第5話
新しい年が明けて舗道の垣根に獅子頭が咲き並んだ午後。
医大病院の内科診療が終わり医局へ向かうと、他の医師から矯正医官の職務について質問されてきた。
「綾瀬先生も行き来して大変だろ?夜は寝れているか?」
「外科にいた頃よりは大分安眠できるようになった。時間が規則正しくなったおかげで、自宅で過ごす時間も取れるようになったし」
「俺は医官の職務はきついな。それなら病院内で忙しく走り回っている方がいい。」
「猶予や刑罰の軽い彼らも刑務作業はやりがいがあるものだと刑務官から聞いたよ。見込みのあるものは職業訓練も取得できるらしくて。」
「運が良ければ社会復帰できるか…現状は厳しいと思うが、それを受け入れてくれる人や場所があるなら、更生も甘くは見てはいけないか。課題が山積みだな。」
「時間だ。先に行ってる」
医局に1人になり、医官業務の報告書を作成するのに、机に向かった。
バッグの中にあの死刑囚からもらった刺繍の
罪を犯さなければ、まだまだ長く生きれたはず。
細かい縫い糸一つ一つに誰かに思いを伝えたいという気持ちが表れている気がした。
帰宅して夕食後に酒を飲んでいると、妻がグラスを持ってきて、一杯付き合うと言ってきた。
「前よりも目つきが優しくなった気がする」
「オペでしきりなしに動いていた頃よりは少しは余裕があるかな」
「刑務所の人たちには色々言いがかりつけられているんじゃない?」
「いきなり怒鳴りつけられる事もあるが、そこは病院と変わらない。色々な患者がいるように、個性の強い受刑者がいる」
「完全に病院に戻りたくなったら、すぐに言ってよ」
「あと5ヶ月だ。彼らの人間味を垣間見れるのも僅かだしな」
「通常なら関わらなくていい人たちなのよ。1日でも早く戻ってきてほしい」
彼女の切実な願いを聞き入れたいが、私にも最後まで責任を真当しなければならない。
翌週刑務所に出勤して、診察室で支度をしていると刑務官から受刑者の中に軽度の知的障がい者が在籍しており、診察時に独り言を話してくる事があるから、無視して診てほしいと告げてきた。
数名の受刑者を診察した後、先程告げていた者が入ってきた。
椅子に座ると辺りを見回して私の顔を見ると微笑んできた。
「夜は寝れていますか?」
「はい。」
「ここの食事は食べれていますか?」
「まずい。それでも食べろって言うから無理矢理食べている」
「質問したい事、ありますか?」
彼は頭をかきながら独り言を話して私を見てきた。
「お医者さんの仕事は楽しいですか?」
「大変な仕事だ。だが、色々な人と話が出来るところにメリットがある。聞くという事でその患者さんの症状を見れる事もあるからね」
「僕もなれるかな?」
「夢があるのかい?」
「出所したらお父さんとお母さんを楽させたい。だからお医者さんになる」
「そうか。ならば将来的に僕と働けそうだな。楽しみだ」
「先生、そろそろ次の受刑者を…」
「ああ。次回の診察にまた話をしよう。」
「ふふ。ありがとうございます」
「…あまり長話にならないように気をつけてください」
「分かった。それにしても素直そうな青年ですね。」
後から刑務官から聞いた話だが、今の受刑者は両親を殺害した容疑で収監され、出所後の社会復帰は到底難しいと話していた。
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