ステップ5

「プープー?プープー=ブリンガー?」

 僕はエアストリームのドアを叩いている。それなりに音がする程度の力強さで叩いている。ルルは朝の散歩に出かけて、居ない。僕が何度目かのノックをしようとした時、ドアが勢いよく開け放たれて、僕は後ずさる。

「起こしてくれてありがとう」

 寝起きのプープーが、”プープー=ブリンガー”が言う。寝坊せずに済んだわ。

 僕は言う。「シャワーを浴びた方がいい」

 彼女は全裸で、手足と身体の至る所を、黒く乾いた何かで汚している。何かは考えたくない。考えたくはないが、ポリエチレングリコールや酸化マグネシウムは便軟化剤に含まれる事を僕は思い出す。無駄毛は処理されている。プープー=ブリンガー。僕は言う。君の名前の意味が分かった。

「え?ああ、そうね、シャワーを浴びてくるわ。中で待ってて」

 僕がスロープを上がると、ベッドの上で壁にもたれかかって座るハッピーがこっちを見ている。彼女も例に漏れず全裸で、口元が茶色に染まっている。

「ああ──、OK、彼女の愛は随分激しいみたいだね」

 ハッピーの服は、汚れないように畳まれて、ベッドの隅に置かれていた。ハッピーは僕に見られても微笑みを崩さない。

 僕は声を上げて、曇りガラスの向こうの水音に話しかける。プープー、ハッピーもシャワーを浴びた方がいいと思うんだけど。

「そうね。ベイビー、ちょうどいいわ、ハッピーを抱っこして連れてきてくれるかしら」

 プープーは言う。乱暴にしちゃ駄目よ。

 僕は思う。なんで僕は他人のファックの事後処理をしてる?僕は抱き上げたハッピーのオリーブ色の茂みを見ながら考える。ハッピーは驚くほど軽い。ハッピーは何をされても、アルカイックスマイルじみた微笑みを崩さない。多分、他人のファックの事後処理をしたくなる奇跡がかかっているんだろう。多分、ハッピーの世話をしたくなる奇跡がかかっているんだろう。

「ありがとう、そこに座らせてあげて?」

 全裸のハッピーをお姫様抱っこする僕の目の前でシャワーの扉が開き、プープーが手を伸ばす。

 プープーは言う。ちょっと支えててくれる?僕にしがみついて支えられながらステップに腰掛けるハッピーに、熱いシャワーがかけられる。もちろん僕はびしょ濡れになるが、プープーには大した問題では無いんだろう。お湯はちょっと熱すぎて、僕はトマトみたいに皮が剥がれていきそうな感覚に陥る。ハッピーは肩が震えるくらいに笑っている。声があれば、盛大な笑い声が聞こえていた筈だ。

「ハッピーが、シャワーを浴びるのに服を着ているなんて変な人ね。って言ってるわ」

 僕は水音にかき消されないように言う。好きで浴びてる訳じゃない。それと。僕は続ける。ハッピーを使って僕を変人に仕立て上げるなよ。

「あら、あたしは猫ちゃんにアフレコするみたいにハッピーちゃんに声を当ててる訳じゃないわ」

 プープーは言う。ハッピーが本当にそう言ってるのよ。あたしたちは頭の中でお話してるの。

「テレパス?また奇跡か」

 僕は奇跡にうんざりしていた。

「奇跡というより、神として持っている力みたいなモノよ」

 残念ながら、僕は神の方にもうんざりしてきていた。毎週のセッションで神について理解を深めようと無駄な努力を重ねているせいだ。僕の目の前には神を自称する眉唾物の女が居るだけだ。

「ハッピー、本気?」

 プープーは言う。ハッピーは、あなたがあたしたちを救ってくれるかもしれないって言ってるわ。あたしたちを真に自由にしてくれるって。解放してくれるって。

「OK、なんでもいいけど先に僕を解放してくれ。服を乾かさなきゃならない」

 僕は言う。何か食べるモノも無いと。

「もう行っていいわよ、ベイビーくん。また金曜のAAで会いましょ。」

 プープーは言う。またいつでも遊びに来てもいいのよ。

 僕はハッピーをプープーに引き渡す。ハッピーは手首をプープーに支えられながら、手を振っている。バイバイを意味するサインランゲージ。僕は手を振って言う。バイバイ、ハッピー。プープーも、二人とも次のセッションで。

 外に出ると、ちょうど遠くに散歩から戻ってくる二足歩行の犬のシルエットが見えた。

 僕の目の前まで来たルルは言う。「ヘイ、ベイビーちゃん、お前なんでそんなびしょ濡れになってる?」

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