第1話 或る夜汽車と英雄の訪問者
───PM18:00
───只今より、この列車は夜汽車へと移行いたします。次の停車はAM9:00、停車駅は伏見。朝食は8:00になります。是非お寛ぎください。
そんな放送が流れてやっと部屋の椅子に腰を下ろす。あの海女崖、ロスタから列車が通るこの
この夜汽車は寝台列車でもあり、観光列車でもある。また特急列車になっていて主要駅にしか停まらない。本当にこの列車は特殊で、廃棄寸前の番外付近を外回りして、回り終えると真っ直ぐに首都レムエルに向かうという列車だ。なので主要駅と言ってもほぼ人のいない駅に止まる変な列車だ。
使われていない高級列車とも言われている。
高級列車と言うように、内装は豪華でサービスも豊富だ。
特に今俺たちが居るこの一室も列車の中とは思えない内装で広さがある。
まあスイートルームを使っていると言うのもあるが、にしても赤と黒を基調としたこの見た目は全体的に高級感が漂っている。
ただ一つ文句がある。この個室はベットが一つしかないのだ。
阿良夜が持つ墜悼者協会の権力者だけに所持を許された黒切符を持ってしてもベット二つの部屋が取れないなんて墜悼者協会には失望した。阿良夜にもだ。
それにこいつは良い家の出のくせにこの列車のスイートルームの一つや二つ部屋をとる事なんてなんてことないはずなのに。
「をい、何でもう一室とってくれないんだ。お前の地位なら楽々だろ」
俺は阿良夜を睨みながら嫌みたらしく言った。
「黒切符は一つにつき一人だ。持っていない景が悪いんだ。むしろ俺の個室に入れてやったんだから感謝される覚えはあっても文句を言われる筋合いはない」
黒切符とは墜悼者協会に所属している人のみに与えられたどこまでも行ける、いつでも優先される切符である。
「俺はお前を聖人君子だと思っていたのに、こんな意地悪をする奴だったなんてな。絶対に
「……別に言えば良い。地位があるからと言って力を無差別に振りかざしていい訳ではないし、今は本当にお金を持っていないんだ」
「……別にいいけど、お前はソファだからな」
「当たり前のことを言うな。だから今すぐにでもベットで休んでいろ」
は?、と口に出す前に両脇に手を入れられて気付けばロフトのベットに座らされていた。
「なっ、何やってんだ一人で歩けるっつの!」
「嘘をつくな、足を痛めているだろう。力も使っているみたいだし、今日は夜ご飯の時間になるまでは義足を外して休んでいろ」
阿良夜は有無を言わさずズボンの裾を上げて、俺の両足の義足を丁寧に外し始める。前まで見慣れた光景だったが、1年ぶりだと少し違和感がある。
この義足は特別製で阿良夜の兄である阿澄兄さんが作ったものだ。従来のものとは性能も見た目も違っている。
この義足は魔力を含んだ金属で出来ていて、所謂魔道具と言うやつだ。従来だとまず魔道具ではなく、魔力がなくても使えるのが流通している。当たり前だが一定の魔力量が無いと魔道具が使えないからだ。
だが昨今では魔力の消費量を大幅に軽減し、魔道具を誰でも使えるようになってきている。魔力がなくても使える魔道具さえできているほどだ。俺にはそちらの方面に知識があまり多く無いので詳しくはわからないのだが。
それらを差し置いても俺の義足はどちらにも含まれない点があるのだ。
「それはわかったけど。そろそろ阿澄兄さんに整備してもらわないといけない。阿澄兄さんには本家にいるのか? この神の遺物入りの義足は阿澄兄さんにしか直せないからな」
そう、これは魔道具であり神の遺物が入った訳わからんほどの価値がある義足だったりするのだ。
「ああ、兄さんも景の義足の事を心配していたからな。音信不通で何も言わずに一年だ。一年も景の義足を見れないのは心配だから定期的に帰ってこいと兄さんからの伝言だ。兄さんは魔法学園の試験と入学に合わせて家に戻ってきているから問題はない」
「景の義足」と言う言葉をわざと阿良夜は強調した。
「本当に今日は意地悪だな。そんな奴だったなんて俺は知らなかった」
「話を逸らすな。墜悼者協会を抜けて一年間何をしていたんだ? しっかりと説明してもらおう」
