第4話 プロローグ③

 耳によぎるのは空気を切り裂く音。重低音を発しながら銃弾は飛んでいった。この銃も当然、魔力によって強化されている。その威力は一発の銃弾と言うよりは爆撃に近いものだ。一秒にも満たない時間。地面に着弾すると同時に爆風が巻き起こり、巨大なクレーターが出来上がった。何も装備がないのならこの爆風に巻き込まれて終わりだが。


 目を凝らして煙の中を睨んでいると、キラリ。光が見えた。


「ちっ」


 と舌を鳴らす。


 ――反撃だ。


 ジェットパックを操作し、急旋回。その瞬間に私の横を弾丸が掠めていった。空気を切り裂く音で分かる。魔力の込められた弾丸だった。


「反撃……?」


「武器を持っていないんじゃ?」


 後ろから震えた声がする。そうだ、忘れていた。遠足に来たわけじゃない。戦争に来たんだ。一気に冷えていく空気。士気としては最悪だ。できるか? 今から隊を立て直して、完璧なフォーメーションで対象を捕らえることが?


 頭で思考を巡らせている間に、すぐ横で隊長が声を挙げた。


「怯むな! たった一発反撃を受けただけだ。訓練を思い出せ。ルリ、先行できるか?」


 ジッと恋なのかというくらい真っ直ぐに瞳を見つめてくる。不思議だ。さっきまで考えていた色々な思考がまとまっていく。そうだ――私は副隊長だった。


「……はい、大丈夫です」


 そう言ってゆっくりと顎を引く。相手を極度に怖がらず、かと言って舐めることない。高ぶった心臓が元に戻った。


「他の者は?」


 ジッと目を睨む。凄い。この短時間で隊員の顔つきが変わっている。皆、浮かべるのは戦闘の顔。隊長もそれを見て満足そうに笑みを浮かべた。


「いい顔だ。ルリ、お前は先陣してナギサと戦え。出来るか?」


「大丈夫です」


「他隊員は周辺の包囲とルリのサポートに徹しろ! 標的は勿論、街へ被害が出ないよう流れ弾も防御シールドを使って食い止める事。絶対に外に出すな!」


「「「はい!」」」


 まるで自分達を鼓舞するかのように声を上げると皆、首筋に注射を打ち込んでいく。それが終わると、駆り立てられたように彼らはバラバラと空を飛び、あっという間に標的を包囲した。あとは――私がやるだけ。もう一度弾丸を避けると、今度はこっちの番。


 コッキングをして使った弾を弾きだし、目を凝らして周囲の状況を一つずつ洗い出していく。


 距離は七百。相手はこの距離を正確に撃ち抜ける高い実力がある。正面突破は無理だ。


 そうなれば接近するための最適ルートはただ一つ。


 森に目をやって唾液を呑む。顔から笑みが零れた。


「――決まり、ね」


 空を蹴るようにして、森へ飛び込んだ。暗闇の中、うっすらと大木が生い茂っているのが見えた。これなら、相手からは私の姿は見えない上、こちらからは第六感で標的の場所が分かる。あとは、この木々の中をくぐり抜けていくだけだ。


 標的は……凄い速度で逃げている。さっきまで七百あった距離が、倍以上離れている。ジェットパックを使ったのか? いや、ここは森の中。高速で移動しようとすれば木に衝突してしまう。そう簡単に高速で移動できるものではない。何かあるのか?


 ……いや、だとしても関係ない。


「行くよ、アルマンド」


 持っていたスナイパーライフルが姿を変える。遠距離特価のスナイパーライフルから近接戦闘型のショットガンへ。ジェットパックの出力を最高速にすると、私は目を見開いた。


「しかし、逃げてる奴も運が悪い。今日はなんか行けそうな気がするんですよ」


 土を蹴る。声を発するが早いか、木々の隙間を駆け抜けた。到着までの時間は僅か十秒。乗り物で例えるのならリニアに近い速さ。当然、木々にぶつかれば命はない。だが、今日の私は絶好調。誰にも負ける気がしない。


