ステップ2
「今日は10枚捌けたよ」
僕は手に取って貰えなかったポラロイド写真を壁のコルクボードに纏めて画鋲で留めながら、パンが焼けるみたいな匂いのするキッチンでオーブンを覗いているルルに言葉を投げた。
僕は10枚の5ドル札をクリップで留めてテーブルに投げると、写真の束を捲った。アイラブニューヨークと書かれたTシャツを着るイギリス人観光客の二人組み。大量の買い物袋を連れ歩く中国人団体観光客の群れ。タコスを手に僕に中指を立てているオーストラリア人のカップル。どれも笑顔の瞬間が切り抜かれている。
僕の仕事は、街で見掛けたカモれそうな観光客に、撮った写真を売り付ける事だ。ヘイ、旅の記念に僕の撮ったこの写真をどう?笑顔のきみたちがよく写ってる。その服もイカすよ。今なら1枚5ドルぽっきりだ。要らない?そう。OK、さっさと消えてくれ。
買われなかった写真の隣には、この間の夜に撮った彼女たちの写真、プープーとハッピーを撮った写真が留められている。笑顔の瞬間を切り取ったつもりの彼女たちの顔面は、そこだけピントが合っていないみたいに、油絵をかき混ぜたみたいに、剥いたゆで卵みたいに、ぼやけてつるんとしている。
僕はパソコンに向かって、自分のブログを立ち上げる。自慢じゃないけど、僕のブログはそれなりにアクセスがある。オカルトマニアから。スピリチュアルに傾倒した人々から。
撮った写真を細々と上げていただけのブログが誰かの目に止まり、誰かが僕の撮った写真に精霊が写っていると言い出した。誰かが星辰と僕の写真を関連付けた。オカルト評論家にしてスピリチュアル専門家のセレスティアル・エンシェント・ウーは僕の撮った写真を見て、引き寄せの法則について語った。今じゃ僕の撮った写真は一枚50ドルで売られる幸運を引き寄せる優良有料商材だ。
僕はプープーとハッピー、彼女たちの顔の無い写真を取り込んで、アップロードを試みる。タイトルはこうだ。”写真に顔が写らない事象について教えてくれ”
エンターキーを押す。
エラー。アップロードに失敗しました。
もう一度押す。
エラー。アップロードに失敗しました。
もう一度。
エラー。
もう一度。
エラー。
僕はあることを思い付いて、試しに彼女たちの顔が写った──あるいは、写っていないとも言える──写真を削除してみる。
エンター。
アップロードに成功しました。
僕が首を傾げていると、キッチンからルルの声がかかる。
「出来た。マカロニチーズ、冷めないうちに食えよ」
彼女たちは写真にうまく写らない。
僕は席に着く。
「いい匂いだ」
彼女たちはインターネットにアップロードすることも出来ない。
「ルル、味が無いよ」
ジェリコの奇跡。プープーはそう言った。
「俺にはこれくらいが丁度いいんだよ。お前が作るのは味が濃すぎる」
自称狼の舌は犬の舌だ。
「知ってたのか?」
ルルはスプーンとマカロニの間にチーズの吊り橋を架けている。てくてくてく。僕はルルが口の中のモノを飲み込むのを待つ。
「何が?」
ルルの片耳がパタパタとはためく。
「分かってるだろ、プープーの事だ」
僕はマカロニチーズに塩とコショウを追加する。
「神を自称する人間は幾らでも居る」
僕はマカロニチーズにタバスコを追加する。
「AAだかなんとかの会だか知らないけど──」
テーブルの中央ではグラタン皿に乗せられて湯気を立てるマカロニチーズが僕に食べられるのを待っている。
「アンチナタリストアノニマス──望まないままに産まれてしまった子供たちのための会だ」
ルルは顔を上げない。
「人が足りないなんてのは嘘で、僕を誘ったのは、僕と彼女たちを引き合わせたかったからだろ」
視線が交錯する。瞳孔の大きなルルの瞳の、溶けた紙くずみたいな白目の欠片が見えている。
「人が足りてないってのは嘘じゃない。しばらく俺とプープーとハッピーだけでやってた。まあ、お前に会わせてみたかったってのは、その通りだな」
僕は残りのマカロニチーズにタバスコでマーキングをして、自分の方に引き寄せる。
「で、本当に神なのか?」
ルルは僕の方を見てエサの取り上げられた犬の顔をしている。ざまあみろだ。
「本人に聞いてみればいいだろ」
ルルは言う。話す機会はたっぷりあるんだから。
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