第3話

矯正医官として刑務所に配属されてから2ヶ月が経った。


当所での勤務は週2回。あとは在籍している病院内での一般内科の外来診療の勤務が週3回。


今まで外科医としていた自分が、僅かばかりかは居場所が変わったような気がしたが、受刑者の声に耳を傾けていくと、更生したいという思いが強い者たちがほとんどだった。


中にも重症患者がいる。病と闘いながら自己と向き合う者もいる。


「次の方を入れてください」

「またあんたか。こないだの先生は?」

「今日は僕が診ます。口を開けて舌を出して…特に問題はない。何か話しておきたい事は?」

「先日からなんだが、腹が痛い。」


その受刑者の下腹部に聴診器を当てると、触るだけでも痛がっていたので、ベッドに寝かせて触診を行なった。

腹部の内側にコブのような浮き出ている物が手に触れた。


「痛っ。乱暴だな。その辺りだ。」

「食後に痛むことは?」

「それはない。寝ている時に痛みやすくトイレに行く事がある」

「横隔膜の下のあたりに腫瘤しゅりゅうができているようだ。明日病院で診てもらうようにして」

「こないだの先生はただの腹痛だって言ってたぞ?あんた大袈裟じゃねぇか?」

「その様子じゃ痛みはずっと続いて、いずれか中の腫瘤が破裂する恐れがある。」

「訳のわかんねぇ事言うなよ。…つぅ、いてて」

「とにかく部屋に戻ったら静かにしていなさい。連れて行ってください。」

「立ちなさい。戻るぞ」


「…先生。何が分かったんですか?」

「腹部大動脈瘤の兆候だ。他の医師は何故気付かないんだ?あのまま放っておいたら、一大事になりかねない」


他の医師たちは何を見ているんだろう。

私と同じように医官として彼らを診察して来ているのに、見逃すというのはどういうことだろうか。


「次の方を」

「中に入りなさい」


別の受刑者が椅子に座り込むと青ざめた表情をしていた。


「熱はないようだ。他に痛むところでもありますか?」


その時だった。突然受刑者は床に頭を下げて嘔吐した。洗面器に出し切るように促し、口元をタオルで拭いてあげた。


「いつから、吐き始めた?」

「1ヶ月前です。ただのストレス発散のためにしている行為だったので、様子はみていましたが…」

「拒食症により精神科の病棟にいて、後にここに移ってきたとカルテに書いてある。自主的に行為を続けると、胃炎以外の臓器も悪化する。何故放っておいた?」

「規則により何も与えていません」

「処方箋が必要だ。…前回飲んでいたものを出すから、服用して様子を見るようにしてください」


「先生…気づいてくれて、ありがとうございます」


「服用については刑務官と相談してからです。先生、後ほど報告します」


その受刑者は涙声を出しながら深く頭を下げて独居房へ戻っていった。


「今の方は何の罪でここへ?」

「無差別殺人の罪で来ました」

「猶予はいつまで?」

「死刑囚なので、あと10日で執行されます。なので、処方箋を出す事を止めていました。」

「とりあえずは服用するように促してください。」

「以前に別の受刑者が誤飲して死亡したケースがあるので、服用は禁じると命じられました」


「そうか。それから…あの者の胸元に何か刺繍の様な花が添えてあった。好きなんですか?」

「ええ。刑務作業として部屋で簡単な洋裁をしています」

「部屋に行く事は可能ですか?」

「それは禁じております。作業室であれば対面は可能ですが…何か気になる事でも?」

「次の診察後に作業室で対面させてください。2、3分ほど話がしたい」

「刑務官と相談してから連絡します」

「お願いします」


彼は私に何かを言いたそうな顔をしていた。

死刑執行前に、今の心境を聞きたくなった。


3日後。午前の診察が終えて、休憩時間を使い工場棟にいる拒食症を持つ受刑者の元へ看守とともに向かった。

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