ステップ7
望まないままに産まれてしまった子供たちのための会の12のステップ。
ステップ4──恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸表を作った。
ステップ5──神に対し、自分自身に対し、一人の人間に対して、自分と世界の誤りの本質をありのままに認めた。
ステップ6──これらの人生と世界の欠点をすべて取り除くことを、神に委ねる心の準備が完全にできた。
あれから、プープーが奇跡を終わらせる宣言をしてから、三ヶ月が経った。僕たちは感謝祭のメイシーズ・デイ・パレードを一緒に見に行き、クリスマスをシープメドウのキャンピングトレーラーで毛布にくるまりながら過ごした。カウントダウンイベントの花火も一緒に見に行った。そうして、それら全てと並行して、プープーのステップ4とハッピーのリハビリを進めた。
ルルは言う。隠す必要が無くなれば、ジェリコの奇跡にかかる負担も少なくなる筈だ。現実を歪めずに済む筈だ。ルルのアプローチはこうだ、プープーを真っ当な人間に近付けることで、奇跡を終わらせやすくなる。延いては奇跡が必要無くなる。その為にプープーは、財布を盗むのを、お菓子を盗むのを、手が届く全てのモノを盗もうとする衝動と戦っている。
僕のアプローチはルルとは違う。僕はとにかく彼女たち、プープーとハッピーとの話をブログに書きまくっている。彼女たちの存在を──スーパーキリストガールハッピーの奇跡の存在を──世間に知らせられれば、ジェリコの城壁を内部から崩壊させられるかもしれない。あの写真は未だにアップロードに失敗し続けている。おかげで僕は写真を上げ続けていたブログで突然怪しげな女の事しか話さなくなってしまった狂った人間だと思われているかもしれない。ただ、流石はスピリチュアルに傾倒した僕の読者だ。何の証拠が無くとも信じる奴は居るもので、既にハッピーの奇跡にあやかろうと”巡礼”を始めたバカも居る。
僕とルルが成果を出せているとは言えない状況で、プープーは直接的なアプローチを試みていた。
プープーは言う。「ハッピーは眠らないの」だから、無理矢理眠らせようとしたことがあるの。分かるでしょう?恋人が一週間の間ずっと起きていると段々不安になってくるのよ。バビルツール酸系やベンゾジアゼピン系の睡眠薬を使った時に、ハッピーのテレパシーが鈍くなった事があったの。もしかしたら、脳を一度シャットダウンさせることが出来れば、奇跡が中断されるかもしれないわ。
彼女たちがどの程度の量を試したか、僕は聞かなかった。ただ、トレーラーに行く度に、棚には錠剤の瓶が増えていた。
1月の終わりの金曜の夜。僕たちはシープメドウのキャンピングトレーラーに集まっていた。あれから、AAの集まりはここで行われるようになっていた。
「待ってた、開いてるわ」
僕とルルがエアストリームをノックすると、プープーが窓から顔を出した。
ルルが言う。「中は暖かいな」
外の芝生は一日中降り続いた雪で、一面真っ白に化粧されている。僕たちの足跡がぽつぽつと伸びる先、銀色のエアストリームだけが変わらず鎮座していた。
「今までで一番多い量を投与してみたの」
プープーは言う。具体的な量は聞かないで。プープーの手にはビールの缶が握られている。
「飲んでるのか?」
勇気が出なくて。プープーは言う。薬が効くようにハッピーにも飲ませたの。
ルルが言う。「二人とも無理はするなよ」
ハッピーは、ベッドの上で毛布をかけられて寝かされている。ハッピーは微笑みを崩していない。ただ、目が閉じられているように見える。
「初めて寝てる所を見た」
ルルが言う。ハッピーは俺が見ておこう。
「目を開けてられなくなっただけよ。完全に寝てはいない」
プープーは言う。パソコンは持ってきたようね。プープーは僕が首から下げているポラロイドカメラを指して言う。あたしを撮ってみてくれない?
「OK、撮ろう。笑って」
シャッターを切る。
ぐちゃぐちゃの棚を背景に、赤毛のショートが不敵な笑みを浮かべているカットが浮かんでくる筈だ。タイトルは要らない。これは売り物じゃない。
一分後、パタパタ振った写真にはピースサインをする燃える赤毛の女、プープー=ブリンガーがばっちり写っていた。
僕はプープーに写真を見せて言う。「写るようになってる」
プープーは言う。「ハッピーちゃんがうとうとして、奇跡が一時的に弱まってる」プープーは言う。今ならあたしたちの写真をアップロード出来るんじゃないかしら。
「やってみよう」
僕はパソコンを開いてブログを立ち上げる。草稿は既に出来上がっている。後はアップロードするだけでいい。
エンターキーを押す。
エラー。
アップロードに失敗しました。
もう一度押す。
エラー。
もう一度。
──アップロードに成功しました。
「プープー──出来たと思う」
今頃インターネットには顔の無い二人の写真が、プープーとハッピーの写真が出回っている。巡礼者たちがシープメドウに辿り着くのは時間の問題だろう。
僕は言う。厄介なオカルト信者たちがやって来るかもしれない。ハッピーの奇跡を求めて。
「問題ないわ。どのみちここはそのうち離れるつもりだったし」
プープーは言う。どこかトレーラーを置いておける場所があればいいんだけど。
僕は言う。「僕とルルが住んでるニュージャージーのアパートの裏に、空いてる駐車場があるけれど」あそこ、停めても大丈夫かな。
ルルは唸りながら言う。「トレーラーが一台増えるくらいなら大丈夫だろ」
プープーは言う。それじゃああなたたちのところにお邪魔することにするわ。
プープーは、セント・パトリック・デイのお祭りにハッピーと一緒に行くことを目標にしている。奇跡ナシで。一緒に並んで。
それと。プープーはルルの方を見ながら言う。「ベイビーくんにしか頼めない頼みがあるんだけど」ルルにオオカミの国のまじないを色々と聞いたの。
ルルは頷いている。
「ルルも魔法が使えるのか?初耳だ」
ルルは言う。「魔法じゃない。極めて原始的な、呪いの一種だ。俺も長いこと昔の仲間には会ってないから中身の保証は出来ない」
僕は言う。それで、頼みって?僕は嫌な予感がしている。呪い?魔法?勘弁してくれ。僕が生贄に出せるのは髪の毛ひと房までだ。
「あなたの精液が欲しいの」
プープーは500ミリリットルは入りそうなプラスチックの錠剤の空き容器を差し出しながら言う。血液や精液で書かれた呪文は、最上級の効果を発揮するの。祈りと共に流された涙も。雌のラクダの尿や、乙女の破瓜の血も効果的よ。
ルルが言う。「精液が駄目なら、血を貰うことになる」
ある程度の量が必要だから、涙は却下されたの。それに、我らがベイビーくんはあんまり泣いてくれそうな感じもしないもの。破瓜の血はルルが許せる方法で手に入らないから却下。ベイビー、あなたはただしばらく発射したらコキ捨てないで取っといてくれればいいの。まあ、あなたが瀉血が好きって言うなら血に変えてもいいけれど。
「──なんで僕が?ルルじゃ駄目なのか」
「俺は混ざりモノだからな。純粋な魔術のスクロールを作るには、純粋な人間のお前が必要だ」
ルルの目はこう言っている。頼むよ、お前にしか頼めない。
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