捨てていない。まさかここまでとは……ネジが外れてるとしか思えない。


「どうして、そこまでするんですか?」


「言ったでしょ? 私はちゃんとした自由が欲しいの! 与えられた少しの自由で遊ばされて、使い捨ての戦いの道具として出荷される。気に食わないのよ。そんな奴らの言う事を素直に従ってるあんたらも全員狂ってる。私はそんな人間にならない!」


 いいや、そんな人間だよ。と言いたくなった。人間らしく生きたいのなら、人間のように生きていくべきなのだ。それが出来なかった私達にその価値は無い。少し考えれば分からないだろうか。それとも上手くそそのかされたのか。


 考えるのを止めよう。面倒だ。


「で、どうするんです? そのボロボロな身体では私に当てる事なんか出来ません。折角、急所を外したんですから。馬鹿な事は止めて投降してくれませんか?」


「……ははは、分からないじゃない。やってみなきゃさ」


 いいや、確定だ。もう既に銃口が震えているのが何よりの証拠である。魔力の補充もしていないから、撃てるのはせいぜいあと一発。希望の綱を切るためにも、それくらいなら撃たせてやってもいい。どちらにしても発砲と同時に気絶するだろう。


「気が済むなら撃ってみなさい。その代わりそれが失敗したらもう二度とこんな事はしないこと。約束できますか?」


「あぁ、良いわよ。約束だけなら幾らでもしてやるよ」


「あなたね……」


 ドン


 言うより早く真っ白な光を出しながら、銃が放たれる。だが案の定、結果は予想通りだった。私からかなり離れた位置を銃弾は飛んでいく。ナギサは体制を崩し、力なく地面に倒れた。確かめることなく、完璧な予想通りだ。


「ったく、そんなに嫌なら最初からこんな所に来なければ良かったのに」


 そう呟いて、彼女に駆け寄る。見た目によらず頑丈な相手だった。煙草を取り出して、隊長に要請を頼もうとしたその時、ふと一つの事に気づく。何かぼそぼそとナギサが笑っているのだ。


 嫌な予感がする。


「何がおかしいのですか?」


「いいや、大したことじゃないわよ。ただようやく勝ったと思ってさ」


「勝った? 何にですか?」


 ゴゴゴゴゴゴゴと、何か音が聞こえてくる。これは水の音?


 何だ? 水……川……ダム? ダム?


「あなた、まさか……」


 有り得ない。魔力で強化されているとはいえ、一発で壊れるなんて事……いや、違う。そうか――しくじった。


 音のする方を振り向く……が、気づいた時には遅い。銃弾によって崩壊したダムの水はすぐ目前まで迫っていた。

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