第二篇 波乱の夏休み

第七話 花咲く恋心

 龍之介は新しく仕入れた、ヴォルテールの寛容論かんようろんを読んでる。担任が結城から、浅川に変わる。結城は転勤になったと言っていたが本当はチャックが全開だったから解雇されたのではないか、と噂をされていた。朝のホームルームだ。黒板にチョークで浅川と書く。浅川礼二は老若男女問わず、生徒諸君から人気のある教師だ。校長からも、他の先生からも信頼が厚い。浅川は、主に国語総合が得意分野だ。


「龍之介。何読んでるんだ?」

「……は? あんたには関係ねぇだろ」


「俺にあんたとは何だ? 言葉遣いがなってない。本を仕舞いなさい。いまはホームルームだ」


「……はーい」


「ホームルーム終わるね。浅川さん間近で見ると本当に格好良いよね〜」

 とクラスの女子が噂をしていた。その中で、高くて綺麗な声の女子生徒が、こう寝言をはじめた。


「ステーキ屋さんで美味しいたこ焼き食べたいです。お願いいたします」

 とまりあは机に突っ伏して寝言を言っていた。クラス中、失笑していた。


「望月さん、面白いことを言うな……。俺と補習になりたいか?」


 浅川は、まりあを起こす。


「あっ、浅川先生。おはようございます。寝てました」

 とまりあは、とぼけた顔で起きた。桃華は口に手を当て肩を震わせる。


「やっとお目覚めか。正直でよろしい。望月さん、おはよう」

 浅川は話す。


「二人は、補習組だな」

 浅川はそう言い、浅川はまりあと龍之介に補習リストに丸をつけた。


「龍さん。マジ、ナイスッスよ」

「まぁな」


「晴人、鼻提灯つけて寝てるぞ。起きろ。起きないと先公に叱られるぞ」


「お袋とゲーセン行きたい」

 頬杖をついてこっくりこっくりと寝ている。


「……晴人、重症だな」


「……あーあ。俺はお前らみたいな幼稚園児の面倒見ないといけねぇのか。ごちゃごちゃ、うるせえんだよ。静かにしろ」

 浅川は笑顔で言う。

 龍之介達はだんまりを決め込む。浅川は自己紹介をした。生徒から慕われるような印象の良い先生だ。


 ◇◇◇


 日が落ちて、ホームルームが終わる。

 浅川は、黒板にチョークで今日から夏休みと書いた。


「夏休みだ。各自問題を起こさないようにな」


「夏休みだー。まりあー。夏休みになったよー。次はどこの飯屋に行く?」


 桃華はまりあの背中を人差し指でツンツンとした。まりあはふふっと微笑んだ。


「ファミレスかなぁ」

 まりあは答えた。


「龍之介と望月さんは、夏休み、ホームルームを補習する」

「え? ……ファミレス、行きたかったのに」


「二日間、俺と挨拶するだけだから安心しろ」


「龍之介。お前もだ」

「まぁ」


「まぁ、二人で仲良く来るんだぞー」

「はい!」

「はい」


 帰り道でまりあは龍之介を見遣った。龍之介は相変わらず美形だ。


「桜井くんいつもお世話になってるからお礼があるんだ」

 まりあは鞄からゴソゴソと取り出した。


「はい。いつもありがとう!」

「……招き猫の置物?」

「うふふ〜! いつもプレゼントして貰いっぱなしだったからなにか桜井くんが喜ぶ顔が見たかったんだ」


「俺に? いいのか? ありがとう」

「そうだよー」


「……あんた本当にお人好しだよな」

「そう言われるのは分かってるよ〜!」


「龍之介くん」

「な、なんだよ?」


「恋しい人とはうまく言ってるの?」

「まぁな」


「良かった! 恋しい人ができたんだねー」

「じゃあ、あんたは? なにか気になるやつでもいるのか?」

 龍之介は嬉しそうだ。


「え? 特にいないよー」

 まりあの正直な回答に龍之介はガックリと肩を落とした。


「あんた。星が綺麗ですね。雨、やみませんね」

「え? 確かに綺麗かな? ……雨、降ってるのかな?」


「……意味くらい自分で調べろよ」

 まりあは瞬きして、とぼけた表情だ。まりあはふふっと微笑んだ。


「うん!」

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