 指先から砂が零れ、私は一歩を踏み出した。木々の隙間を見極めて更に加速、あっという間にその距離を縮めていく。あと四百、いいや三百……少女の姿が見えてきた。


 標的からまだ離れているが、これくらいなら大丈夫。


「吹き飛べっ!」


 銃弾が放たれ、砂煙と爆風が視界を覆った。普通の人間ではまともに立っていられる状態ではない。しかし、この程度では何ともないのが、魔法部隊の装備だ。


 緑色のシールドが展開されている。防御シールド。魔力の壁を展開し、正面からの攻撃を防ぐことが出来る機能。案の定、ちゃんと使ってきた。


「……お願いします。見逃してくれませんか?」


 砂煙が晴れていく中、少女はそう呟いて地面に銃を置いた。その容姿に思わず目を疑った。茶髪のショートボブ。高校生くらいの年齢と聞いていたが、思ったよりも見た目が幼い。小動物を思わせるような華奢で無垢な顔。ちっぽけな身体。街を歩いていても不思議はないくらい可愛らしい容姿だ。


「どうして――」


 私が声をかけようとしたとき、少女の目が変わる。小動物から――暗殺者の目へ。ギロリと瞳を光らせると、忍ばせた銃で頭を狙ってくる。


 その時間は一瞬。不意を狙ったつもりなのだろう。しかし如何せん、爪が甘い。飛んできた銃弾を避け彼女の手にある銃を一蹴。カラカラと彼女の手から銃が落ちた所を見計らって、今度はこちらのショットガンを彼女の脳天に押し付け、続きの言葉を発した。


「どうして不意打ちが通じると思ったんですか?」


「あら、むしろどうして通じないのかしら?」


「信じるとでも? まさか私が犯罪者の言う事を?」


 そう答えると、ナギサから先程までの小動物のような表情が消え、代わりに邪悪な瞳を浮かべて微笑んだ。そうだ、この顔だ。

 こいつはこの部隊に入る前、五人の人間を殺害している。家族・友人・恋人。笑いながら殺したという話も聞く。ただでさえ最低で――さらに魔法部隊からも逃げ出すなんて、本当に……。


 そこまで思って私は瞳を閉じた。いや、私もそもそも言える程ではないか。

 よぎる思考を捨て去って、私は再度、銃口を強く握り直した。


「随分冷徹な性格してるのね。あんた、いや、あんた達も私と同じ癖に」


「同じ? 違いますよ。これは償いです。それを放棄したあなたに同じと侮辱される謂われはない」


「あっそ。でも私はそんな崇高な目的のために死ぬつもりはないわ」


「外に出てしたい事でも?」


 そう言った瞬間、待ってましたと言わんばかりに歯を見せる。凄く楽しそうに一言。

 

「えぇ、まずは映画を観たいわ。あとは美味しい食事をして、ゲームセンターで遊ぶのも良いわね」


 ――と。なんだそれは。


「全部、中でできることじゃないですか。中ならお金もかかりませんし」


「違う。全然違う!」


 そう言うと目から涙が零れる。ぽろぽろと次々と落ちていく。なんでこいつは泣いているんだ? 私が悪者みたいに見えるじゃないか。


「いずれにしても逃がすつもりはありません。大人しく降参して、あなたを支援した奴らの名前を教えてください。そうすれば、命の安全くらいは保障します」


「……嫌だ」


「はい?」


「耳が遠いの? 嫌だって言ったのよ!」


 そう言った瞬間、彼女の姿が消えた。高速で逃げた? いや、移動した瞬間が捉えられなかった。となると瞬間移動? いや、魔力注射はあくまで人間の能力を強化するに過ぎない。消えて移動するなんて機能は人間にも、魔法部隊の装備にもない。


 一体どうやって……。


 彼女が移動した後、ひらひらと一枚カードが落ちてくると共に、頭の中で警報ランプが鳴りだした。何かが来る。右? 左? いいや、上か! 


 目前にはナイフを構えて、降りかかってくる彼女の姿があった。

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