第7話

貝寄せの風が吹いて桜の花びらが少しずつ散り始めた頃。

今朝は目覚めが早くベランダの窓を開けて室内の空気を入れ替えた。


朝食後支度を済ませて、車で出勤し、医務室での朝礼が終わると診察室へと入った。


廊下から足並みを揃えてこちらへ向かってくる彼らの足音が耳にした。


「おはようございます。全員が揃いました。順番に診察をお願いします」

「本日もよろしくお願いします。」

「中に入りなさい」

「お、あんちゃんか」

「おはようございます」

「先生と呼びなさい」

「はぁ。先生、元気?」

「この通り、相変わらずのあんちゃんですよ」

「へっ。そりゃいい。」

「喉を見ますので口を開けてください…奥が少し腫れてますね。咳は出ますか?」

「いや。痛くもない。別に薬もなくてもそのまま治るんじゃないか?」

「細菌が入っているかもしれないので、1種類だけ薬を出しておきます。あとうがいも毎日してください」

「まぁあんたが言うなら、言う事聞いておきますわ」

「きちんと最後まで飲み切ってくださいね。宜しいですよ」


「…次、中に入りなさい」

「あれからお腹の痛みはいかがですか?」

「おーかくまくか?の下にコブがあったヤツ取り除く手術をやってもらったら、だいぶ楽になった。先生、何で分かったんだ?」

「元々外科手術が専門だった。触れば基本的に分かる症状も判別できる」

「医者ってすげぇよな。おかげで飯も食えてるし」

「顔色もいいですね。3食しっかり食べて寝れていれば良いでしょう。また気になる事があったら教えてください」


「先生」

「はい。」

「ありがとう」

「…いえ。くれぐれも無茶はしないように」

「分かってるわ」

「次の方を呼んでください」


その日の診察は不思議なことに彼らは落ち着いて話を聞いてくれていた。


翌日、私は医大病院のある一室で教授に相談をしていた。


がん免疫療法の研究ですか?」

「はい。研修医の頃からずっと研究に携わりたいと考えてきてました。当院の研究者も新規で紹介できる見込みがある方は申し出ができると伺っています」

「臨床の方に何か問題でも?」

「矯正医官として出向してから、受刑者たちの感染症の予防に世の中にもっと関心をを持ってもらいたくて。早いうちに研究に廻りたいです。…申し出の書類です。目を通してください」

「とりあえずは見ておく。どうだ、矯正医官の任務は手応えありますか?」

「多くの受刑者が私達医師の存在を必要としています。すぐには難しいところもありますが、他の医療機関でも希望者があれば、彼らの現状を知っていただきたいです」


「綾瀬先生は彼らに特に何を望んでいますか?」


「守る意義を考えて欲しいです」

「守る?どういう意味で?」


「死罪を課せられたものにも犯罪に手を染める前には私達と同じように日常生活を送っていました。刑罰の比較より、まずは自身がどう最後まで生きていこうか振り返りが必要です。そこで医師が手助けできるところは、最低限援助できれば良いと望んでいます。どういう状況であれ…皆1人の人間に過ぎないんです。ありきたりな言葉ですが、僕の視点からは真意を込めて嘘のない思いが彼から教えられたところがあります」


「医官1人1人の視点は違えども、目指すところは同じ方向性がある。危険はつきものですが、貴方も最後まで真っ当してください」


教授室から出て、診察室に戻り、午後に予約している患者の診察に当たった。

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