ステップ10

 ルルに叩き起こされて、僕は目を擦った。はっきりしない視界の向こうで、卓上時計は10時を表示している。

「そうだ、ハッピー──」

「ここにいるわよ」

 声のした玄関口の方に首を捻ると、ドアの所にプープーとハッピーが並んで立っているのが見えた。

 僕の口が最初に思ったことを言う。「ハッピーが立ってる」

 シャッターを切る。

 玄関口に女が二人立っているだけの簡単なカットだ。

 プープーは普段と変わらずライダー風のジャケットにデニム地のパンツスタイルで、普段と変わらず常に睨みつけてるみたいな表情で赤毛が燃えている。

 ハッピーは、ハッピーは立っている。左手には杖を持っているし、彼女たちはお互いに腰に手を回して支え合っているけれど、確かに2本の足で立っている。プープーとハッピーは並んでみると、プープーの背が高いのもあって、ハッピーの方が頭2つ分くらい小さい。

 今日のハッピーはセント・パトリック・デイスタイルで、白と緑のツートンカラーハッピーだ。髪に三葉のクローバーが細く編み込まれ、頭の上にはシロツメクサの花輪が載せられている。ケスケミトルもシャムロック模様で、パレードに出掛ける準備はバッチリだ。

 タイトルを付けるなら、『奇跡の復活』だ。

 5ドルできみに売り付けよう。

 プープーが言う。「奇跡が消えて、ハッピーは歩けるようになったの」ただ、神性は消えてないみたい。眠剤、殆ど1瓶飲ませたのに何も無かったみたいに起きたから。

「儀式は成功したのか、よかった」

 ルルが僕にサンドイッチを渡しながら言う。「パレードが始まるまで時間が無い、さっさと──」

「待って、話があるの」

 プープーが切り出す。

 僕は言う。「きみの打ち明け話はもう散々聞いたよ」

 プープーは言う。お別れよ。

 ハッピーは手足を動かせるようになって積極的になったらしい。プープーに力の限り抱き着いている。

 ルルが言う。「まず聞こう」

 プープーは言う。「あたし、外に出たらすぐに逮捕されると思う」

「は?」

 プープーは和やかな表情で言う。「ハッピーとどこで出会ったのか、言ってなかったかしら」

「聞いてないね」

 プープーはハッピーの髪の匂いを思い切り嗅いで、言う。「豚箱にぶち込まれてた時に、3時間だけ外に出てクレプトマニアのための集団セラピーに参加させられたの」そこで、セラピーアニマルの代わりにハッピーが居たの。あたしたちは目が合った瞬間に一緒に逃げることを思い付いたわ。同時にトイレに行きたいと言って、トイレが詰まったと言って見張りを呼び出してから、タンクの蓋でぶん殴って気絶させたの。それからあたしはハッピーの付き人のフリをして堂々と外に出たわ。足首に付いてたタグは奇跡的に触っただけで外れたし、誰にも何も言われなかったのも今思えばハッピーの奇跡の力ね。

 プープーは僕たちを見つめて言う。「とんでもなく強力なジェリコの奇跡がかかってたのは、そういう理由よ。奇跡が無くなれば、捕まってしまう」

 僕は何も言えず、ルルは喉をぐるぐる鳴らしている。

 プープーはハッピーを強く抱き締めていて、言う。「あたしが居なくても、巨大オオカミ男と冴えないベイビーくんが居ればハッピーは大丈夫。ハッピーは2人の事もすきみたいだし」

 プープーの声は殆ど消えそうになっていて、僕にはあんまり大丈夫には思えない。

 その時、どこかから手持ちのホワイトボードを取り出したハッピーが急いで文字を書き始めた。ハッピーはスムーズに文字を書く事ができるようになったらしい。

『あなたのことはなんでもわかるから』

『こうなるとおもっていました』

『だから、きもちをおてがみにかきました』

『わたしをわすれないように』

 言い終わると、ハッピーは白い封筒に入った便箋を差し出した。今日に合わせて、クローバーのシールで止められている。リハビリ中、ハッピーは手紙を書き続けていた。

『わたしをパレードにつれていってくれる?』

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