第二話 耳飾り

 龍之介は三角巾を被り、エプロンをして眼の前の料理に集中していた。


「唐揚げが綺麗に揚がったな」

「龍之介、あんた彼女出来たの?」

「うるせーよ。お袋。つまんないことにごちゃごちゃ口を挟むんじゃねぇよ」

「彼女居るの?」


「あ? んなこと、お袋には関係無いだろうが」

 菜津子は龍之介にとてもよく似た端正な顔立ちだ。菜津子は典型的な博多美人だ。龍之介は母譲りの顔立ちだ。


 菜津子は龍之介のことを放任している。


「あんた女の子と会ったりしてるの久しぶりじゃない! 神経質なあんたが女の子に興味示すの、幼稚園以来だわ!」


「彼氏。ルイバトンのバッグをわたしに買ってくれるのよ〜」


「しつけーな! 俺に構ってないで早く彼氏のところへ行けよ!」


「龍之介。行ってくるわね!」


「……はーい」

 龍之介は返答した。

 龍之介は中学生の頃から家事洗濯掃除をしていた。龍之介の趣味は料理と朝風呂、温泉巡りだ。自分の弁当とまりあの弁当を作っていた。


 龍之介が見るに、今日のまりあ用に作ったお弁当は彩り豊か。まりあの今日のお弁当は料理人が作ったような豪勢なお弁当だ。龍之介は重箱を風呂敷で包んだ。龍之介の部屋には新十郎と一緒に撮った写真や、表彰状が飾られていた。龍之介は会えない新十郎に思いを馳せる。


(俺は結局、親父に謝れなかったな)


 龍之介は自宅の鍵を閉め、登校する。初夏の季節で汗ばむ。軽装な制服姿。手でダークブルーのネクタイを緩めた。龍之介の部活は剣道部だ。防具袋を肩にかけた。あくまでも幽霊部員だが。龍之介は琉花と合流した。風下琉花はひょろっとした黒髪ショートだ。琉花と談笑を交えた。琉花は恋の話題となった。琉花は桶川おけがわ桃華ももかと言うクラスメイトが好きらしい。龍之介は琉花の話によく頷き、話を逸らすだけだ。今日は太陽が照りつける日。龍之介はあまりにも暑いので自販機でコーラを買った。コーラを飲む姿は相変わらず、様になる。龍之介の所作は隙がなく、誰もが圧倒される。だが、今日は龍之介の様子がいつもとは違う。


「あっ、望月さんですね!」

「……ああ、そうか」

 龍之介はまりあをつい目で追ってしまう。それを見た琉花はこう尋ねる。

「龍さん。望月さんに恋でもしてるんスか?」

 龍之介は思わず、コーラを吹き出した。


「……何言ってんだよ。んな訳ねぇだろう」

 と龍之介は不機嫌そうだ。琉花はこう話す。


「俺には分かるッスよ。望月さんはかなり器量の良い人ッスよ〜。俺には絶世の美女の桶川さんがいますけど。龍さんは望月さんを愛しい人を見る目つきッスよ。龍さんも早く自分の恋心に気づいてくださいよ〜!」


「望月〜!」

 龍之介はまりあが男子生徒に話しかけられると心臓が早鐘を打つ。


「望月〜! 昨日のDVDめちゃめちゃ面白かったぞ〜!」

「うふふ。それは良かったー!」

 まりあは男子生徒に無垢な笑みを浮かべた。すると龍之介は思った。


(……アイツの笑顔が俺だけに向けられれば良いのに)


「その姿は風下くん? おはよー」

 まりあは琉花に挨拶した。

 まりあは龍之介に手を振って微笑み、駆けてきた。まりあは、セミロングの、豊かな黒髪を揺らした。顔が小さい。肌はすっと消えそうな真っ白な肌。大きい目に黒目がちで、鼻筋がスーッと通った顔立ち。薄く形の良い唇。身体は小柄で華奢。要するにまりあは、可憐な美少女だ。琉花はまりあに挨拶した。


