第6話

「次の方を中に入れてください」

「中に入りなさい」


数日後の午前の診察室に眉間に皺を寄せながらある受刑者が入ってきた。


「座りなさい」

「立ったままじゃ駄目か?」

「どこか痛むのか?」

「今朝からケツが痛くて、座ってられねぇんだ」

「尻のどの辺が痛いですか?」

「とにかくケツ全体が痛い」

「先生どうします?」

「ベッドに横になってください」

「…んあ、いてぇな」


私はその者のズボンを下ろすように告げたがやや抵抗をしたので、看守に身体を押さえてもらいながら、下着ごと下ろした。


「これ、少し脱肛してるな…ちょっと肛門を触診するから、痛くても我慢して」

「は?…ぬあっ、ちょ、ちょっといてぇ!何してんだよ?!」

「すぐ終わるから。力を抜いて身体を丸めてください」


ゴム手袋を履き肛門に指を入れて触診していくと、ある原因が判明した。


「外痔核ですね」

「が、ガイジン?」

「いぼ痔だ。」

「そこの看守笑ってんじゃねぇよ」

「失礼した」

「局所麻酔で治るから、移送をお願いする。これからできますか?」

「病院に連絡します」

「麻酔?どうなるんだ?」

「数時間で終わる部分手術だから、安心して」

「すぐ良くなるのか?」

「術後は一時的に熱が出るかもしれないが、2、3週間すれば良くなる」

「部屋に戻っても笑われるだけだろう…」

「運が良いと思って。痔も馬鹿に出来ない症状ですよ」


その後数名診た後に休憩に入った。

医務室で昼食を済ませた後、運動場が見える渡り廊下に出てみた。


殺伐とした風景が視界に入ってきた。

空を見上げてみると、今朝方よりもどんよりとした薄暗い雲が覆っていた。


収容棟から誰かの大声が耳に入ってきた。新しく収監されてきた者は、この声で威嚇感を体感していく、いわば"歓迎"を受けるらしい。


午後の診察が始まった。中に入ってきた受刑者の顔を見ると数カ所に殴られた傷痕がついていた。何があったのか刑務官の村上に尋ねると、雑居房で他の受刑者と口論になり、看守が体罰をしたと告げてきた。その受刑者は窃盗の常習犯で、重犯罪として収監されてきたとのことだ。


「他に痛むところはありますか?」

「ここが痛い」


彼は胸に手を当てて私を見つめてきた。


「気になることでも?」

「塀の向こうで最愛の人が待っている」

「家族ですか?」

「家族になる人です。彼と一緒になると約束しました」

「仮の話だが、彼に会えるなら何を伝えたいですか?」

「大きな望みはないです。生きていてくれたら幸せです。まずは僕がここで更生しないと認めてくれない。」

「何ごとにもめげずにいてください」

「はい。先生、どうして嫌がらないの?」

「何をですか?」

「僕、男性が好きなんだ。だからこういう話は煙たがられる事が多いのに、どうして聞いてくれたのかなって?」

「貴方も1人の人間であり男だ。自分の意思は一生貫き通していけば良い。」

「ありがとうございます。話せて良かった」

「そろそろ時間だ。廊下に出なさい」


「…愛する人か」

「同情はここではしてはいけません」

「規則でもありますか?」

「原則としては」

「そうか…」


誰にでも愛情を注ぎたい事はある。

受刑者には愛はない。それは嘘だ。

ここを出れば孤独な身にもなりかねない事もあるが、先程の彼のように待ってくれている人たちもいるのだ。


私は僅かでも良いから、私の願いもどこかで届いてほしいと祈りを捧げたくなっていた。


翌週の日曜日、私は妻を外食に誘った。

行きつけだった店が満席だったので、他のレストランへ行くと、いつもより彼女が楽しそうに会話していたのが嬉しかった。


私も世間体で言えばどこにでもいる人間だ。

ささやかな幸せというひと時に、愛おしさを感じるものなのだ。

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