ステップ9

 3月16日。明日はセント・パトリック・デイで、僕たちは奇跡を止めようとしている。アパート裏の駐車場のド真ん中にトレーラーを停めた僕たちは、ジェリコの城壁を壊そうとしている。

 僕は隣に立つルルに言う。「それで、僕は何をすればいい?」

 ルルは言う。「先人に倣う」聖書の通りにジェリコを破壊する。

 僕は言う。「僕に、彼女たちの周りをぐるぐる回れって?」

 ルルは言う。そうだ。プープーが、トレーラーの中でハッピーにスクロールを摂取させて、眠らせる。俺は魔術が途切れないようにするから、お前は残ってるスクロールを契約の柩の替わりに、トレーラーの周りを歩いてればいい。

 つまり、僕は僕の精液塗れになった本のページの束を持ってぐるぐる回ってればいいって事だ。上手くいくまで。

「OK、楽勝だ」

 ルルはエアストリームの扉に頭を突っ込んで言う。「始めてくれ」

 最後に見た部屋の時計は十時を回っていた。夜のうちに儀式を終わらせて、ハッピーが昼前までに目を覚ませば、パレードを見に行くには十分間に合う。

 僕は言う。「ハッピー、もう寝たかな」

 ルルの眉毛がぴくぴく動いている。「まだ誰かさんの吐き出したゲロを飲んでる途中だった」

 僕は言う。聞きたくなかったな。

 ルルは言う。「口を動かす前に足を動かしてくれ」

 僕は、彼女たちが、プープーとハッピーが中にいるトレーラーの周りをゆっくりと歩き始める。契約の石版を収めた柩の代わりに持たされたバラバラになった本のページは一度塗られた精液が乾いてパリパリになっている。インクで書かれた文字の上に僕が発射して書かれた呪文は、透かし薬を使わなければ、読めない。

 僕は、歩き回りながら、千切られ、切り抜きになった文字を読みながら、ページを少しづつ捨ててゆく。

 カオスから産まれる天と地。

 モリヤの丘の上で息子を神に捧げようとしている男。

 楽園を追放される挿絵。

 おまえは、一生苦しんで食を得る。

 切り取られた男根が海に落ちた泡から産まれた女神。

 百の手を持つ男。

 天上の楽園で処女に囲まれる英雄。

 牡牛との間に子を設ける王女。

 死にゆく英雄の最後の輝きが克明に描写された版画。

 お前たちに新たな掟を与える。互いに愛し合いなさい。

 墓に通い詰めるマグダラのマリア。

 エリュシオンについて。

 水の上を歩く奇跡。

 ジェリコの周りを練り歩く契約の柩。

 燔祭によって受け入れられなかった供物と最初の嫉妬。

 鬨の声で城壁が崩れ去る挿絵──


 全てのページを捨て終わった時、僕はトレーラーの周りに出来た土星の環の上を歩いていた。

 顔を上げた拍子に、ルルと目が合う。

 僕は言う。「これで終わり?」

 ルルの目線はハッピーの方向に向けられていて、ルルは言う。「後は、ハッピーが起きるのを待つだけだ」

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