焦り

 ミツキが三途の川に戻って来たとき、既に船着場に那津の姿はなかった。岸に船が止まっているので、少なくとも渡し守の仕事中でないことは分かる。

 仕方なくミツキは、鹿島と三島がいるであろう小屋の様子を伺う。すると、声をかける前に中にいた鹿島に気づかれてしまった。


「あぁら、ミツキ様、いくら誘ってもいらしてくださらなかったのに、どういう風の吹き回しかしら」

「謝罪だ……さっきは、すまなかった。こちらの落ち度なのに、八つ当たりだった」

 ミツキは素直に頭を下げる。そんな珍しいミツキの姿に鹿島は体を後ろに引いて大げさに驚いた。

「え、びっくりした、ミツキ様ってそんな、可愛げのある人だったっけ」

「……鹿島、五月蝿い。三島、あいつ……那津は」

 ミツキは鹿島を無視して、三島に声をかける。三島は、土間の向こうで柱に背をあずけ本を読んでいた。

「なっちゃんは、もういないよ」

「そうか……邪魔をしたな」

 ミツキは、そのまま踵を返そうとするが、鹿島に肩を掴まれて引き止められる。

「まってまって、今、那津くんの家に行ってもいないわよ。泰広庁だから」

 ミツキは鹿島の言葉に固まった。他でもない自分が転生しろと言ったから、そのまま裁判の申請に向かったのだと思った。

 それで良いと分かっているのに、突然の別れに戸惑いを隠せない。

「あー違う違う! てか、ミツキ様なんて顔してんのよ。心配しなくても、あの子はミツキ様に何も言わずに逝ったりしないわよ。書類届けに行ってるだけ」

「……そんなの、わからないだろう」

「本当、ミツキ様、那津くんのこと好きなのねー分かりやっす。ま、少なくともこの時間から裁判はしないから大丈夫よ。ねぇ三島」

「そうだね。この時間だったら、続きは明日」

 那津がどんな選択をしたとしても、裁判が明日の朝なら、まだ謝る時間はありそうだった。

「あーそうだ。ミツキ様」

「なんだ?」

「あの子に仕事帰り遊んでおいでーって街を教えておいたわ」

「は? 街」

「そ、花街。結構興味あるみたいだったし、そうねぇ、今頃、お使いも終わって、遊んでるんじゃないかしら?」

「那津が……女を買うのか」

 ミツキは、那津が女を買うという状況がどうしても想像できなかった。けれど、那津に性の手ほどきをしたのは自分だ。

 ミツキから見れば、うぶで何も知らない、ぽやぽやしている男だが、年頃の男なのだから、興味を持ったっておかしくはない。

 おかしくないが、モヤモヤした。

「で、どうするのぉ? ミツキ様、早く行かないと、綺麗なお姉さんと那津くんが、お楽しみ、かもしれないわよ」

「……ッ」

 ミツキは舌打ちして鹿島を睨み付けると、羽を翻して空へと飛んでいく。

 鹿島はミツキの姿が見えなくなると、その場で笑い転げた。

「あー最高! からかい甲斐があって、いいわーせっかく来たんだから、ゆっくりしていけばいいのにねぇ、三島」

「鹿島、悪趣味だよ」

「那津くんを虐めたんだから、ちょっとした仕返しよ」

「はぁ……なっちゃん、何もなければいいけど」

「なんで那津くんに何かあるのよ」

 鹿島は首を傾げた。

「だって、普通、好きな人が、他の人といいことしてたら、修羅場だよ」

「……それは、考えてなかった」

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