第3話 プロローグ②
「弾薬よし、ジェットパックよし、装備よし、注射よし」
一つ一つ鏡の前でチェック。忘れ物がないかの最終チェックを澄ませると、改めて鏡に映った自分の恰好に嫌気がさした。魔法少女の死後、代わりに魔獣と戦う事になった私達、魔法部隊には一つ掟のようなものがある。
それは『戦闘中の装備の外見はファンタジーなものにすること』である。
なんだその馬鹿らしい掟は。
偉い人に言わせれば命を賭してこの国を守った魔法少女への敬意だとか、脱走した時に目立つとか、それはそれはそれらしい事を耳にできる。これを言っているのが国、正確には私たちを管轄してる防衛省だというから驚きである。
で、出来上がったのがこの装備である。私の猛烈な抗議のおかげでロングスカートの軍服という所で落ち着いた。それでも胸元はちょっと開いているし(別に出来る谷間はないのだが)、くびれあたりについては特に身体のラインがしっかり表れている。
道化にされているようで本当に嫌いだが。
「言っても仕方ない、行くか」
ガラリと更衣室のドアを開けて、集合場所であるグラウンドへ向かう。真っ直ぐ廊下を駆け抜けて外に出るともう既に五十名ほどの人員が物音一つ立たせることなく整列していた。サイレンが鳴ってから僅か五分。洗練された動きだけあって、尚更ファンタジーが浮いている。
「建羽副隊長!」
直属の五名の班長がサッと私の元に駆け寄ってくる。第三部隊は少数精鋭部隊。数こそ少ないが、皆、確かな技術がある。
「状況は?」
「はい、第三部隊の中で脱走者はいません。シュミュレーションと映像解析の結果は全隊員へ送信済みです」
「準備は上々と……了解。隊長の到着を待ちます」
「はい!」
その言葉と同時に隊長が姿を現した。
「現状はどうだ?」
「……あ、はい。準備は完了してます。第三部隊から脱走者はいません」
「何かあったか? ボーっとしてるが」
「いえ、問題ありません」
「だったらいい。くれぐれも油断するなよ」
「はい」
やっぱりこの部隊にこの衣装は似合わない。再度、それを理解した。
目前には三十七歳、独身。フリフリのフリルに濃いピンクのドレスを身に纏っている岡田アカネ隊長の姿があった。二十になったばかりの私でもあれを着ようとは思わないのに殆ど二倍、歳を重ねているはずの人間が着ていたら、頭もフリーズする。ボーっとしていたのではない。脳の処理が追いつかなくなるのだ。
「では、ただいまから作戦を説明する」
そんな私の心持ちも知らず、隊長は皆の前に立った。
「逃走したのは後方支援部隊である第一部隊隊員の岩淵ナギサだ。脱走を確認したのが今から五分前の午前零時半。監視カメラの映像を確認したところジェットパックは未所持。よって、現在対象は徒歩、あるいは車両を使って房総半島を北上しているものと推測される。以上だ。現状について何か質問のある者は?」
そう言うと、隊員の一人が真っ直ぐ手を挙げた。
「対象は武器を所持しているのでしょうか?」
「現在、武器庫の入室記録を洗っているが不明だ。だが、先述したジェットパックを所持していないことから持っていない可能性が高い。だが、何があるか分からない。心して取りかかるように」
「はっ!」
ジェットパックは所謂、空を高速で移動できるアイテムだ。当然、森の中を走るより、空を飛んだ方が逃げられる可能性は高まるだろう。それを持ち合わせていないということは武器も持っていない可能性と推測できる。そういう話だ。
だが……。
武器を持っていない可能性が高い。そう言ったが、本当にそんなことあるか? 何より隊を囲う僅かに緩んだ空気。嫌な予感がする。
「では、作戦について――と言っても大したものはない。くまなく探せ。作戦としては雑だが相手は徒歩か車両。魔力を使う我々の方が有利なことは違いない。一応、シミュレーションで対象のいる可能性の高いところは人数の多い第一部隊が探す。我々はそれ以外の所をあたる各担当地域の振り分けは送信済み。くまなく探すこと良いな?」
「はっ!」
「では、全員出撃!」
ジェットパックのスイッチを入れると、頭の中でアナウンスが流れ出す。
《認証システム起動・対象:建羽ルリ第三部隊副隊長。承認されました。起動します》
ゴゴゴという音と共に背中のリュックが開く。
隊長、そして副隊長の私が飛び立つと、次々とと隊員が分かれて飛び立った。
* * *
「しっかし、迷惑だよな。私、本当なら今頃、新作の映画を観てるはずだったのに」
「それ、寝てたのにいきなり起こされてさ」
サーモグラフィーとセンサーを使って捜索している途中、後ろの隊員が物憂げに話している。魔獣退治なら気が引き締まるのだが、今回に限っては脱走兵の確保。それも可能性の低いエリアを捜索となれば士気も上がらないのも仕方ないかもしれない。
「……気が抜けてるな」
後ろに視線をやりながら隊長はそう口にする。少し気に入らない様子だ。
「良いんじゃないですか。実際、捜索自体はちゃんとしてますし、多分何かあるとすれば向こうの方。本部も気にかけていないでしょう。それより気になるのは脱走の頻度と方法です」
「今まで一人も出なかったのが、今年に入ってこれで三人目だっけか」
「えぇ、しかも前二人に関してはアラートすら鳴りませんでした。警備システムが一時的にハッキングされてたんです。ですが、あの二人にそれを出来るだけのスキルがあったとは思えません」
「今回はアラートが鳴ってるが?」
「そこは第二部隊の意地ですね。ここ一ヶ月寝てないらしいですよ。第二部隊の隊長。私の組み上げたシステムをハッキングする奴は絶対許さないって」
