初めてのお仕事

 閉廷されたあと、手続きがあると告げられ那津は、法廷の場まで連れてきてくれた事務官の後ろをついていく。通されたのは総務課と書かれた部屋の隣にある応接室だった。

 その部屋は何から何まで、現世でよくみる普通の事務所だった。外観の荘厳さは雰囲気を出すためのハリボテなのかもしれない。

 那津は、ソファーで待っているように言われ、手持ち無沙汰にしていた。

「ミツキ様が傍聴したいなんていうから、一体どんな方かと思っていたら、佐山さんって変わった方なんですね」

 事務官は那津に話しかけてくる。

「あの私、裁判で何かおかしなこと言いましたか?」

 くすくすと笑いを堪えている事務官は那津の判決書類を作成しているようだった。

「最初の裁判で転生したくないなんて珍しいですから。死者の国で沢山の裁判を受け、その結果、現世でのことを色々思い出し転生しないという選択をするならわかりますけど」

「そういうもの、ですか?」

「えぇ。まぁ、私があえて言うことでもありませんが、一ヶ月ほどの間よく考えてみるといいですよ。一度決めるともうやり直しはできませんので」

「けど、私は死ぬ前から転生しないと決めていました」

「そうですか、やっぱり変わった方のようです。あ、私少し席を外しますね」

 事務官の女性はどこかに電話をかけているようだった。

(ミツキ、怒ってたな……)

 ある程度は予想していたことだ。いつか、分かって欲しいと思っている。けれど、事務官の話し振りからみて、那津の選択は本来ありえないことだと分かった。

 この先ミツキに理解してもらうことは、難しいのかもしれない。

 しばらくして事務官の女性が書類を持って戻ってきた。

「佐山さん、お待たせしました。じゃあ、先方への連絡と書類は作成できましたから。これを持って門の前で待っててください。お迎えがきますので」

「お迎え?」

「三途の川の奪衣婆さんです。といっても、お婆さんではなくて、お兄さんなんですよ。先ほどこちらにいらしていたので、きっとすぐにわかると思います。大きいし、それでなくてもすごく目立つ方なので」



 言われるまま建物の外へ出て門の前で立って待っていると、通りの向こうからさっき待合室で会った大男が那津の方へ向かって歩いてきた。

 目の前で立ち止まると、那津を見下ろしてくる。

「もう、会うことがないと思ってたけど。なんかおかしいと思ったら、こんなこと考えていたなんてね」

「すみません。あの場で言うと、ミツキに何が何でも止められると思って」

「今からでも、遅くないんじゃない? 続きの裁判受けたらいいのに」

「あの奪衣婆さん」

「まって、先に言っておくわ。その奪衣婆さんっていうのはやめて。それは役職名みたいなものだから、鹿島って呼んでちょうだい」

「えっと、じゃあ鹿島さん。どうして死者の国で働くのを止めるのですか?」

 この件を教えてくれた宇多も那津の選択を肯定はしていなかった。目的を達したらすぐに裁判に戻るように最初に忠告されている。つまり、今のところ誰にも自分の選択を肯定されていない。

 誰からも「よく考えろ」と言われた。

「そりゃ、輪廻から外れるってことは貴方のことを思うたくさんの人々の供養の気持ちを踏みにじって無駄にするからでしょう。それって、悪いことだと思わない?」

 確かに鹿島の言っていることは間違っていない。自分を思って泣いてくれた人間が現世にいる。死んでしまったからといって綺麗に忘れてしまうのは軽薄な行いだ。

 ――それでも、この我儘な気持ちを抑えられない。

「それは、確かにそうですね。けど、自分の望みを叶えることを現世の家族も願ってくれていると思います」

「亡者の望み。まぁ、それもまた正論か。ただ、一つだけ言っておくわ。人と違う道へ行き、我を通すことは決して楽なことじゃないの。それをきちんと理解して前に進む覚悟を四十九日で決めなさい。どうして、ここで働きたいと思ったのか。絶対に後悔しない自信と覚悟が持てないなら、悪いことは言わないから、転生しなさい、いいわね」

 そう言って鹿島は人差し指を立てて念を押した。

「鹿島さんって、優しいんですね」

「は、どこが? 私は、あなたの選択を全面的に否定しているのよ? 認めたわけでもないし。絶対転生した方がいいと心から思ってる。わざわざ働くことを選ぶなんてバカのすることだわ」

「けど、私のことを心配してくれているんでしょう? だから。ありがとうございます」

「やっぱり、変な子ねぇ。さて、仕事場へ行きますか。三途の川へようこそ。那津くん」

「はい、よろしくお願いします」

 こうして晴れて自分は三途の川で働くことが決まった。

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