第八話 はじまり
夏休みの夜、風呂上がりの龍之介は髪をドライヤーで乾かしている、すると珍しく、奈津子から声をかけられる。
「龍之介。あんた彼女できたの? 良かったじゃない!」
「はぁ? お袋。間の抜けたことを言うんじゃねぇ。彼女なんて出来てるわけねぇだろう?」
「あんたみたいな神経質な息子に恋しいと思ってくれる人いるのね!」
「お袋。何言ってるんだよ」
「いま、あの子から電話来たのよ〜! 確か望月まりあちゃんって子かしら? 人懐っこい感じの? 声を聞いたら、結構かわいい子じゃない!」
「というか。お袋。俺の電話に勝手に出るんじゃねぇよ……」
「あんた、まりあちゃんに恋してんの?」
「あ? んなこと関係ねぇだろう?」
「言ったのよ。龍之介はいまお風呂に入っていますって。まりあちゃん、今度、
「お袋。余計なことを……。ってか俺のいないときに勝手に決めるんじゃねえよ……」
◇◇◇
「まりあ?」
「あっ、お父さん? どうしたのかな?」
「まりあのお友達が拡声器を使ってるぞ!」
「……え?」
「まりあさーん!」
その男性は、拡声器を使って、大声をかけてきた。
「俺はまりあさんが好きだー!」
通行人がジロジロと見ている。
「俺はまりあさんが好きだー!」
「あっ、拡声器で言われても、……困っちゃうな」
「まりあさーん! 俺と付き合ってくださーい! まりあさんは、俺が世界で一番好きな女性だー!」
「藤谷くん? 何してるのかな?」
「まりあさーん! 愛してる!」
まりあは脳内に疑問符を浮かべる。育三郎はまりあが幼稚園児のときに仲良くしてくれた人だった。藤谷育三郎は、かわいい系の整った顔立ちだ。確か、クラスの揉め事が起きたとき、とても心配してくれた人だった。
「まりあさーん!」
「何事かな? 何かな?」
「いつでも良いー! 俺とデートしてほしいんだー!」
「まりあさんが好きだー!」
「そのお友達はまりあに好意を持ってくれてるのかな?」
雅之は言う。
「まりあさーん!」
警官の人が職務質問をした。
「まりあさーん! 愛してる!」
育三郎は警官の人に連れて行かれてしまった。
まりあは寝室でテレビを見ていた。寝室は天蓋付きで、可愛らしい北欧雑貨が置いてある。ヨーチュウブを見ていたら、綺麗な女性が浴衣姿に似合う、メイク動画をアップしていた。
(そう言えば、わたしは七五三以来、メイクなんてしたことないなぁ)
まりあは友人の桃華に聞けば解る。教えてくれるだろうが、まりあはそんなにメイク自体に興味を示さなかった。
(メイクかー)
まりあはメイクしたら、友人の桃華に見せようかな、とも思った。すると、龍之介の姿が浮かぶ。まりあがメイクした姿を龍之介に見せたらどう思うのだろうか。褒めてくれるのだろうか。
メイクしたら、と思っても、どうしたら良いんだろう。龍之介は、どんな顔をするだろう。複雑だ。
(龍之介くんは好きな子がいるって言ってたなぁ)
まりあは龍之介の好きな子かぁ。蘇枋葉月ではないなぁ、と思っていた。
(……浴衣着るときはメイクしてみようかな)
龍之介の好きな子はきっと可愛いんだろうな、とまりあは思った。まりあはカレンダーを見た。夏祭りと書いてあった。
「明後日か」
ジュエリーボックスを見ると龍之介から頂いたイヤリングが置いてある。イヤリングを付けたら龍之介は喜ぶか。
(花火大会、すごく楽しみだ)
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