「まさかの人力か。そりゃもう血眼で探しにかかるわけだ」
「捕まえたら色々聞きたいところですね。特にどうやって脱走したのかって所は。十中八九、外部の援助があるのは間違いなさそうですが」
「確かにな。そうだ、ルリ。さっきその第二部隊から連絡が入った。武器庫の入室記録はないそうだ。どう思う?」
「ハッキングして消去されてたら、完全に第二部隊の面目潰れますね」
「だよなぁ。逃げるときにジェットパック持って行かない奴なんていないよな?」
「じゃあこれ探しても無意味ですか?」
「……何とも言えん」
そんな事を話していたら、巨大なダムが下の方に見えてきた。一応、この辺りが私達が捜索する中では一番可能性が高い場所だ。それでも二パーセントだが。天気予報だったらまず無視して良い数字だろう。
「出たな、いわく付きダム」
隊長がそう言い放つ。まるで嫌なものでも見た時みたいな声だ。
「何ですか、その呼び方」
「今、問題になってるダムだよ。十年前の話だが、身内の建築会社にお金を流すために大物政治家がダム建築を斡旋したとか今になって噂になってる。結構、国会でも指摘されてるぞ」
「これだけ立派なダムですから利権とか色々あったんですかね」
「実際に支給した金と見積書の金額に相違があるとか、当時は魔獣がいなかったから
建築基準が魔獣出現前の基準で建ててたりとか、取り壊すにも莫大な金がかかる上に、横領疑惑も――っとそれどころじゃなかったな」
いつの間にか話が脱線していることに気づいたのか、口をつぐんだ時。タイミング良く、ピピピッと通信端末から連絡が入ってきた。相手は案の定、第一部隊からだ。
『こちら第一部隊。ルリ隊長、こちら目標を発見した。発見場所については座標を添付する。直ちに応援に来てくれ』
「了解」
そう言って隣を向くと隊長と目が合った。
「見つかったみたいですね」
「だな」
しばしの沈黙。気まずい。
「――妨害電波ですかね」
「お前有名になりすぎなんだよ。いつの間に隊長になったんだ?」
「よく言われるんですよ。二番目が有名な変わった例ですからね。隊長。もうちょっと頑張ってください」
「英雄より有名になれるか、馬鹿。さっさと捕まえてこい」
「了解です」
そう答えると、注射を一本首に突き刺した。数秒で体温は上昇し、覚醒状態に入る。途端に世界は輝き、感覚は鋭くなる。
注射の中に入っているのは魔力という未知の元素だ。この元素には新たな特性を付与、あるいは今持つ特性を増強するという性質がある。猪が分身したり、ジェット機のような速度で飛べる鳥などがその例だ。ぱっと見、楽しそうにも思えるが現実はそう甘くない。殆どの生物はそうして付与、増強された性質に脳がついていかなくなり、理性が破壊され暴走してしまうのだ。
結果として苦しみ、他の生物を襲い、街を破壊する。それが魔獣の正体だ。
だが、そんな魔獣と戦う以上はこちらも多少のドーピングは必要になってくる。この注射――魔力注射は端的に言ってしまえば人間が暴走しない程度に希釈された魔力だ。
「隊長……何かあった時はお願いします。実力差で負けるとは思えませんが、相手は未知の支援を受けています。苦戦を強いられる可能性も無いとは言えません」
「珍しく自信がないな。不安か?」
「まさか。魔獣殺しの英雄ですよ、私は」
「……そうだったな。ま、任しておけ。ピンチな時は助けてやる」
「ありがとうございます」
恰好がもうちょっとしっかりしていたら、惚れていたかもしれない。
「……じゃあ、行ってきます」
そう言って、手を伸ばす。すると何も無い空間からぱらぱらと砂が現れ、そしてそれは銃の形へと変化した。ⅤL102「クラヴサン」――愛用のスナイパーライフルを掴む。そのまま銃口を森の中へ向け、ジッと目を瞑った。
「――発芽」
ぼそりと一言、呟いて息を止めた。鼓動がだんだんゆっくりになっていく。頭の中でイメージするのは真っ黒で冷たい海の底。酸素欠乏によって身体が死体のように冷たくなったら、今度は息を大きく吸い込んで、体温を急激にはね上げる。
そこで私は目を開いた。広がるのは――皆の知らない私だけの世界だ。
魔力注射の効果は運動能力の向上に限った話ではない。人間には通常、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚――五感というものが備わっている。注射した人間はこれらの感覚も鋭くなる。空は色づき始め、今まで何とも感じてなかった風がより心地よく感じられるようになる。加えて人によってはそれまで存在しないと考えられていた六つ目の感覚が生まれる事さえある。
その能力を私達は『第六感』と呼んでいる。
私は脱走者の影を捉えた。本来、森は木々で囲まれているため上空からは何も見えない。しかし、私には分かるのだ。私の第六感『インビジブル・レコード』は全ての自然法則を感覚として認識することができるものである。五感を超えた察知能力はあらゆる流れを掴み取る。明らかに空気が乱れている箇所が一つある。付近には人間の
体温。
間違いない。奴はいる。私達が去るのを今か今かと待っている。
「……どうして何も学ばないのでしょう」
いや、私の言える義理ではないか。
ふと、出た言葉を飲み込んでトリガーに手をかけた。
脱走者と戦うのは嫌いだ。仲間を撃たなければならないのは勿論だが、それ以上に。鏡を見ているような気分になるからだ。
「さっさと終わらせましょう」
そう言って、私は引き金を引いた。
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