第2話

※性的な表現とみなす医療用語が含まれています。ご留意ください。


出向初日の8時半。


自家用車で多摩刑務所に到着し、庁舎の出入り口から中へ入ると、市橋所長が出迎えてくれた。

所長室で挨拶をして、刑務官とともに医務課に隣接する診察室に案内された。


中に入ると人が出入り出来ないくらいの小さな窓に鉄格子が設置されている。

従来からある医療器具は揃っているものの、通常の医療機関とは違い、十分な設備は整っているとはいえない。


荷物を置き、白衣を羽織ると刑務官から挨拶された。


「改めまして。刑務官の村上と言います。僕は准看護師の資格がありますので、診察の際、先生から引き継ぎがありましたら何でもおっしゃってください」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

「失礼します。おはようございます。看守の金森です。綾瀬先生、これから受刑者の診察を始めていきます。中に通しても宜しいでしょうか?」

「お願いします」


看守が廊下で待機している受刑者を一人ずつ診察室へ入れていった。


丸刈りの頭に浅葱あさぎ色の衣服をまとう者達が目に入ってきた。

1時間で十数名の受刑者の診察を行い、カルテに手書きで体調の状況を書き込んでいった。


「次の方を入れてください」

「中に入りなさい」

「どうも。…随分若い先生だな。」

「今日からきました、綾瀬と言います。前回の診察で下痢止めが出されたんですね。それからはいかがですか?」

「何であんたに話すんだ?なぁ、前の先生は?」

「医師は交代で来ます。カルテに書いてある通りに診ていきますので…」

「前の先生が良い。言いたくない」

「真面目に答えなさい」

「ちょっと音を聞かせてください。村上さん、服をあげるようにして」

「聴診器?…あぁ、冷めてぇな。何だよ、大した事ないって。」

「心配はなさそうですね。また薬出しておきますか?」

「いや、いらない。まああんた話しやすそうだから。あれから下痢はない。」

「では今回は要らないですね。よろしいですよ」

「何で?」

「はい?」

「何であんちゃんがここに来た?」

「都からの命令だ。」

「ふーん」

「診察は終わりだ。外に出なさい」


「…先生、大丈夫でしたか?」

「心配ない。次の方を入れてください」


ここまでは病院に来る患者と変わりはない。

多少の口の悪い者もいるが、それほど気にすることではなかった。


休憩を取り、午後からの診察が始まった。30名程の受刑者の診察をして、次の者が入ってきた。


「中に入りなさい」

「…」

「どうされました?」

「見てほしいものがある」

「どこですか?」「ん?もうっているな。先生、アソコなんですが下げてもいいですか?」

「はい。」


受刑者が下半身を脱ぐと私の顔に勢いよく尿をかけてきた。


「何している?!」

「ああ、出ちゃった。あはは…」

「尿瓶はありますか?」

「はい。…さぁ、中に出しなさい」

「ここは元気だな。何か気になる事でも?」

「先週からおしっこが出にくい。」

「ゴム手袋とライトを…先が赤くなっているな。普段からこするくせでもありますか?」

「いや、ない」

「あの先生。顔に白い物がついてますよ」


頬を触ると白濁した分泌物がついていた。

精液だ。赤い何かが混じっていた。


「シャーレはありますか?」

「…こちらです」

「最近トイレで用を足す時、血が混ざってる事はありますか?」

「時々。痛くはない」

「この方を泌尿器科の病院に移送できますか?」

「症状でも?」

「尿管か精嚢せいのうから血が出ている。前立腺炎か結石の可能性がある。できるだけ急いでほしい」

「分かりました」

「…後程別の病院で詳しく検査しましょう。それまで安静にしていてください」

「はい」


その受刑者は一礼をして廊下へ出ていった。


汚れた顔を薄めた消毒液を含ませたガーゼで拭いた。

それから十数名の診察が終えると初日の勤務は終了した。

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