「望月さん! おはようございます! 今日も相変わらず、明るいッスね!」

 琉花は言う。


「ありがとー!」

 まりあは答えた。

 まりあは龍之介の顔を覗く。龍之介は赤面して顔を逸した。

「桜井くんおはよー」

「あ? おはよ」

 龍之介はまりあにつっけんどんに答える。


「俺。先に晴人はるとと合流してますね〜!」

 晴人は向こうに居る。琉花は駆けて、合流した。


「な、なんだよ。またあんたか」

「うふふ。なんだか急に桜井くんと話したくなったんだ」


「はい。あんたの弁当」

「嬉しい! ありがとー!」


「美味しそーだね」


「……あんたから良い匂いがする」

「え?」


「あんたの髪から良い匂いもする」


「ボディクリームとヘアオイルの香りかな?」


「……ボディクリーム? ヘアオイル? 意味わかんねぇ」

 龍之介は答える。まりあは髪を耳にかけた。


「……なんであんたはここにいるんだよ」

「それはわたしが桜井くんと居たいからだよ」


 校門には生徒指導主任の生田が鋭い眼光で睨んだ。


「校門に入らぬ! 悪い子はいねぇーか!」

 生田は怒号をあげる、黒髪短髪の厳つい顔立ちのなまはげというあだ名をつけられた先生が竹刀を持った。


「あんた早くはいらねぇと叱られるぞ!」

「え?」


 龍之介はまりあの手首を掴んで、駆ける。校門をくぐり抜けた。息が切れているまりあ。体力がある龍之介。


「ありがとー!」

 まりあは花のように微笑む。少し気まずい。龍之介には朝練がある。


 ◇◇◇


「まりあ、おはよう!」

「桃華ちゃん、おはよー!」

 友人の桃華はまりあに笑みを浮かべる。桃華は化粧がバッチリだ。


「一限目は国語か。昼飯は購買部で買うかー」

「わたしなら、お弁当あるよー」

「親父さんが作ったの?」


「ううん。桜井くんが作ったんだよー」

「え? まりあ、大丈夫なの? 桜井と付き合ってるの?」

「付き合ってはいないよー」

「桜井くんのご厚意で作ってくれたんだよ」


 教室につくと龍之介は朝練帰りで本を読んでいた。


「桜井くんの隣に腰掛けるね」

「……はーい」

 龍之介はぶっきらぼうに答えた。

 まりあと龍之介は隣の席だ。まりあは思う。龍之介と友達だ。幾ら、素行が悪くても、龍之介は悪い人ではない。午前中の授業は終わる。お昼の時間となる。藍沢あいざわがまりあの弁当を覗き込む。


