第十話 誤解

「桃華さん。俺の家の金魚すんげぇデカっくなってて」

「……ああ、そう」


「金魚の水槽の清掃やってたら時間食っちゃって。俺はこうして桃華さんと歩けるのとても楽しいッスよ」

「ああ、風下と出れて、私も楽しいよ」

「マジっスか? 俺。めちゃ嬉しい!」


 桃華は琉花の金魚を想像していた。琉花の家の金魚は鯉のようにデカいのだろうか。


「桃華さん、言いたいことがあって。俺とその、」

「ん?」


「俺。実は桃華さんのことが──「琉花? こんなところで何してるの?」

 琉花の知り合いが現れた。篠田という、男性だ。琉花は言葉が喉の奥に引っかかる感じが見受けられる。


「篠田さん?」

「隣りにいる、その子は? 琉花の女友達? 随分綺麗な子だね」


「……桃華さんは俺の友達ではないッス」

「へー。そうなの?」

 篠田はそう続ける。桃華は顔を俯いた。


「……風下。私、そろそろ帰るわ」

「ちょ、ちょっと! 桃華さん! 待ってくださいよ!」


 桃華は思う。琉花は高校の男友達で唯一優しく接してくれた男子だ。その琉花に桃華は友達ではないと言われてショックだった。桃華は目に涙が浮かんできた。桃華が振り返ると琉花は焦った表情だ。夏祭りの灯りが琉花の顔を写し出す。


「桃華さん!」

「風下?」


「……俺は桃華さんを傷つけるつもりはなく」

「風下。それで良いんだよ。私も期待していた訳では無いから」


「……桃華さん」


「風下。今日は色々ありがとう。私はとても楽しかったよ」

 桃華は琉花に小さく手を振る。桃華は落胆していた。


「……そうッスか」


 ◇◇◇


「悠木?」

「ああ、沖田くん? 今日はどうしたの?」


 かえでは、屋台で焼き鳥を食べていた。かえでの友人も数人居た。


「かえで。この人は?」

「沖田くんは高校のクラスメイトだよ」


「かえでは、こんな変人とクラスメイトなの?」

 友人の一人が晴人をからかう。


「普通、破面ライダーのスーツ着て花火大会に来る?」

 かえでの友人は晴人をわらった。晴人はこの場は少々居づらそうだ。


「……そ、そんなことは……」

 かえではそう言うと目をウロウロさせた。晴人は沈黙を破る。


「俺はこのスーツが好きで着てるんだ。悠木のためではない。俺のためだ」


「え?」

 かえでの友人は晴人の発言に目を丸くした。あの、弱腰の晴人は言い返したのだ。


「悠木。今日はかわいいっていうより綺麗だな!」


 かえでは赤面した。


 ◇◇◇


「龍之介くん、見て見て! 山の方から打上花火があがるよ!」


「……ああ、綺麗だな」


「龍之介くんとこれて嬉しい! ありがとうー!」

 夏祭りでまりあはとても嬉しそうだ。まりあは、のり塩味のフライドポテトを食べていた。お菓子にぱくつく。龍之介はまりあに手を重ねた。まりあは嬉しそうだ。


「おいしいね」


「その姿は桜井?」

 逆ナンの女子集団が龍之介の周りを取り囲む。歳は恐らく龍之介より三つ上くらいだろう。

「水門大学附属高校にめっちゃすごいイケメンがいるってさ。やっぱり、噂通りに格好良いなぁ〜」

「今日は、うちらとカラオケに行かない?」


「え? この子達は龍之介くんのお友達?」

 まりあは心配してる。

「違う」

「……その子は? 同じ高校の同級生?」


「へぇ~。この子はまぁまぁ、かわいい子だね」

「はぁ? まりあはお前達より、数段、綺麗だよ」


「ヤバい! ヤバい! その女子に夢中じゃんー!」


「ねぇねぇ。今度うちらとカラオケに行かない?」


「……お、おい! あんた!」

「龍之介くん、なんだかお邪魔しちゃってごめんね」

 まりあは帰ろうとしていた。龍之介は止めに入る。

「あんた! そんなことはねぇ。気にするな」


「大丈夫だよー」

「……」


「まりあ? どこ行くんだよ!」

 まりあは視界がぼやけることに気づく。コンタクトレンズを落としてしまった。


「あ、コンタクト……」


 極度の近視なので前がおぼろげながらしか見えない。河川の橋の上で見ていた。ふらっとよろけた。


「まりあ! 危ない!」


 龍之介は人混みをかき分けた。まりあは浴衣姿のままボトンと落ちた。龍之介は川に入る。まりあは溺れている。龍之介はまりあの身体を引き上げた。川の淵で龍之介はまりあを見た。まりあは河川の水を飲んでしまってケホケホと咳をしている。


「大丈夫か? まりあ?」

「女の子が河川に落ちた! 誰か! 救急車呼んで!」


 まりあは息をしていない。龍之介は人工呼吸をした。まりあを横抱きにする。救急車で運ばれた。不良の女の子達は逃げようとする。


「うちらマジやばくね?」

「ちょっと逆ナンやりすぎたかな?」

 すると誰かが不良グループの女子の手首を掴んだ。


「君たち、翠逸すいーつ学園大学の学生だろ。大学にこのことを報告するぞ」

「え? やめてよ!」

 長身痩躯の眼鏡をかけた、黒髪の端正な顔立ちをした、青年が女子グループのリーダー格に脅しをかけた。


「ま、まりあ!」

「桃華さん! 駄目っスよ!」


 桃華が駆けつけた。琉花に抱きつき、泣き始めた。


「桃華さん! 冷静になってください!」

「風下! まりあは大丈夫なの?」


「望月さんは、きっと大丈夫っスよ」


「こんばんちは! お礼をするッス! 青年! 名前は?」


「ああ、俺は五月女さおとめと申します」

「五月女さん?」


「……五月女? その苗字どこかで聞いたことがあるような」

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