そう言うと阿良夜はベットの横に置かれた一人用のソファに座った。
俺は義足を外されてから、とてもふかふかなベットの背もたれに背を預けロフトから見える景色を眺める。一階部分はとても列車とは思えないほど綺麗な作りで、列車の窓は床から天井までガラス張りと言う開放感溢れる作りだ。勿論外からは中は見えない。景色を楽しむには最適である。
ロフトも、ここが列車の中だと忘れるほど広くてすごしやすい。
「……ただこの列車から見える景色みたいに、綺麗なところを一年間旅してただけだ。ずっとあんな息の詰まる墜悼者協会にいる奴は頭がおかしいんだ」
お前を含めてな、そうため息混じりにいった。
「砂漠に花畑があった、なんて言う噂ががここまで届いている。……多くは聞かないが、そんなに急ぐ必要はないんじゃないか? 3日後は魔法学園ウラノスの入試だ。景はどうせ協会に呼ばれているんだろう?」
魔法学園ウラノスとは、墜悼者協会のもう一つの素顔であり、墜悼者を生み出し魔法の扱いを教える場所だ。
俺は一年前までそこで暮らしていた。
「あと、帰って来れば神器をやるって
景は背を預けていた壁から離れて、勢い良く前のめりになった。
理由は簡単で、神器なんて普通貰えるものではないし、まず持っている人に人生で一度会えたら幸運なものだからだ。それをくれると言う話を聞いて景は興奮を抑えきれなかった。
「っっっんとにか? あの且座理が? ……やばい、どうする。嬉しい……」
景は勢いのまま喋るあまりに、言葉がおかしくなっている。
「三番隊隊長様は相当景を気に入っているようだな」
「は? 且座理が俺を気に入ってる? な訳ないだろ。あいつとの出会いは最悪だったんだ。……阿良夜が一番知ってるだろうが」
「まあ、そんな事はどうでもいい。学園についての話だ。どうせ景は入試なしの特待生枠に入っているんだろう? そうでもしなきゃ景が帰ってこないと本気で協会の人たちは思っている」
無表情でそう言いながら、阿良夜は俺の両義足を丁寧に磨いている。
「……別に俺だってそんな事なくても学校くらいは行く。そうでなきゃ、まあ、色々とアレだからな」
言葉をあやふやに誤魔化して阿良夜の方を覗き見る。するとこっちをじっと見つめている目と目があった。
「……部屋は用意してある。隊長たち自ら、景専用の部屋を学園の寮に入れていた。勿論
何も特別な事などないと言うような顔で相当すごい事を言った。
「いや、なんでそんな事になってるんだよ。てか寮の話なんて今初めて聞い」
聞いたぞ、と言い終わる前にバリンッ! と言うガラスが割れるような音とドスッと何かが落ちる鈍い音がした。
「……右隣か? 何か危ない匂いがするなあ、阿良夜?」
景は面白そうに微笑んで阿良夜を見ると、丁寧に磨き終わった義足を即座に着け、その足で階段を勢いよく下った。
「景」
それを良しとしないように少し尖った声で阿良夜が景を呼ぶ。それは珍しい事で、景は肩をびくつかせた。
だが扉の前まで行くと「早く来いよ」と、平然と言った。
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景と阿良夜は隣の部屋に早足で進む。すると初めに目にしたのは、戸がなくなったドアだった。
そこで2人は足を止めて、顔を
割れた窓ガラスと地面に落ちて割れたコップ。窓と対面の壁には項垂れて血だらけのメガネの青年が倒れていた。胸には握り拳ほどの大きな穴が空いている。
「あー、これは完全にやってるな」
「不謹慎な事を言うな。どうするつもりだ?」
「どうもこうもあるか。この事件に気付いてるのは俺らだけ。なら見なかったふり、知らなかったふりを決め込むに決まっているだろ。早く戻って、そこに倒れてる奴の話を聞いてやろうじゃないか。阿良夜くん」
悪そうな笑顔でそう言って、2人は入って早々に部屋を後にした。
ただ部屋の窓辺にある花瓶には、割れたガラスに似合わず三本のポピーの花が燦然と飾ってあるのだった。
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