「望月は親父さんが料理人か?」

 藍沢あいざわけんはまりあに質問する。晴人もお弁当箱を覗き込む。

「望月のお弁当、めちゃ美味そう!」

 晴人はまりあに聞いた。


「これ、誰が作ったの?」

「桜井くんだよ!」

 まりあは答える。


「……このどこからどう見ても美味そうな料理。あんな素行の悪いやつが作ったのか?」


「藍沢! 龍之介に、そんなことは言うなよ」

「失敬」


 藍沢は眼鏡をくいっとあげた。まりあは龍之介のお弁当を食す。


「じゃあ、いただきます!」


「うふふ。とても美味しい!」


「……あんた。弁当は、美味いか?」

「うん!」

 龍之介は気恥ずかしい様子だ。


「あんたは部活動してるのか?」

 龍之介は尋ねる。まりあはこう答えた。


「え? してないよ」


「龍之介くんは剣道部?」

「まぁな」


 まりあは購買部で買った、カルピコウォーターを飲んだ。


「あんたはカルピコ好きなのか?」

「そうだよー」


「……そうか」


「夏休みになったら、お祭りに行きたいなー」

「あ? お祭り?」

「出来ればまりあって呼んでほしいな。桃華ちゃんもまりあって呼んでるからね」


「あんた……。いや、違う。まりあか」

「美味しいよー!」


「……そりゃ、良かった」


「俺、ちょっと思ったんだけど龍之介と望月さんは付き合ってるの?」

 晴人は聞いた。まりあは照れてる。


「そんなことはないよ」


 まりあは照れくさそうだが、龍之介は満更でもないといった様子だ。


「まりあ、しっかり食えよ」

 龍之介はまりあを真剣な目で見る。

 昼は終わる。それから授業中になり、そして放課後となる。


「まりあー。今日家の手伝いがあるから、一緒にファミレス行けないんだー。ごめん」

「桃華ちゃん? いいよー。今日はひとりで帰ろうかな」


 悠木ゆうきかえでは、羨望の眼差しだ。

 まりあは、ペンケースをしまい、通学鞄を肩にかける。


「望月さん! 龍之介が呼んでるぞ」

 晴人が呼んだ。龍之介は憂いを含めた表情だ。


「あ、まりあ?」

「桜井くん、わたしを呼んだけれど、どうしたのかな?」


「今日は俺と一緒に帰らないか?」

「いいよ!」


 琉花と晴人はニヤニヤしていた。琉花は晴人に二人きりにしてやってくださいよ、とヒソヒソ声だ。


「……今日は日差しが強いね」

「そうだな」

「あっ、ありがとう!」


「桜井くんはモデルになれそうな顔だね」

「……モデル? 確かに俺はスカウトされたことはあるけど興味ねぇな」


「うん、桜井くんはスラッと背が高いし、整った顔立ちだもんね」


「俺に当てはまるか分からねぇけど、あんたは少なくともそうじゃねぇの? 顔綺麗だよな」


「あっ、ありがとう!」


 ギュッ。


「お腹空いちゃったかな?」


「……ラーメン好きか?」


「うん!」

「分かった。俺とラーメン屋行くか?」


「おお! 美味しそー!」

「ラーメンが美味いな」


 二人はラーメンを食べた。まりあが味噌ラーメンで龍之介はしょうゆラーメンだ。


「いただきます!」


「……いただきます」


「美味しー!」

「そりゃ、良かった」


 まりあは、ほっぺたが落ちる。ラーメンを啜る。美味しそうに食べる。


「美味いか?」

「うん!」


 ラーメンを完食し、割り勘で会計が終わる。二人は帰路につく。龍之介はまりあを愛おしい目で見る。


「ん?」


「……別に。何でもない」

 龍之介は言う。

 まりあは龍之介の顔立ちを見ると西洋の甘いマスクのモデルのような顔立ちだ。まりあは素直に龍之介の顔を覗き込み、ふふっと微笑みながら話す。


「桜井くんは、甘いマスクだね」


「……は? 俺が? そんな訳ねぇだろう。あんたの方じゃねぇの?」


「それは褒め言葉? そうとって良いのかな?」

 龍之介の頬の血色が良くなる。

「ああ、」

 龍之介は照れくさい感じだ。まりあはふふっと笑った。


「うふふ。それはとても嬉しいな。ありがとう」


「まぁな」


 水門大学付属高校の最寄り駅。花宮駅に近づいた。まりあはここで別れるのかな、と思いきや、龍之介から突然このお店に行かないか、と言われ連れられた。


「あんたは、これ似合うじゃねぇの?」

「……?」


 龍之介が店頭を見渡した。龍之介が手に取ったのはイヤリング。二人が在籍する高校は比較的、校則がゆるい。まりあは普段は髪を下ろしている。先端に花の飾りがついてる、垂れたイヤリング。これは、どうだという感じだ。


「あっ、ありがとう!」

「……俺はあんたに、これくらいしかやれねぇけど」


「じゃあ、」

 まりあは、自分の鞄からお財布を取り出そうとした。すると龍之介はそれをもう買ってくれた。しかも包装まで店員に頼んでいる。


「はい。あんたのイヤリング」

 龍之介はまりあにプレゼントを渡した。

「あっ、ありがとう!」


「まぁな」


「じゃあ!ここから別れるのかな?」


「ああ、」


 まりあは手を思いっきり振った。

「またあした!」


「ああ、またな」

 龍之介は手を振った。帰路につく。

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